『がっちりマンデー!!』や『news zero』の構成を担当している放送作家、都築浩の処女作で、2006年に刊行された。 2008年の10月期に、日本テレビにて深夜帯の30分ドラマとして放送され、主人公の作家、柏葉ミカ役を吉高由里子、担当編集者の藪田秀彦(ヤブ)役を温水洋一が演じた。
男性作家が女性目線、尚且つ22歳の若者の心境をリアルに綴った作品。 登場人物は2人の他に、ミカの友人の安美。ミカの元恋人、慶の4人と限られる。
物語は、売れない、書けなくなってしまった作家、柏葉ミカが担当のヤブこと藪田秀彦を自宅マンションに「監禁」する場面から始まる。 同時に、群馬県内でミカと同い年の無職の男性が、自宅で家族を人質にして「籠城」する事件も発生する。 物語はヤブを「監禁」したミカと、「籠城」事件の模様の同時進行の様な形で進んでいく。
柏葉ミカは、高校を卒業する直前に刊行された小説が、「若さ」もあって注目されベストセラー作家としてデビューした。大学時代に執筆した作品もヒットしただけではなく、作家のフィールドを越えファッションセンスも高く評価され、雑誌のモデルの仕事までオファーがくる様になる、「時代の寵児」的な作家にまで上り詰めていた。
しかし、大学卒業間近に刊行された作品が売れていない事実を目の当たりにし、次に刊行された短編集は更に売れなかった。 モデルの仕事もなくなり、これまでスラスラ書けていた小説、文章が、いつしか一行たりとも書けなくなってしまう。
ミカは、自身と作品との落差を見透かされたのかも知れない。自分には虚無感や喪失感は大してなかった気がする。あったのは膨大な自己顕示欲だけ、と自己分析した。 一つの気付きだったが、同時に、生きていれば経験する挫折。一言で表現すればこうなる。
ヤブを「監禁」した奇妙な密室生活の中で、ミカは元恋人の慶から久しぶりに電話があり、セックスしたくなったら私も電話するかも。と言った全く意味のない短い会話をし、友人の安美からも久しぶりに連絡が入り、密室から外出してカフェで再会し、交際して3年になる安美の彼氏のことや大学時代の話など、他愛ない会話をする。
その時、安美から慶が結婚するらしいと言われた。ミカは態とリアクション薄く聞き流すが、内心は寝耳に水で嫌な気分を覚える。 意味のない、他愛ない会話であっても、ミカは孤独と喪失を勘付いていたのだろう。親しくしていた2人までも、自分を置いて先へと向かっている事実に。
そして「籠城」事件の顛末がミカに拍車をかけた。同い年の犯人は家族を次々に殺害し、自らも命を絶つ。部屋の壁には、犯人の遺書らしき、「どうせ、もうこれ以上、無理なんだよ」とのメッセージが残されていた。
ミカは「どうせ」とか、「これ以上、無理なんだよ」の台詞は、そこまで一生懸命頑張ってきた人間が言うもので、お前が言うなよ。と憤るが、ワインで泥酔した挙句、慶を呼び出して彼に馬乗りになり、憤りを覚えた筈の言葉、「これ以上、無理なんだよ」と言いながら、拳で執拗に殴る。
終盤でミカは、自己顕示欲やら虚栄心の塊だった、もう1人の自分との向き合い方を模索し、ヤブに、自分は「書かない」ではなく「書けない」と吐き捨てる。この発言に対しヤブは、「許してあげれば良いじゃないですか? 自分のこと。ミカさん自身を」と返した。
ヤブの言葉を聞いた直後は釈然としないミカだったが、その後、彼女の中に何かが点る。 信じてみても良いかも知れない。大袈裟に言えば、回心。ちょっとだけ改めてみても、自分の根っこの部分を、1個だけ変えてみても良いのかも知れない。と、自分に投げかける。これまで自分に対して厳しかった口調が、それはとても清々しい口調に思えた。
柏葉ミカは何かを導き出したのだろう。心に光が宿ったのだ。 自分にも虚無感や喪失感があり、だから誰かと一緒にいたいと担当編集者を「監禁」した。それに喜びと怒りも。ちゃんと自分にも喜怒哀楽の感情があり、心は動いてるじゃないか、と。
自分自身を許せた、過去も現状の自分も受け容れることが出来たのだろう。その上で、これまで自分の内側に向けられていた「目」を、これから先の自分に向ける。そして何が残るか。残った可能性を、信じてみても良いかも知れない、と。
その証拠に、最後にミカはカーテンで閉め切られていた部屋に陽光を通す。そしてヤブを見て微笑を浮かべるのだった。
自己顕示欲の塊な自分、書けなくなった挫折。その上で芽生えた回心、全てを自己肯定する。人は挫折などの嫌な体験は、認めたくなく目を背けがちだ。しかしミカの心に宿った光、それは微かではあっても、新たな気付きであり希望だろう。嫌な部分も微かな希望も受け容れてこそ自己肯定であり、そこから人間はまた前進出来る様になると感じた。
初めは自己否定ばかりしていた柏葉ミカが、担当編集者を「監禁」して2人だけの世界に入り、その中で友人と元恋人との再会を通して、心は動き、改めて感情を覚え直していき、最後は自己肯定で終わる。
自分自身を「書けない、売れない作家」とは言いつつも、ミカはヤブ、安美、慶を介して、「籠城」事件の模様を観ながら、心や頭は確りと動いているのだ。作家に限らず、人は誰でも自分の中で言葉が生まれていき、文章が流れる。それだけで立派な「物語」である当然のことを、この作品で再認識させられた。
同時に、ありのままの素直な人間の、成長を感じる作品でした。人生に挫折はつきもの。挫折のない人生は退屈でしょう。人によっては大なり小なり、2度も3度も挫折を経験する人もいるのですから。