久しぶりに過ごす、父、母、弟夫婦との時間。

自分が前面に出ず、見守る姿勢を意識しながら、必要な時に切り込む。

今までのやり方とは違うやり方での、小さい手応えを感じられてきた。

~

昨日、実家に着いて。

弟夫婦が外出している時に
母のおかしな態度が気になって、ちょっと今日おかしいよ?どうしたの?と投げかけたら
テンション高めのプライドで返してきた母。

対話にならんくて、かなりムカついて、一回ぶちキレた。

その様子を見ていた父は、何ていってみようもない顔でテレビに向かう。
母はツンとした態度。

しばし3人でテレビに向いながら、ここからどう発展させていこうかと考えていた。


ケンカしたり、気まずくなったら
時間が解決してくれる、違う話を持ち出して切り替えようとする、核心に触れようとしない、その場しのぎのパターン。

腹の中は未消化なままなのに。
こういうパターンがうちにはある。

真っ正面から向き合うこと、面倒臭いことは避けたい逃避。

これ、父の持つパターンでもある。

母のおかしな態度には、何か原因があるはず。

母一人の問題だけではなく、父とのやりとりの中でも何か原因があったんじゃないか?

母と父に切り出してみたら、二人の感情の蓋があいた。

そこにあったのは、コミュニケーション不足と本音を抑圧するパターンだった。

やっぱりここなんだな、と二人のやりとりを聞きながら納得した。

本音を伝え合い、原因がわかったところで、じゃあどうするか?

自分が望んでいること、相手のために自分が補っていくところ、弟夫婦との連携。3人で話した。

じゃあ、次からはこうやっていこう。
って方向性が見えたことで、すげースッキリ。

その場の空気が変わった。

そんなタイミングで、弟夫婦と一歳の甥っ子が、外出先から帰ってきた。
甥っ子の愛くるしい笑顔がたまらんかった。

その後、私は夜まで友人と外出。

帰ってきたら、お母さんが嬉しそうに、お父さんが食器洗いしてくれて助かった。って伝えてきた。

真っ正面から向き合うことで得られるもの。それを感じられた。

これを積み重ねていきながら、あの手この手で家族を繋いでいくこと、

皆が本当に望んでいることを、引き出していけるように一つ一つやっていきたい。
今日の夜から、久々に弟家族が実家に帰ってくる。

家族が揃う時はいつも、父と母を中間で繋ぐ立ち位置として、なんだかんだで私が中心となって取り仕切るような動きをしてきた。

けれど
今回は、ひたすら裏方に回ることをしてる。

もう、今までのやり方では違う。お互いに真っ正面から向き合っていく時期に入ったと感じている。

先生のブログにあった、
「インスピレーションに身を委ねるということ」

~しなければ。という思考を外して、感覚。

その時々の感覚、センサー。

ここを、とても意識して行動するようになってきている。

そして、小さな実りある結果にも繋がっているのを感じてる。

昨日は弟と手紙で、今後の方向性についての疑問を投げ掛けた。

正論で反発された部分があったけれど、諦めずに自分の感じることを伝えたら、何かが少し通った。

大切な人だからこそ、ぶつかり合って、お互いを見つめながら、わかり合いたい。

今の自分の等身大での表現、等身大のブログって何か?

見つめ直してる。 


 

自分の感覚を、言語表現していくのが苦手だということ。


あたまわるい。言葉知らず、なのに知ったかぶり。わかったつもりになってしまう。


そんな中途半端なまま、前へ、前へと進みたくなってしまう。


それが、ただただ表面的で中身のないプライドも増長させていくように感じる。


これ、もう辞めよう。(このパターン、いつから始まったのか・・・今は思い出せないけど、見ていく必要があると感じる。)


いや、頭ではわかっているけれど、染みついているパターンはそう簡単には転換できない。


意識して、気づいて、立ち止まって、小さいことから変えていく努力。わかろう、理解しようとするための努力って何か、考えて行動していくこと。


今の自分を超えていきたいなら、

ひたすらこの繰り返しなのかもしれない。




リラの先輩方の表現力の豊かさが羨ましくて、背伸びして真似したい自分がいた。


わかったつもりになることの、失礼さ。


ここをもっとしっかり感じられるようになること。


今の自分を受け入れたうえで、人としての謙虚さってどういう在り方なのか、探求していきたい。


果てしないけど、コツコツと。