入社4年目を迎えた。今日も竹下は自主練をしていて、遅刻ギリギリに来た。


今年も日本代表にはなれなかったと、人づてに聞いた。


それでも、竹下は休まずに練習している。俺は…部署で孤立していた。


建築の資格に連続で不合格。後輩にも陰口を叩かれ、バカにされる。


今日もコンプライアンスか何だか知らないが、人事部の竹下が俺の部署に来た。


「土井くん、アンケートまだ提出しちょらんっちゃけど、はよ出してくれんけ?」


あー、また来た。あれ出すまで竹下がウザいんだよな…


「また来るかいね!」


次の日も竹下は俺がいる部署に来た。


毎日がストレスだ。後輩達は俺をバカにし、嘲笑う。


今日は会議があると伝えられた。でも、その時間帯に行ったら誰もいなかった。


嘘を教えられたのだ!


毎日残業続きで体が悲鳴を上げている。ふとー足が体育館に向いていた。


ボールを触って楽しそうにしている竹下。悩みなんてなさそうだよな…


練習を見ていた時、誰かが俺の背後に来た。同期の月村、葵、菊夫だ。


「何見てんの?」


俺は、竹下のプレーに釘付けになった。突然、目の前で凄まじい音がして我に返る。


俺の足に甲斐日菜が放ったボールが足に直撃したのだった!


「土井、来ちょったんやね!ごめん!」


「甲斐と竹下っていいコンビだよね。後、中国から来た王だっけ?アイツもやりそうだよね」


葵が俺の隣に来て、ヘラヘラしながら言う。正直、苦手だ…。


部署内での嫌がらせは相変わらず続いた。上司は俺に八つ当たりばかりする。


「国家資格受かる気ないなら、辞めろ」


ある日、上司と俺のやり取りを竹下が聞いていたみたいだ。お構い無しに部署内に入ってきて、竹下は上司をきつく見据えた。


「お前は、バレー部の」


「今の言い方ないんじゃないですか?」


堂々と入って来た愛に周りは唖然としている。


 「嘘の会議の時間教えたり、周りで嫌がらせするのっていじめじゃないんですか?」


竹下は上司を睨み付け、掴みかかりそうだ。あの目付きはコートの中と同じ…。


「何だその態度は?いくらバレーを頑張っても日本代表にもなれないくせに偉そうにするな」


「私には夢があります!日の丸を背負って世界と戦う事です!」


竹下は凄まじい剣幕で上司に責めより、今にでも殴りそうだ。


がー俺と同じ部署の奴らが竹下を摘み出した。


次の日から、俺は会社を無断欠勤した。もう、居場所なんてない…。


「土井、最近見らんねー」


愛は日菜達とそう話す。他の同期達も頷いた。


愛は葵達に蓮太郎の家の場所を聞き、足を進めた。


「来てくれてありがとう。ずっと部屋に閉じこもったままなの」


俺の母ちゃんが誰かと話している様だ。直ぐにアイツらだと分かった。


翌日、仕方なく俺は会社に行った。居場所がないのは分かっている…。


会社に行けば嫌がらせを容赦なくする同僚。もう限界だ…


俺はカッターナイフを手にして、部屋に入った。


その時ー竹下が俺がいる部署に来た。


「あんた、何しよっとけ!犯罪になるが!」


竹下は俺の手を掴んだ。


「もう、どうなっていい!」


俺は自暴自棄になり、カッターナイフを握る手に力を入れた。


「そんげなこつしたら、会社にはおれんなるよ!」


竹下は負けじと俺から手を離さない。揉み合いになった時だー


「痛っ!」


俺が持っていたカッターナイフが竹下の手を切っていたではないか!


人事課に戻った竹下は、周りに転んだと誤魔化したそうだ。


痛そうに左手に包帯を巻き、バレーボールの練習に参加していた竹下を未だに忘れない。


また、俺は部屋に引きこもった。


竹下がうちのラーメンを食べたと、周りから聞いた。


次の日も竹下は俺の家のラーメンを食べに来た。練習帰りなのか、スポーツウエアのままだ。


「ごめんね。今日も部屋から出てこないのよ」


母ちゃんは仕事をしながら、竹下にそう言った。


「どうせ、部屋に引きこもってゲームでもやってんでしょ」


弟も俺をバカにした。俺と違って良い大学に入れたしな。


俺は志望した大学は全て不合格だった。


何をしたいのかも分からないまま、この会社に入った。


この日も、休みの日も竹下はうちに来た。


この日は同期とバレー部の2人を連れてやって来たのだ。


俺は部屋に籠り、耳を塞いだ。


「土井くん、いい加減会社に来てくれんけ?」


俺の部屋のドアを叩いたのは甲斐日菜だ。細身の割には力がある。


「こんままじゃったら、会社におれんなるよ?」


竹下も何か言うが、俺はイライラが増した。


そして、


「もう、どうだっていいんだ!会社にも居場所がないし。何やったって無駄なんだ」


それまで黙っていた竹下が、ドアの前に来た。


「あー、そうけ!部屋から出て来んな。もう、どんげでもなれ」


竹下は言葉を吐き、階段を降りていった。


「竹下ってあんなだったんだな…」


他のみんなは唖然としていた。


次の日、俺は重い体を起こして会社に行った。


相変わらず嫌がらせはされた。モヤモヤした気持ちで歩いていたら、丁度竹下とすれ違った。


アイツは日本代表に落選しても、諦めずに頑張っている…凄いな。


こっそり練習を見に行った。相変わらず、竹下はボールに触っている。


ポーカーフェイスの竹下が笑うなんて、滅多にないよな。


俺は、竹下のプレーに見とれていた。


「また、竹下を見てんのか?」


葵が俺を肘で突いた。


「竹下って凄いよな。見ていて飽きないよ」


他の同期も、竹下を見てうんうん、と頷いた。


俺はモヤモヤした気持ちで今日も出社した。


「また、建築士の試験落ちたんですか?」


1人の同僚が茶化しに来た。


俺は何も言い返せなかった。すると、誰か来たのか、入口の方から声がした。


「何か用かよ?日本代表に選ばれない誰かさん」


俺は、ハッと我に返った。


竹下が俺の上司に刃向かっているではないか!


「背の低いセッターは試合に出たらいけないんですか?」


コートの中と変わらないあの表情。竹下の剣幕に周りは何も言えなかった。


「私達の同期を苦しめないで下さい!あんたのやった事は人事部に報告しますから!」


後に聞いたが、上司は過去にパワハラ疑惑で別の子会社に飛ばされた事があるらしい。


この日は竹下がおらず、バレー部の同期2人だけがいた。


「甲斐、何聴いてんの?」


俺はイヤホンを付けていた甲斐に声を掛けた。


「この曲は愛ちゃんがよく試合前に聴く曲だよ」


甲斐はイヤホンを俺の耳にはめて来た。


俺の耳に流れてきたのは、「ハイキュー」の曲だ。聴いたことがある。


「息を切らしながら 走り続けて」


甲斐が歌い出す。それにつられて、俺や木島達も歌を歌った。


するとー俺達の傍を竹下が通ったではないか!


俺も頑張ってみようーと思った時だった。


会社にも行ける様になった俺は、後に上司がパワハラで子会社に左遷されたと聞いた。


でも、何年か後にうちの会社のバレー部の廃部が決まった。


竹下はショックだったのか、その日に休職届を出して、引きこもった。