日は上っているが、仄暗い部屋の帷を見て、やっと起き上がる。朝起きる時の辛さは、多かれ少なかれこういうものだったか?
就寝するのは夜10時過ぎ。遅くても11時までには横になる。
だけどここ1カ月は、少々ネボスケだ。

20代の頃は、『報道ステーション』を観て11時には就寝。6時には起床して、『ズームイン!!』を観ていた。何故かテレ朝に終わり日テレで始まる。身支度を済ませて、7時過ぎには出勤。
それでも平均睡眠時間は7時間。

だが今では、深夜になっても中々寝付けない日もあるものの、気が付けば、「夜型」でも、「朝型」でもなくなっていた。そしてもう一つの認識。

そうだった。俺、ASD(自閉スペクトラム症)と精神疾患たけじゃなくて、内臓疾患も抱えてるんだった。朝、昼、晩……いつでも気付かされてしまう。
担当医師は、「次の入院が……」とか、「また4カ月後に……」などと言う。が、言われるこっちはたまったものではなくなった。

こんな状態が、もう今年で7年、である。
膵臓に嚢胞ができて、退院して1カ月ちょっとで「今日からどうですか。膵液の流れが悪い」洒落っぽい口振りではあったけれど、入院……。
だが、また退院して2カ月くらいで「嚢胞が消えていない。針を刺して中の液を抜きましょう」と、入院……。

最初の頃はそうでもなかったが、40代……流石に年取ったのか、もう辛く、正直嫌気が差した。
腹痛や炎症が起きない限り、もう、そっとしておいてください……と。
病院は、こうしてください。ああしてください。これはしないでください。と言うばかりで、じゃあこうしましょう。て言う様な、同じ様な疾患を持った患者同士のコミュニティとか、そういう「患者のメンタル面のケア」が、何一つ、ない。

「それはあんたの気持ちでしょ」母親は言う。全く、こっちの気持ちを汲み取ろうともしない。
人はどう思っているか知らないから、自分の気持ちを言い表さなければ、仕方ないしそれが本音なのだ。
4カ月経てば入退院を繰り返す……1泊2日でも3万6千円は取られる。

医療費助成制度も、「引き上げ」などと国会で議論されている昨今。それだけ現役世代が減少しているからだけど、結局、石破総理は「選挙目当てではない」と確言して引き上げは「先延ばし」された。が、参院選前、自民党が議席を減らす「恐れ」も、無きにしもあらずだろう。
いつかは、そう遠くない内に、「引き上げられる」のだ。

そう考えると、これは「贅沢」な嫌気だ。
何故なら、金銭面などで治療を受けたくても受けられない人。特効薬がまだ開発されておらず、病の進行を抑えるくらいしかできない人。治療をしたくても、今の医療技術では治療不可能な人だっているのだから。

それらに対し自分は、治療はもう受けられない。とも、治療は終わりです。とも、言われた訳ではない。

まあ、今から振り返れば、そりゃ患うだろう。だって缶ビール6缶とか、焼酎を一遍に飲んだり、焼酎とビールをちゃんぽんしたりして、膵臓と肝臓を酷使してたのだから。
深酒し過ぎて気分が悪く、食事をする気にもならなかった日もある。おまけに煙草もヘビー……。
「身体を労る」どころの話ではない。

この「メンタル面での不安定」さを、言い訳にしてはいけないことは「承知の上」だが、これまで絶っていた、一番医師から「控えてくれ」と言われている筈のアルコールに……「手を出して」しまう、この愚かさ。

が、「悪い」と解っていて実行する「悪行」は、「童心に帰った」感じで楽しかったりもするもの。「悪いこと」と「自覚」した上で「こっそりと」度数の低い酒をグビグビ……。炎症が起きないだろうか……見付かったら怒られる……とビビりながら。
結果炎症は起きず、久しぶりのアルコールは「気持ち良く」酔うことができた。

但し、また膵管が縮むか何かで、電動ドリルでグリグリやられるのか……流石に、何も食べる気も身体を動かす気もしないあの痛さは忘れられず、「アルコールを嗜む」行為は一時的ではあったけれど。

「メンタル」の問題点はまだある。近頃は両親と一つ屋根の下……食事の度に顔を合わせたりするのが「重く」なり、母親のことも正直あれこれ口喧しく、「ウザい……。疎ましく」思う様にさえなった。母親は、どこもこんな感じなのか?
3人で移動するのでさえ億劫。全てが重たくなったのだ。
これも年齢的なものか、只の我儘なのか……。

と言うより、この「心の動き」は今に始まったものではなかった。何故だか解らないが、子供の頃から「一家団欒」、一家で「行動」「外出」するのが、当時は重くはなかったけど、何か「居心地」が悪い。「違和感」を感じていた。
何処か「ピリピリとした」、うちの「家庭環境」もあったのだろう。

「重たい」「ウザい、疎ましい」は自分勝手な気持ち。重たくならない様に、ウザく言われない様に、まず「自分」が何一つ「意識」していなかったのだから。

もう一つ、実家暮らしが「居た堪れなく」なったか。自分から、両親に対して「壁」を気付かぬ内に作っていた……こともある筈だ。
「話が出来ない」親子関係の礎を築いた張本人は両親だろうが、その息子も、「きちんと両親と向き合う」ことをいつの間にか「避ける」様になっていた、この「付け」……。

では、両親以外の人と一緒なら、「苦」にならないのか? だがその発想すら、まだまだ考えが「甘い」ではないか。
そんな自分に都合良く「良いよ。解った」などと了解してくれる人なんぞ、いる筈がないのだから。

けど、「良い薬に出会えた」のか、気持ちは多少落ちても、「不思議」と暗くなる、眼前が、心中が「真っ暗闇」にはならなくなった。
これも持病、鬱が「二次障害」なら、膵臓は「三次障害」なのだから「しょうがない……」と、自分で自分の病を、改めて「受け入れ始めた」のだろうか。

と言うよりも、通院を「先延ばし」する、単なる「時間稼ぎ」だろう。
意識はハッキリしていている。患ったものは「しょうがない」から、自分の本音では、いつかは病院に「行かされる……」「行かざるを得ない……」のだ。

それが「現実」……。
古い表現の「男らしさ。女らしさ」で言えば、決して「男らしい」タイプの人間では、ないでしょう。