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koのブロ具

だいたい発狂してます。

タイトルは分かる人に分かるけど
深い意味はありません(笑)

ずっとやりたかった資料作りとテキストの校正が終わった…


それにしてもタイミング良くて最近ちゃんとブログが続いてるな…

再来週以降はちょっと忙しくなるけど


ちょっとストレス発散にもなるね。







若い時はさー
色んなアルバイトやりながら
どうにか生きてて

とにかくライブやって、
生演奏の完成度にはとにかくこだわってたんだけど
音源制作にはなかなか集中出来なくて
知識も無いし
しんどかったなー
シンドラーですよ。




今みたいにネットの情報も無かったし。


思い通りのものは作れなかった様な…








それから今の仕事して、がむしゃらに突っ走ってたらそれなりに成功出来て、



気がついたら指導する側にいて



ハッと気付いたんだけど

あぁプロ中のプロの仕事って
これぐらいの地道な努力と才能が必要なのかーってこと。



ただ働くだけだったら
誰でも出来る。

誰でも偉そうなことは言える。




本当のプロの仕事を知る人は

自然と口数は減って行く。



偉そうな奴は仕事が出来ないか、経験の少ない奴が多い。





これはアルバイトしながら…って生活じゃ気づけなかったと思う。




なんでライブはあんなに成功してたのか?
なんでレコーディングはイマイチだったのか…





人の何倍も努力して、
人が恐れて出来ない行動をとり続けた




それが今の仕事での成功法だし
何でも共通してるんじゃないかと思った

自分の人生には。


世渡りとか処世術とか嫌いだからさ。









Twitterで医者を何人かフォローしてたけど

自己陶酔発言ばかりで

つまらない連中は外した。








偏見かも知れないが

活躍してるドクター達は発言も面白い



SNSで持論展開して満足してる様な奴に


プロ中のプロの仕事は無理ってことだろう。




音楽やってる奴も

ネット上でやたら
意見を展開してる奴は
大抵、音楽が誰にも聴いてもらえてない。

こないだのJRファイヤーくんみたいに。






自分はこの音楽活動の知識や経験が

他の仕事にも直接生きてくることもあって


すごく充実してて楽しい。




どちらも自分のライフワークだと思ってるし
人に天職だねと言ってもらえる。





これからさらに


プロ中のプロの仕事を目指して





どちらも突き進んで行こう!





やるぞー!
楽しー!









どうみ。

 koです。






今日は急に冷んやりしたねー

寒いなー寒いなー


いやー寒いなぁー

(稲川淳二)












暑い季節も稲川淳二の季節も終わりですね






今回から映画などのレビューも書こうかなと
一念発起しまして(大袈裟)






映画マニアってほど詳しくないけど
全然音楽よりも映画の方が親しんでる気がする…










で、さっき観た

『菊次郎の夏』



言わずと知れた北野武監督の作品








映画監督を夢見て突っ走ってる人から観たら

かなり悔しいんじゃないかなぁと思う。


すごく丁寧に、繊細に、アートに作られた
落ち着いて見やすい

天才の作品。




やっぱり芸術は才能であり作品勝負なんだなーと改めて思う。




ど頭からCMなど余分な部分が一切無い







祖母と2人で暮らすまさるが、
夏休みに母親に会おうと家を出る
ひょんな事から近所のチンピラ菊次郎が
連れて行く事になり2人の旅が始まる…







ベタなストーリーだけど
もちろんそのベタなストーリーの見せ方も

その後のベタなストーリーには収まらない
深い深い展開も


鬼才ならではの演出。









それにしてもたけしさんは
ダンスやってる人とか
音楽やってる人とか
芸人さんとか
芸術やってる人を本当に大切にするなぁ
と思う。

まさにビッグボス。





さんまさんとか松本人志さんとかも
俺は大好きだけど


ケタ違いの器の大きさ、才能を感じる。








たくさんの笑いが散りばめられて


じんわりと、ずっと心に残る




下町のチンピラのリアルな描写


不器用でぶっきらぼうで暴れん坊で



とてもとても繊細で

傷付いて



暗い少年。








決して気持ちが交わることの無い親子も

世の中にはたくさんいる。












そんな側面を

胸に秘めてる人は多いんじゃないかな













俺自信も両親と分かり合うことは
もう無いだろう。









いいんだよそれで。








その場所で成長して


その場所で生きれば。










そんな作品です。






自分もその辺りの感情と



向き合って描ける時が来たら
描いておきたいと思う。














どうも


毎回アメブロの占いが
ひどい結果のkoです。


開くたびに嫌なこと言われます。




あとFacebookの地雷みたいな広告どうにかしろアミーバ。



何回Facebook開かされたことか…orz








Twitterでスピリチュアル?関連のつぶやきをしたので

こんな話2度としないだろうから

ちょっとそれ関連の話を。




ちなみに僕の立場は一貫してます。


『どうでも良い』



日々努力するだけで手がいっぱいなので。












宗教関連の連中の主張ってさ

要するに

良いことやっとけば良いことある



みたいなことじゃん?





じゃあその善行ってなに?
その徳を積むってどゆこと?
どの範囲?
立ち読みしたら元の場所に戻すとか?
肩たたきとか?
スマイル 0円?
とか疑問になった。




そこで目に入ったのが


『抱朴子』っていう本


317年に葛洪という名の
道教研究家かつ料理研究家(仮)のおっさん
が書いたもの。










善行を積み

物に慈悲深く

人の痛さを知り

急場を助け

貧困を救え


口は災難を招くことは言わず

偉ぶらず

自慢せず

嫉妬しない

うわべをごまかし

陰で人を傷つけることをしない



それでこそ徳を積んだことになる。





と。






これ読んだ時、

自分にもいくつか当てはまって反省。








天国とか地獄とかの前に
つまらん生き方だよねぇ









いろんな学問に触れて
突き詰めると


『今この瞬間の自分』って

すごく価値があって得難い存在なんだなって思う。



自分に自信を持つタイプでは無いので
客観的にしか思えないけど。




仏教では

温度と意識の拠り所であり、得難いもの

とあって


医学を突き詰めれば

人間の身体って奇跡的な化学変化の連続で成り立ってる



物理学を突き詰めれば


この地球はいつか必ず滅ぶし、

この宇宙もいつか必ず滅ぶ。


その瞬間まで人類がもし生きてたらどうなるだろう?

今、宇宙の中で生きているって認識出来ているこの時代は、
1万年続くかも分からない。
宇宙の中でほんの一瞬かもしれない。






結局、

何かを勉強するってことは何でも

『今をより楽しむ』ためにあるんだろうなって感じる。

もし学んだことで人を見下すようなら
その人間の学びはド三流だろう。








今この瞬間
生きてさえいれば



破滅的に考えながら生きようと

毎日楽しく生きようと


どうにでも変えられる。


どんな状況であれ
『自分が好きで選択した生き方』をしてるんだから。




そんな風に自分を振り返ってみてる。