弘田さんの奥さんが、婦人科の手術をしたことがあるという話は、結構有名だった。
おしゃべり好きで社交的な奥さんだし、手術のときは入院もしていたのだろうから、あちらこちらで話せば、みんなの知るところにはなる。
「子どものいない女の人って…。」
「産めないんでしょ?」
子どものいない人って…
だれかが、どこかで耳にした
フレーズだったのだろうけれども
20歳になったばかりの私達のなかに
子どものいる人は誰もいなかった。
弘田さんと目があった。
弘田さんは、ニコリと笑い
私に、「どう?」といった感じで
カクテルのメニュー表を見せてくれた。
安めの、ボトルハイボール的なものを飲んでいた私には
弘田さんの差し出すメニュー表のカクテルのほうが、
ずっと、綺麗で美味しそうに見えた。
私ともう一人の女子が、綺麗なカクテルを選んでオーダーし、その流れで
弘田さんのいるカウンターに移動した。
マスターのシェイク技巧を目で楽しんだ
そのあとに、
「こういうのはさ、水を飲みながら
少しずつ、ゆっくり飲むんだ。」
と弘田さんが言って、
カクテルの調合だとか技法だとかの話になり、後ろの数名も、それぞれの彼氏とか彼女の話にうつっていった。
若者たちの恋バナを背中で聞きながら
弘田さんが話しだした。
うちの女房はね
出逢ったときから、あんな感じなんだ。
おしゃべりで、うるっさくてね🤣
元気だったんだ。
俺も、彼女もね。
スポーツに明け暮れた大学時代に
自分らは元気で健康だと、信じて疑わなかったんだ。
結婚して、数年たって
子どもができなくて。
俺の兄には
「大学時代に勉強していないから
子づくりのしかた、まだわかってないんじゃないの?」とか、イジられたりもしたけど😊😁
笑い話だったんだ。
30歳が近づいてきたときに
女房が、言い出した。
「病院に、行こうか。」って。
「協力するよ。」そんなつもりで
検査をしたら
原因は、俺だったんだよね。
目の前が真っ暗になったというか、絶望ってこういうこと?って。
それでも、「可能性はゼロじゃないから。」って、彼女は明るく言ったんだ。
それから、数年
あちらこちらの産婦人科で
いろんな治療をしていたときに
女房の病気が、みつかったんだ。