ほっしのブログ

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2026年 
7月6日(月曜日)
新しい生命が誕生した。
 
娘夫婦の第1子である女の子
一週間前から決まっていた

5月中旬より切迫早産の危険ありと入院治療(安静)
 
切迫早産とは?
妊娠22週〜36週で早産(37週未満で出産)の危険がある状態のこと
赤ちゃんが少しでも長くお腹の中で育つことが、元気に生まれてくるために最も重要
 
8月3日が予定日だったのですが、約1月前の6日に帝王切開(逆子)で
無事産まれて来ました、体重は2795g
五体満足でそこそこ体重で良かった!
関わっていただいた医療関係者の方々に感謝します。
 
そして今日7日は娘の誕生日。
ケーキを持って行くようです^^
 
では、またね(@^^)/~~~
6月22日(月曜日)
早朝より
20日より開催されている大阪池田の久安寺
 あじさいうかべ に行って来ました。
期間は、6月20日〜30日
 

具足池  あじさいうかべ

具足池

 


本坊
楼門と紫陽花
 
本坊と具足池
修行大師
かやの木名物  柿の葉寿司
山形の友達から送られて来た さくらんぼ🍒🍒🍒
美味しかった^^
 
家庭の事情で、中々アップ出来ませんが
ご無沙汰してましたが、やっとブログアップ出来ましたw
 
今度は何時アップ出来るかわかりませんが、
また宜しくお願い致します。
 
では、またね(@^^)/~~~
2月23日月曜日(天皇誕生日)
 
娘もやっと安定期に入り
安産祈願に、
宝塚市 安産の観音さま 中山寺に行って来ました。
中山寺は、真言宗十八本山や西国三十三カ所でも有名であり
聖徳太子が創建された日本最初の観音霊場
 
ご祈祷と申しますのは、安産などの皆さまのお願い事を僧侶が仏さまにお伝えし、そのご利益を頂戴することを言います。
 
HP

 

 

 

山門

門の左右には勇ましい仁王像が鎮座し、
悪しきものが境内へ入り込まぬよう守護しています。
「望海楼」とも呼ばれ、
昔はこの山門の上から遠く海を望むことができたと言われます。

 
山門から両脇には様々な樹木が配置されています

 
五重塔 
平成二十九年に再建されたこの五重塔は他にはない
深い青色をしており、
東方を守護する聖獣、青龍の名を冠して
「青龍塔」と名付けられました。
この塔にはネパールの寺院より請来された
お釈迦さまの御舎利が安置されています。

ピラカンサ

ツバキ

成就院

リュウキュウアセビ

白梅
閻魔堂
祈祷殿の前には松
本堂と大願塔
大日如来をお祀りする朱色の多宝塔で、
特別永代供養のお位牌安置所です
ツバキ
中山寺梅林は七分咲き
 
或る日の地魚料理うらしま 昼食
天ぷら定食
煮魚定食
また或る日の昼食
カツ丼
スパゲティ
元会社の人と居酒屋さんで談合
或る日の昼食(カツソバ)
 
朝一の晴れた中山寺
祈禱者も少なく(家を含めて2組)、絶好の祈禱日和でした^^
次に来るのはお礼参りかな?
 
じゃあまたね。
($・・)/~~~
 
 
2026年になりました。
今年も恒例の岡山日生の甥っ子の店 
 地魚料理うらしまのお節料理

 

 

海老や数の子ローストビーフなどが入ってます^^

イカやタコ、他にも色々、
煮しめやかまぼこも下に隠れていますw

イクラや黒豆

天ぷらや栗ようかん

 
家で用意した、さくら玉とだし巻き

しめ鯖

 
 
娘夫婦と華やかにお正月を過ごしました^^
 
本年も何卒宜しくお願い致します。
11月16日(日曜日)
秋晴れのいいお天気
真言宗十八本山 五番  京都嵯峨野の大覚寺に行って来た^^
 
日曜日だと言うのに、参拝者もそんなに多くなかったし
外国の方も少なかった
 
真言宗十八本山 五番  大覚寺(だいかくじ)
 
