必要と、所用の価値の相違
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必要性の高いとされる方に、同じ物を割いて、得られる結果が僅かであり。
尚且つ、自己にとって、所用であり必要性の高い方に、同じ物を割いて、得られる結果が大きい時。
私は、選ぶ迄も無く所用を取るのだが。
何故、求められる方に寄与する事を、指図されるのか。
同じ位の、成果が上がるなら分かるのだが。
全くもって、合理的にロスが有る方を選べと押し付ける高慢さが理解出来ない。
上司(同じ職場の様な枠に属する)なら話は違うのだが。
属するつもりも無いのに。
どうやら、私は常識的感覚の欠如した目下な存在だと軽視を感じ、どっと疲れた。
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最近、良く感じて来た事。
人の高慢さと、相違を嬉々として笑う様に諭す姿勢。
理解した上での、判断と思考に触れられた事などない。
そう理解しながら、辟易してる。
現在の常識が公表を受けた上でこんな世界じゃないか。
全くもって、価値を感じ取れない。
偽善なんか、真っ平だ。
慈善なんか、真っ平だ。