長く病院の中にいた子どもたちが
当たり前の健康体で育ってきた人たちの生活域で育っていくのは、とても大変なことなんだよ。
生後3ヶ月時点から
発達遅延が認められ
のちに、構音性言語発達遅滞児として
3歳頃までをすごした次男りく
将来に影響しない?
キャッチアップできる子が多い?
だから、なんなの?
そんなこと、誰がいったの?
子どもの将来なんて、誰にもわからないよ。
だから
今できることをやる
のが子育てなんだよ。
一粒のぶどうは
父親にとって
店員さんにとって
娘さんにとって
たったひとつの
いま この瞬間に
できた子育て
そんなことに
発達が早いとか遅いとか
関係ないんだよ。
そう断言した人が、私の身近に3人もいてくれたことは、もしかしたら奇跡なのかもしれないと最近思う。
生まれは奇跡
歩めば軌跡
いろんな人生 みな貴石
我ら鬼籍に入るまで
3人のうちの1人は
もちろん、この小児科医である。
そんな話をしたことを
忘れかけていた頃に
長男がネフローゼ症候群を発症し
寛解と再発を繰り返しながら
やがて
微小変化群頻回再発型
難治性ネフローゼ症候群という
長い診断名がついて
誰もが認める
長期欠席児童になっていた。
そんな折、ある女性が言った。
「まこさんちの長男君って
一昔前に産まれていたら
院内学級適応だよね。」
昭和50年代初頭からしばらく
小児看護に携わっていたらしい。
「昔は寛解していても
ステロイド内服中は
退院できなかったりもしたから」
「昔は、そんなに頻回再発だったら
退院する間がなかったの」
昔、むかしと言うけれど
それは私が子どもだった頃の話で
川で洗濯をするおばあさんや、赤ちゃんをおぶって登校し、石板に字を書く小学生は、すでに日本中から姿を消していたはずである。
母に抱かれた新生児まこは
カラー写真だし
昭和の造りの社宅には浴室もあり
シャワーも付いて
三種の神器も揃っていた。
それでも、もし長男が
この時代に産まれていたら
長い病名を軽々と背負って
廃校舎を全裸で走るという放業は
なかったのだろう。
なにが正解で
なにが間違いなのか
現実だけがというよりも
各々が現実と認知したものだけが
各々の人生の現実なのだろう。
長くても短くてもその人生には
いつでも誰にでも
挑戦だとか挽回だとかの
チャンスはあるが
教育には臨界期がある
という論もまた、いまだ達者である。
この論には拠がある
ということなのだろう。

数ある
エリクソン「ライフサイクル論」の画像の中から
あえて
こちらの画像をお借りしたのには
ワケがある。
老年期は50歳〜🤭🤣
教育臨界
話し合い 耳を傾け
承認し
任せてやらねば
人は育たず
やっている姿を
感謝で見守って
信頼せねば
人は実らず
3歳をすぎたりくは
口数は多くないものの
いくつかの名言を
子供時代にのこしたまま
大人になった。
スーパーマンから
スッパダカマンになった長男は
高校生になっても
大学生になっても
なかなかパンツをはかなかったが
最近はどうなんだろ?
言うは易く行うは難し