所在地    京都府京都市右京区嵯峨大沢町4
山号    嵯峨山 (さがやま)
宗派    真言宗大覚寺派(しんごんしゅうだいかくじは)
寺格    大本山
本尊    五大明王(重要文化財)(ごだいみょうおう)
創建年    貞観18年(876年)
開山    恒寂入道親王(ごうじゃく にゅうどうしんのう)
開基    正子内親王(淳和天皇皇后)(まさこないしんのう)
正式名    旧嵯峨御所大覚寺門跡
    (きゅうさがごしょ だいかくじ もんぜき)
別称    大覚寺門跡、旧嵯峨御所
札所等    真言宗十八本山第5番
    近畿三十六不動尊霊場第13番
    神仏霊場巡拝の道第89番(京都第9番)
文化財    後宇多天皇宸翰御手印遺告、
    後宇多天皇宸翰弘法大師伝(国宝)
    正寝殿、絹本著色五大虚空蔵像、
    木造五大明王像5躯ほか(重要文化財)
    御所跡(国の史跡)
    大沢池、名古曽滝跡(国の名勝)
www.daikakuji.or.jp
平安のはじめ、嵯峨天皇の離宮として建立されて1200有余年。
絶えず歩みつづけてきた大覚寺。
 今日では“華と心経の寺”として親しんでいただいておりますが、
数々の悲運を乗りこえ、その法灯を守り続けてきました。 
今日までの人と歴史の軌跡を辿り、
この場でしか語ることができない口伝えを織りまぜながら、
ここに記して参ります。
 
弘法大師空海を宗祖と仰ぐ真言宗大覚寺派の本山。
 正式には旧嵯峨御所大本山大覚寺と称し、
嵯峨御所とも呼ばれる。
 平安初期、嵯峨天皇が檀林皇后とのご成婚の新室である離宮を
建立されたが、これが大覚寺の前身・離宮嵯峨院である。
 嵯峨院が大覚寺となったのは、
皇孫である恒寂入道親王を開山として
開創した貞観18年(876)である。
 弘法大師空海のすすめにより
嵯峨天皇が浄書された般若心経が
勅封(60年に1度の開封)として奉安され、
般若心経写経の根本道場として知られる。
 明治時代初頭まで、
代々天皇もしくは皇統の方が門跡(住職)を務めた
格式高い門跡寺院である。
いけばな発祥の花の寺でもあり
、「いけばな嵯峨御流」の総司所(家元)でもある。
時代劇・各種ドラマのロケ地としても有名である。
 

 

大覚寺は大きく分けて
・お堂エリア
・大沢池エリア
と二つに分かれています。
 
表門(おもてもん)
こちらがお堂エリアの入り口となっている表門です。

表門をくぐると式台玄関があり、
この左側で拝観受付を行ないます

式台玄関の前には背の低い松が拡がっていました。
この松は臥龍の松と呼ばれ、低いながらも迫力がありました。
臥龍の松(がりょうのまつ)

 
式台玄関(しきだいげんかん)
寺伝では江戸時代に京都御所より移築したものとされ、
現在は特別な賓客がお越しになられた時などに使われる。

玄関内部の障壁画には、
狩野永徳筆の重要文化財
「松二山鳥図まつにやまどりず」が描かれている。
障壁画手前には、第91代天皇の後宇多法皇が使用した御輿あり、
御輿には後宇多法皇の御紋である
「九曜菊くようぎく」が施されている。

いけばな嵯峨御流(さがごりゅう)

嵯峨御流は創流1200年を超える京都門跡寺院
・嵯峨御所大覚寺の流派です。
平安時代初期に
嵯峨天皇が大覚寺大沢地の菊ガ島という場所に咲く
菊を使って生け花を行ったことが発足のきっかけです。
その菊の花の姿があまりにも美しかったことに
心を動かされた嵯峨天皇は
「後世花を生くるものは宜しく之を以って範とすべし」と言い、
自らがお手本となってお花の生け方を広めていきました。
嵯峨天皇の草木を愛する心・積極的に
普及を進める行動力によって
世に伝わっていった流派です。


全て堂内撮影禁止です

 

