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☆☆めっきり寒い。。

しばらくblog放置しとった間に季節も変わってしまったな-(iДi)
大キライな冬がもうそこまで来てますが、ココでちょっとYの夏を振返ってみます。
今年はハイエスト以外大きなイベント事は無くって

沖縄の勉強を始めました

特に沖縄の地上戦について調べてみたん

元々沖縄文化と沖縄食が大好物なY

気分が良いときの鼻歌は島唄
住みたいのはSFか沖縄
イオンの沖縄物産店には毎年参戦!笑)、という感じの沖縄lover
沖縄「戦」を調べようと思ったキッカケは親友が教えてくれたこの動画 ↓↓↓
あぁ私って意味も知らんとこの歌を口ずさんどったんか。。。って。
例えばLOVE SONGやと思っとったのが実は浮気tuneやったってゆうのを知って今までの自分が情けなくなる感じに近くて
やっぱり歌詞を知るのって大事、まさか日本語の歌でこれを感じるなんて思ってなかった。shame on mi...その後に出逢ったのが宮城喜久子さんというひめゆり学徒隊員だった女性。82歳の現在はひめゆり資料館の副館長をされているそう。
彼女の戦時体験の本を読みました。
隣にいた友達が空爆で亡くなったり、たまたま豪を離れた時に豪が攻撃を受けたり数えきれやんくらい死を真隣で体験された話があって彼女は正に"chozen"、生かされとるんやろなぁって思った。地上戦を逃れながら同時に兵士の看護をしてきた10代の女の子の体験談は今まで読んできた戦時体験の話には無いものが多くありました。
そんな折、県内で沖縄戦展示会&宮城さんの講演会があって行ってきました!展示会には2回も行ってしまったよ結局

講演会後には宮城さんと直接お話もできて感激しまくり。。。

あまりの神々しさに膝もガクガク
肌、存在が綺麗で本当にあんな体験(←本)をしてきた人なんかなって思ったくらい美しい女性。&あんなに力強い握手をしてもらったのも人生初。きっとこうやってみんなに握手しとるんやろうなぁって思った。言葉以上に宮城さんが伝えたい想いが握手にこめられとる感じ。驚いたのは、戦争前の高校1年生の頃の宮城さんはYと「同じ」だったということ。
好きな教科は英語
英語科の授業を普通に受けて、洋画を観てアメリカ人のファッションやレディーファーストに憧れて。。。普通にアメリカに対して憧れがあったと!
戦争が無かったらツールは少なくとももっとアメリカのこと知ったり勉強できたはず。ほんの2世代違うだけで人の人生がこんなにも違うんかって改めて思ったし、戦後の日本経済の成長っぷりもものすごいなとも思った。彼女たちの時代があるから今の私が在る。普段しっかり忘れとるけど、こうやって立ち止まってみるとそんなことが奇跡に思えて。日頃からせめて頭の片隅にでも24/7入れておきたいと感じてくる。Yの嗜好&行動なんて65年前やったら非国民すぎるやん。即抹殺されていたこと必至。
戦争体験者が全員80歳を超えたので、全国への講演会は今回が最後になるかもしれないとのこと。いつもと違う夏-沖縄の歴史を知る貴重な機会を得ることができました

もっと本当に言いたいことは複雑に絡まってたくさん心にありますが。
島唄の歌詞の意味&宮城喜久子さん、今より広く知られてほしいです

