りくはさ、こんな風になるなよ。
大人が、「ここはお前の家だ」って言ったら、そこが自分の家なんだから。

そこで、楽しく暮らすことを考えればいいんだよ。

こういう奴はさ、おかあさんがいるときは「おとうさんがいない!おとうさんがいない!」って泣いて、

おとうさんがいるときは「おかあさんがいない!おかあさんがいない!」って泣くんだよ。





心地よい風がそよぐ

ある平日の朝


私たちは

再会を果たした。


身長180センチ、体重は不明であるが

名前はない。性染色体は、XY



初めての出会いは

2年前まで遡る。


30代半ばだった独身の彼が

50代の既婚男性たちと


「30歳を過ぎると太ってくる」という話題で盛り上がっていたところに


私が居合わせたという奇縁である。


2年前のあの日、彼は私に

「これだけの身長があると、少し脂肪が増えるだけで3桁を超える」と説いていたので、概ねそのくらいの体重なのだろうと推察できた。


そのときに聞いた

彼のRI○AP体験談は


「糖質制限やトレーニングメニューに従えば一時的な体重減少は認められるが所詮、一生続けられるようなものではないためにあまり意味がないとも言える。それは、普段の生活に戻ると、まもなくリバウンドするためである。」というものだった。


クチコミとしては、あまり歓迎されないであろう。


「そうなんですねぇ」と、できるだけ感じよく勘違いされるように無難な相槌をうったが



一生続けられるようなものではない。

普段の生活に戻るとリバウンドする。


それが、続かない理由なのか、続けない理由なのかはたぶんどうでもよくて、


とりあえず「標準を越えたままの理由」を述べたのだろうと、


腑に落ちたというか

腑に落ちないというのか。


どちらでもいいような気がしていた。

あのとき、



今はシュッとしたロマンスグレーになっている50代男性たちのように、私もまた


「30歳を過ぎると太ってくる」

という経験をもってさえいれば


もう少し親身に話を聞くことができたのかもしれない。



予想内に変わらない太ったままの彼と、再会を喜び合うふりを交わしてすぐに


連れ立って階段を昇り

まもなく地上に出ようとしたとき


斜め下から、不自然な荒い息遣いが聞こえてきた。


ローヒールの私の健脚に

興奮したわけでもなかろうが


振り返れば、やはり

マスクの下の顔がやや苦痛に歪んでいた。



 

「大丈夫?」と

まるで気遣うかのように

形だけ声をかけたら


 

「あぁ、はい。」と息を整えながら軽く笑顔を見せた。


「貧血なの?」と聞いたら

「貧血ではないです。COPD(慢性閉塞性肺疾患)ですね」と言って、10代の頃から変わらず1日一箱程度の喫煙をしていると言った。


とくに気の毒にも思わなかったが放ってもおけないので、しかたなく残りの10段ほどを昇る歩調を少し緩めた。



地上に出てから、700〜800メートル歩いたところに私達の目的の場所はあった。


歩調を緩めたまま、

近況を報告し合ったが


お互いに独身

という、とてつもなくどうでもいい話になった。


「結婚はしたくない」と彼が言うので、「結婚の話がではじめたの?」と

付き合い程度に聞いたら

 

学生時代の彼女の実家が、新興宗教一家だったことで結婚話が流れた話と

昨年、バツイチ女性と旅行したときに行った場所を教えてくれた。


その女性は、学生時代の友人なのだそうだが、彼女の離婚をきっかけに遠距離交際がはじまり旅行を楽しんだりもしたが


彼女がまだ離婚したてで小中学生の子どもが複数人いたために、再婚時期を勘案しているうちにお互い気持ちが下がり別れることにしたと話した。



「今まで好き勝手に独り暮らしをしてきて、他人との同居は考えられないですよね」と言う彼の語調と文脈からは


結婚する気が全くないわけでもなさそうに聞こえてしまったので




「お互いに個室をもてば?書斎とか言って」と至極適当に流したつもりだったが


「子どもとかいたら、そうもいきませんよ。」と言い


男性は結婚したり子どもを持つことにより、搾取される側に成り下がるという彼なりの見解があって


結婚や子どもをもつことには全く意義を感じないという話をしばらく私に聞かせた挙げ句、


「自立した女性と結婚したい」と言ったが


お相手も子どももいないんだったら、とりあえず今はどうでもいいだろうと、私は思い


「そうなんだ。」と答えた。


「まこさんの子どもさんは?」と聞くので


「息子たちはもう、家にはいないから今は母と二人暮らしですよ」と答えたら


「へぇ〜!」と意外そうに言って

「そんなに大きい子どもさんがいるんですね!」と驚きつつ



彼の両親は彼が幼い頃に離婚しており、ほとんど一緒に生活をすることのなかった父上が最近亡くなったことを話しはじめ


「最後はアパートで亡くなっていて、父の友人が第一発見者だったみたいなんですよ」と言った。ついでに


その話で思い出したのだろう、彼の母上に数年前から内縁の夫がいるという話までしはじめた。


「一人になった母親が再婚してくれたら、普通安心じゃないですかぁ。」と言うので「お相手の男性が、安心できる方なんですね」 と言ったら



その男性の娘さんたちからは認められておらず、入籍ができないままでいる現状に触れて


「親の面倒みてくれる人がいたら安心じゃないですか!そういうふうに思えないもんですかね?30過ぎた女が」と言ったので


「娘さんにとっては、ご自身が育った家だからではないですか?」と聞いたら、はあ?と質問の意図を問い返したいのだろう表情をみせたので


「娘さんたちが育った男性の持ち家に、お母さまが同居されているからではないですか?」

「家って財産ですしね」

と言ったら


「財産財産って、その娘たちも言いますけど。そんな、財産あるような男性じゃないですよぉ〜。親の幸せを考えるってことができないんですかね?自分たちのことばかりで」と偉そうにのたまいつつ


娘さんに反対されて入籍を踏みとどまった母上のお相手男性の甲斐性のなさにやや憤慨している様子を見せながら


「子どもなんていたって、そんなもんですよ」という話にもっていき


「士業の兄が、最近再婚したんですけど、もう40過ぎたので子どもはいらないと言っているんです。そういうの、いいですよね。旅行とか行って、お互いに仕事しながら好きに暮らして」


と、彼によれば口の聞き方を知らないらしい不仲の兄とその妻のことを羨ましがりながらしばらく興奮気味に語った。


続けて


「この会社は給与が安いですよね。以前は〜」と、都会にいた頃の話をはじめたので


「都会の人のほうが、歩くことに慣れているんだと思っていました」と言ったら 

「ぼくは、ほとんど車だったので」


と、数百メートルの距離に苦痛を感じる理由を話しながら


最近の若い男性社員が、さらにいくつか年下の交際相手の軽自動車で通勤してくることを呆れ顔で話し始め


「女が運転する軽自動車の助手席からおりてくるってないですよねぇ!しかも、年下たぶらかせて。男だったら、いい車運転して助手席に女乗せなきゃ!」


「僕なんて大学生のときからナントカ(という高級車種)乗ってましたよ。僕は、〇〇っていう、ほにゃらんにある国立大学を出ているんですけどね。免許とったらバーンと思い切ってローン組んで!!

男だったら、それくらいしなきゃ」と言うので


「30代半ばくらいの方までが、若いときから車にお金をかける最後の世代なんでしょうかね?そういえば、私が先日お会いした車の営業マンもそう言っていたんですよ。最近は、ローン組んでまで高級車に乗る学生さんとか就職したての男性がいなくなったって。」と話の流れにのりながら無難に答えてみた。


長いので続くが、この先も

とりとめのない話である。