宸殿(しんでん)
江戸時代、後水尾天皇より下賜された寝殿造りの建物。天皇に入内された徳川2代将軍秀忠の娘、東福門院和子が、女御御殿として使用していたもの。妻飾つまかざり、破風板はふいた、天井などに装飾がこらされている。正面には御所の名残りとして右近の橘、左近の梅を配す。蔀戸しとみどの蝉の飾りは精巧な作りとなっている。牡丹の間と紅梅の間を飾る襖絵、「牡丹図」と「紅梅図」は狩野山楽筆。

 

勅使門(ちょくしもん)

石舞台

境内中に嵯峨菊
村雨の廊下(むらさめのろうか)
宸殿と心経前殿を結ぶ回廊は、
縦の柱を雨、直角に折れ曲がっている
回廊を稲光いなびかりにたとえ
「村雨の廊下」と呼ばれる。
高貴な人が通られる際の防犯の意味で、
天井は刀や槍を振り上げられないように低く造られている。
床は鴬うぐいす張りとなっている。
霊明殿
勅使門(ちょくしもん)と石舞台
 
安井堂(御霊殿)(やすいどう)
京都東山にあった安井門跡蓮華光院の御影堂を、
明治4年(1871)に移築。
堂内部は、
内陣の格天井鏡板ごうてんじょうかがみいたに花鳥などを描き、
その奥の内々陣の折上おりあげの鏡天井に
壮麗な雲龍が描かれている。
中央には鳳輦ほうれんに坐す僧形の後水尾天皇を祀る。
 
心経前殿(御影堂)(しんぎょうぜんでん)
大正14年(1925)建造。
大正天皇ご即位に際し建てられた
饗宴殿きょうえんでんを式後賜り移築したもの。
心経殿の前殿にあたるため「心経前殿」と呼ばれ、
内陣正面は心経殿を拝するため開いている。
大覚寺の歴史上
特に重要な嵯峨天皇、弘法大師(秘鍵大師)、後宇多法皇、
恒寂入道親王の尊像をお祀りするため「御影堂」とも呼ばれる。
 
五大堂(本堂)(ごだいどう)
江戸時代中期(天明年間)創建。現在の大覚寺の本堂。
不動明王を中心とする五大明王を祀る。
大沢池のほとりに位置し、正面中央は板唐戸いたからど、
両脇各2間は蔀戸となっている。
大沢池に面する東面には池に張り出すように
観月台(濡れ縁)があり、
大沢池の眺望がすばらしく、
大沢池エリアへの共通参拝口もある。
 
大沢池 国指定名勝(おおさわのいけ)
大覚寺の東に位置し、周囲約1kmの日本最古の人工の林泉(林や泉水などのある庭園)。嵯峨天皇が離宮嵯峨院の造営にあたって、
唐(中国)の洞庭湖を模して造られたところから、
庭湖とも呼ばれる。
当時は最先端の文化の発信地となった。
池のほとりには、
茶室望雲亭、心経宝塔、石仏、名古曽の滝跡があり、
国指定の名勝地になっている
心経宝塔(しんぎょうほうとう)
昭和42年(1967)、嵯峨天皇心経写経1150年を記念して建立される。基壇内部に「如意宝珠」を納めた真珠の小塔を安置する。宝塔内部には秘鍵(弘法)大師尊像を祀る。
大沢池のほとりに位置し、
嵯峨野の四季の風景にとけあった朱塗りの端正な姿が美しい。
石仏群(せきぶつぐん)
大沢池の北岸、
樹木に蔽われた傍らに20基を超える如来や菩薩の石仏が
ひっそりと佇んでいる。
これらの石仏群は長年の風雪で表情はうかがい知れないが、
古いもので平安時代後期の作と伝えられている。
天神島
嵯峨碑
竹林とモミジ

心経宝塔

大覚寺入口
自宅から約1時間
久々に嵐山方面に秋の京都
秋晴れのいいお天気で、良かった^^
帰る頃には、外国の方の団体が来られていたw
 
マンション付近の紅葉
 
今回も長い写真ブログ見て頂き、誠にありがとうございます。
日に日に、寒さが厳しくなって来ましたね。
どうぞ、暖かくして服装で調整して下さいね^^
晩秋の京都、大覚寺でした(^▽^)/
 
では、またね(@^^)/~~~