「小さい子どもがいるから、

離婚するんですよ。」


長い間 つい最近まで

そう思い込んでいたためか




「同じ境遇にある女性」への

「同情心」は薄かった。




そのことには、「当時」から気がついていて、エピソードの一つは以下である。








 

香ちゃんは、「行灯が終わったら、一緒に出店を見に行きませんか?」と、私に言った。

とても自然な誘いのようでもあるが
すこし不自然な気もした。

私と香ちゃんは、そんなに親しい間柄ではなかったからである。



3歳になったばかりのりくと隆一くんが、出店を楽しみながら戯れる傍らで

香ちゃんは
「バツイチの友達がほしかった。」
と言った。


「声をかけることができてよかった」

香ちゃんは、そう言って
子ども達の様子を伺いながら
静かに話し始めた。



妊娠中に、逃げられたの。



一瞬、入籍をしないまま失踪されたのかと思ったけれど

姓は、隆一くんの実父のものであるというから、一度は入籍したものと解釈した。

「逃げられた」
その意味について、いまも私はよくわかっていないけれども、そのときの香ちゃんのとてもつらく寂しそうな様子から、

事情はどうあれ、

不本意で不安な心の状態で
離婚せざるを得なかったということなのだろうと察した。



胸が締めつけられる思いはしたが

この1年ほど前に、
家庭裁判所で泣いている女性を見たときと同じように


自己の存在とは、違う世界線にある感情のような気もしていた。

意外に思う人もいるかもしれないが、




近い境遇にいる人の苦悩に対する共感力は、決して高くはなかったのだ。


こういう類のことを思い出す時
さなかにいた当時よりも、

子育てを終えた今の方が
彼女たちの苦悩を直に感じる。



 

アラフィフの私の記憶の中の彼女たちは、
まだ若いままだから、

より一層痛々しく儚げなのだ。







「おじさんのかさ」のことを
長く思い出さなかったのは

「そのため」なのだと思う。

3歳の長男と
1歳のりくを連れ

離婚後の手続きをする途中に
暴風雨にさらされる

それは
予想と予報の範囲内にあった。


しかしながら

傘が盗まれる、ということを私は
あえて想定しなかった。

つまるところ
「想定外」に認定してから
傘をそこに置いたのだ。

台風の到来を知らせる報道が続く、平日の午前中

雨が降り出す前に、私はその場所に到着していた。


その場所の一区画では

乳幼児に関するイベントが
行われていて
たくさんの母子が
出入りしていた。

正午頃から雨予報。。。


帰路につく誰かのなかに
傘を持参していない人がいたら

傘立てから持ち出す人が
いるかもしれない。


傘の持ち込みを控えるように促す注意書きを見ながら、本当は

そう思ったのだ。

でも、遠目に目立つ
花柄のちりばめられた薄ピンク色の傘に
わざわざ手を出すような人は

今日のここには
いないはず。。。



そういうふうに、私は自分に
言い聞かせた。

だから
傘がなくなっていることを認めたとき、

元夫が、我が子の父親であってはならないことを認めたとき以上の

失望を覚えた。

それゆえに、「おじさんのかさ」は
その日その時の私にとって


感涙を呼びこんだ
魔法のステッキだったのである。






長男が「お母さんの傘は?」と言った。


「風が強いから、傘は使わないの。

今日はね、台風だからお母さんもレインコートを着てきたの。」と取り繕った。


自らの準備性と

ただの出任せなのに、それらしく聞こえる名アドリブについて 


胸中、自画自賛




何気なくさりげない

身に余るお心遣いに対し


心からの感謝を、 なぜあのとき

伝えられなかったのだろう。



今思えば


あのおじさんが

交差点を渡り戻っていったのは


役所の職員だったから、だと思うのだ。


交差点を渡る間

小柄な私の目の端に映っていたのは









その出来事の数十分前


ようやく歩けるりくの手をとり、

ときに抱き上げ


ある窓口から、別の窓口へといくつも渡り歩いていた私が


「次は、西側のエレベーターでX階にあがり、左手ほにゃらんにあるY番の云々窓口です」 


そういう説明を受けて差し出された案内図を片手に、立ち去ろうとしたときに



カウンターの向こう側から

中年男性がやってきて


「こっちだよ」「行こうか?」と


りくの手を取り

並んで歩き始め


X階のY番窓口まで付き添ってくれた。


















「あれなぁ。。。

なんか、電話をくれたから

すごいことしたみたいな話になってるけど。」


「それは、

誰も見てなかったからだよ。」


「ほんとうは俺は、


そのおばあちゃんの

荷物を持って


いつも通りに

階段を降りただけなんだ。。。」


そう言う、

高校生だったりくの話を


年末年始に帰省していた長男に

私はまた凝りもせず繰り返した。


そして


「りくはね、小さいときに

図書館の帰りに知らないおじさんに本を持ってもらったことがあったから」


「そういうことを覚えていて

おばあちゃんに声をかけたんじゃないかと思うんだ」


すると


食事の後、席を立つと同時に

食器洗いを始める長男が


いつもどおりの水音を

BGMにして話しだした。








「知らない人に対する

親切って


そういうもんやろ。


する側にとっては、たいしたことないねんて。


それが、たまたま

される側にとって助けになったときに


親切になるってことやろ?」






「そういうもんやろ」


そういうもんか。

なるほどね。


と思ってから2週間。

長男と入れ代わりのように


大学の学期末試験を終えたりくが

帰ってきた。


いつもどおりに、いつもの駅の

その階段を降りてきて


後部座席のドアを開けながら

「寒いねぇ。こっちは」

と言った。


暖冬とはいえ

夜はマイナス気温



「向こうは日中

20℃近くなることもあったから


まだ、冬だってこと忘れてた。

スニーカー、履いてきちゃった。」



時が経つのは早い。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



やっと歩き始めたばかりだったりくは

23歳になって


お母さんの傘のかわりに

もっと大きなおじさんのコウモリ傘に守られた長男は


25歳になった。



🎶  ♪  🎶   ♪  🎶



暴風雨のなか

「交差点の向こう側にある庁舎へ」

とのご案内に従った私達が


どうやって、移動するのか。


りくの手をひいたおじさんとは

別のおじさんもまた


気にかけてくれていたのかもしれない、ということに


気がついたのは、

先日のことである。