異なる事が常か。
正なる事が常か。
簡単に、考えると、正成さざる事が異常。
しかし、考えて欲しい。
正誤という言葉を。
誤る事が、異常ではないのだ。
異なる事が異常なのだ。
。
つまりは、その時の、正常と異なれば全ては異常である。
即ち、異常な事が歴史を作ったに等しいのだ。
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異常が溢れ返り対策をする事が、歴史を作る。
異常には、正常では対応出来ず、異常な対応を余儀無くされる。
人殺しが、肯定される殺戮。
即ち、戦争だ。
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分かり易く説明すると、こうなるのだ。
自分は、正常か?
周りは、正常か?
よくよく感じて欲しい。
異常なそれは、異常に対応したものか?
そもそも、異常を生み出す要因か?
。
よく見れば分かる。
本当の異常は、人間が便利さを求め生み出した全てだ。
尊重と言う名前の、高慢が全てだ。
人間が、悪いのだ。
それを、求め賞賛している全ての人類が。
。
自覚して欲しい。
動物は、地球を滅ぼす力を持っているか?
植物は?
昆虫は?
地球の生命活動の、地殻変動は生きている証だ。
人間は、何を勘違いして仕舞ったんだ。
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神を信仰出来るのは尊さでなく、弱さの現れだ。
縋る物を求めたから、生み出された罪の証だ。
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理解して欲しい。
私達人間が、電気を使う事により。
どれだけ、空気が乱されて居るか。
環境が壊れているか。
植物は、呼吸しながら光合成している。
まるで、植物は過呼吸状態じゃないか。
植物に対する、虐待じゃないか。
。
どれ程の人が、理解して居るのだろう。
この
矛盾した愛情と言う名前の
地球に対する思い遣りは
罪の償いにも成り得ない程の
人類の大罪だと