今日は、この話の続きを聞いてもらえたら嬉しいです。


ハム太(小4)の勉強習慣を手放すと決めたあと、どうなったかという話です。


N=1、完全に我が家限定の話です。

我が家のハム太(小4)は、兄のハム助(新中1)と比べると、読み書きの能力は高いです。

やり始めたら、集中力もすごい。

「その集中力、ハム助(中1)にも分けてくれへん?」

と思うくらいです。

でも最近気づいたのは、

能力が高いこと(当社比)と、実際に行動できることは別の話

だということ。

記事にも書いた通り、少し前からハム太が勉強を嫌がるようになりました。

そこで1か月ほど前、ハム太(小4)に

「毎日コツコツ勉強する習慣をつける」

という方針を、手放しました。

正直、かなり悩みました。

でも、

「親子関係の方が勉強より大事」

という原点に帰ってきました。

勉強はまたそのうち、本人に合ったやり方が見つかるかもしれない。

勉強よりも先に、親子関係を温かいものに戻したい。

そんな気持ちでした。

今振り返ると、その『手放したこと』が意外と大きかったのかもしれません。

そして手放してからの1週間。

びっくりするくらいのゼロベンでした。

ほんまにゼロ。

見事なまでのゼロ。

清々しいほどのゼロ。

そんな中で、ハム太は相変わらずゲームがしたい。

そしてゲームがしたいことだけは熱心に訴えてくる(笑)。

それならば、と導入したのがブロ友さんに教えていただいたコイン制度でした。

正直、葛藤はめちゃくちゃありました。

ゲームのために勉強するってどうなんやろう。

勉強って、本来はご褒美がなくても、当たり前にやるものじゃないのか。

こういうのって本質じゃないよな。

しつけって何なんやろう。

ご褒美をあげることで、学ぶ楽しみを減らしてしまうんちゃうかな。


そんなことをいろいろ考えました。

でも今回は、

ちゃんとしつけるとか、

ちゃんと学習習慣をつけるとか、

学ぶ楽しみを教えるとか、


そういう「正しい子育て」を一旦横に置いてみることにしました。


ええように言ってるけど、要は私にはムリやったっていう話です。


この際、


ゲームというにんじんでもいい。

本人が機嫌良く生活できるなら何でもいい。

そんな気持ちでした。

ブロ友さんが、『うちではこうやってるよー。』と記事を書いてくれたり、


コメントで『大丈夫だよー。』


と背中を押してくださったことがとても大きかったです。


本当にありがとうございます。


この前書いたこの記事の中で、

無意識にやっちゃってた


「ちゃんとした子育て」とか、


「丁寧な暮らし」を諦める感覚に少し似てたかもしれません。




毎日栄養バランスを考えた手作りご飯を並べるのが理想。

でもしんどい時は、

納豆をかけたうどんでもええやん。

今日を生き延びられたらそれで十分やん。

ハムパパを頼ってもええやん。


そうやって肩の力が抜けた時と似ています。

ちゃんと子どもを導ける母じゃなくてもええやん。

ゲームでも、にんじんでも、コインでも、

使えるものは使ったらええやん。

そんな気持ちになってから、グッと楽になりました。

そして、今までの積み上げも何もかも、

全部ゼロになってもええわ。


と思ったら、少しずつ状況が変わりました。

ゲームしたいハム太(小4)。

声をかけずとも、どんどん勉強するようになりました。


というのも、ハム太の課題のハードルを、限界まで下げたんです。

どれくらい下げたかというと、

「漢字10個、全部最初から答えを写してもOK」

というレベル。

最初から、問題の横に答えを書いておきました。もはや漢字練習なのか写経なのか、その辺は一旦置いておいて(笑)。

それでも、やればゲームはできる。

1分で終わるから、どんどん進める。


一度やり始めたら、漢字以外の各教科の教科書ワーク、ラズプラスの音読など、ゲーム時間のためにどんどんこなす。



そんなこんなで、今のところコイン制度導入でめっちゃ平和になりました。


以前のように、

『お母さんの膝に乗るから、きてー。』

と自分から言ってくるようになりました。


今回のことで、気付いたのは、


能力があることと、実際にできることは別なんやな、ということです。

親から見たら、

「それくらいすぐできるやん。」

と思うことでも、本人の中ではなかなか動き出せないことがある。

でもそれって大人も同じですよね。

5分で終わるメールの返信を後回しにしたり、

すぐできる手続きを何日も放置したり。

能力の問題というより、気持ちの問題。

ハム太を見ていて、そんなことを思いました。

だから大事なのは、

「能力的に、これくらいできるはず」

ではなく、

「これなら気持ちの負荷なく絶対できる」

と思える高さまでハードルを下げることなのかもしれません。

子どもによって乗り越えられるハードルの高さは違う。

つい能力基準で考えてしまうけれど、

実際に動けるかどうかはまた別の話。

そして、なれるわけない『いい母親と』か、

できもしない『ちゃんとした子育て』に

さっさと見切りをつけて、

子どもの様子をよく観察することでしか答えは見つからんのかも。と思いました。


しらんけど。



まぁ、そんなことを学んだ週末でした。


長々と、お付き合いありがとうございました。