ドアホンが鳴ったので、応答したら


「◎◎町内会の弘田と申します。

○△りくさんの、20歳の御祝いをお持ちしました。」



弘田さん??


聞き覚えのある声で懐かしい姓を名乗る男性の顔は半分マスクに隠れていたが、推定年齢 60代半ば。




通話を切ったら、母が言った。

「弘田さんって、オーナーじゃない?」 



弘田さんは、10年ほど前まで、私の家から2分のところにあったフランチャイズ店を経営していた。




昭和の時代は、鈴木〇〇店


「鈴木さん」というのは、奥様の名字で、ここは奥様が生まれ育った街である。


弘田さんは

都会の大学で知り合った奥様と結婚し


婿養子ではないけれど

アラサーの頃に、この街に来たようだ。



鈴木〇〇店のおにぃさんは、いつからかおじさんになり、近所のフランチャイズ店のオーナーになっていた。


そのお店には、私が高校生の頃から、そして、おにぃちゃんやりくが小・中学生になる頃まで、いろんな形でお世話になった。


弘田さんは、長い間、いくつかの店舗を経営をしていたけれど、数年前


一番客入りのいい店舗を一つだけ残すと言って、うちの近所の店舗はあっけなく閉店した。


それでも、ご自宅はご近所なので



「時間に余裕ができたから」と言って

町内会の役割を担ったことを、回覧板に入っていた会報により私は知り、


「面倒見が良くて、働き者のオーナーらしいなぁ。」と思っていた。

 




オーナーの弘田さん??

懐かしい!


少しはしゃいだ私が

「成人のお祝いだって!」

と慌ててマスクをつけている間に




ちょうど、七草粥を食べ終えたところだったりくが、静かにマスクをして


たったの数歩、慌てずに歩くと、そこは玄関だった。


その後を小走りで追うように、私も顔を出したら




「まこちゃん?」

と呼びかけてくれた。



やっぱりそうなんだ!

○△さんって、まこちゃんの息子さんかなぁ?と思いながら、来てみたんだ。


もう、20 歳なんだねぇ。


 と目を細めてりくを眺め



2人とも、ずっとここにいるの?

こんなに近いのに、会わないものだね。


                  と言った。



りくが、 


ぼくは、祖父が亡くなったあと

中学生の時からここに住み始めて、


いまは、大学生なので〇〇にいます。



と近況を説明したら



たぶん、時の流れの重みと早さに

感慨を覚えたのだろう。


そうだったんだぁ。

いい息子さんに育ったんだねぇ。

羨ましいよ。



お母さんは、高校生の頃

うちの店で、アルバイトをしてくれていたんだよ。


と言った



もちろん、アラサーになった私が息子たちを連れて出戻ってからも、弘田さんには何度か会っているとは思うけれど、



弘田さんにとっては、

高校生だった私の息子が20歳になった。


その感慨が、深いようだった。





幼い頃に、自分たちが馴染んでいた店

そこで、アルバイトをしていた高校生の母



隠していたわけでもないけれど、

今まで、全くネタになることもなかった

かなりどうでもいい話をきいたりくが、


お約束どおりに



え、そうだったんですか??

と、少しだけ声を大きくして目を丸くした。




私の母も、いつのまにか玄関に立っていて

そんなやり取りの合間に挨拶とお礼を済ませた。


お祝い金を受け取って

リビングに戻ったら



母が


「いい息子さん、羨ましいよ。」って

言ってたよね?  


りくの、高校の先生を思い出したわ。


と言った。




りく 高校3年生

11月の2者面談


担任教諭が

大学受験校の上方修正をすすめながら


りくに彼女がいることと


駅の階段で、偶然みかけた

どこかのおばあちゃんの荷物をもってあげたことで、お礼の電話がきていたことを私に話しながら


「自慢の息子さんでしょ?」

「うらやましい〜」


と言った時のことである。





孫を、息子を褒められることは

母にとっても、私にとっても

嬉しいこと。


たとえそれが

数分の立ち話のついでの

社交辞令であったとしても。





弘田さんは、高校生や高校中退者、大学生や浪人生、資格試験の再チャレンジ者や、当時はフリーターと言われた人たち


いろんなタイプの

たくさんの若者たちを


自分の店で育ててきた。




「少し会話をしただけで

いい息子だって、わかったんだね。

さすが、弘田さんだね。」


と私が笑ったら




弘田さんには、結局子どもがいないからね。いろんな思いがあるんだろうなぁって、思ったの。



合っているのか、そうじゃないのかわからない

母の言葉を聞きながら



私が、20歳のころに聞いた

弘田さんの、深い「結婚観」を

思い出した。