私は

我が子たちが、別の人間になるかもしれないことを承諾した。


審理日程が郵送で知らされ、その書面案内に従い、出向いた場所は

待機室だったようだ。

10名ほどの女性たちが、みな行儀よく前を向いて、パイプイスに座っていた。

おしゃべりをする人も
手をふりあう人もいない。

後ろの女性のすすり泣きだけが、静かに響いていた。


その隣にいた女性が、なにやら声をかけた。


応じる声は、やはり涙声だった。

離婚することになった。
これから一人で、子どもを育てていけるだろうか。
不安でたまらない。



みのもんたの
テレホン相談のようだった。

子どもさんは、まだ幼いのだろう。


これが、現実なのだと思った。



離婚とは、必ずしも清々しいものではなく、押しつぶされそうなほどの不安のなかで、やむを得ず選択したり、受け入れざるを得ないことも多いのだ。

いま、あのときに戻れたら
見知らぬ彼女を抱きしめるか
せめて手を握り

「絶対、大丈夫!」と
声をかけると思う。





人生の岐路
一番考えなければならないのは、結婚するとき。

22歳頃
就職先を選択する際だったと思うが、そう言った父の言葉を、いまでも時折思い出す。

あのとき、よく考えていたら私は
元夫と結婚しなかったのだろうか。

だとしたら、
考えが及ばず、結婚相手として元夫を選択した、若き時分の考えなき自分を、心から褒めてあげたいと思う。






愛しいふたりの我が子が
別の人間になるかもしれない。

いま、その時がやってきた。

テーブルの向こう側に、数名の男女が座っていた。中央が、裁判官の男性のようだ。おそらくアラフォー。
その両端に、女性が座っていた。

私は、促されるままに
氏と子どもの名前の漢字を変更したい理由を話した。

長男への配慮という、元夫の姓を名乗る理由がなくなったことと、同姓であることが、元義父母の心情に割り切れないものを残しているのかもしれないと思うこと。

そして、離婚当時の元夫の振舞いと、長男の様子。


全体像を、概ね話し終えたとき
女性が、静かに一言発した。

「離婚理由が
虐待だということですね。」





たった数ヶ月前に
無料電話相談で

電話の向こうの顔も知らない女性に


「保育園の送り迎えもすれば

寝かしつけもしてくれる。


子どもに厳しいところはあるけど


殴りつけたり

怪我をさせたりしたわけではない。



やり直そうとしている彼に、

あなたが寄り添えない

その理由はなんですか?」


と聞かれた私は、今


「離婚理由が、
虐待だということですね。」と、
静かな確認を受け



うなずきあう、裁判官と審理官らしき女性から



「氏名変更」の許可をいただき
家庭裁判所をあとにした。