【回顧録】0. なぜ書くのか。 | 私は家族と生きる。~毒親育ちが母になった~

【回顧録】0. なぜ書くのか。





アダルトチルドレンを克服する方法として

小さい頃の自分を癒してあげましょうとか

抱きしめてあげましょうとか

よく見かけるワードだけれど


いやそれ一体どうやるのよと

時空を越えるのかいと

ひねくれ者の私はずっと思っていた。


あなたはあなたのままで素晴らしい。

駄目な自分も認めてあげて。

なんてのも、もう聞き飽きてうんざりしていた。

私が私のままじゃ嫌だと言っているのに

そのままで大丈夫。とは。


じゃあ自分の認め方、教えてよと。



医師やカウンセラーなど

他人にすがってみたりもしたが

結局は何も変わらなかった。


私は自分が「普通」に見えるように

ずっと取り繕って歪に生きてきたから

相手が話を聞いてくれる専門家であっても

他人との壁の取り払い方がわからなくて

大丈夫じゃないのに大丈夫なふりをしたり。


何よりも「普通」に生きてきた人には理解されない気持ちだろうと諦めていた。

「普通」の意味はわからないけど。


私は聞いて欲しいわけでも

寄り添って欲しいわけでもなかった。

どうしたら私は私を許せるのかが知りたかったのだ。


その為には自分でなんとかするしかない事くらい薄々わかってはいたけれど

カウンセリングはそれを再確認して次に進むための区切りのようなものだったのかもしれない。





だから、片っ端から書くことにした。


親にあんなことをされた、こんなことも言われた、嫌だった、傷ついた、こうして欲しかったと


自分の甘えや浅はかさは棚に上げ

私は、私は、と

子供みたいに自分の話ばかりを思い付くままに書き記す事が

私にとってはあの頃の自分を客観的に見つめ

抱きしめる方法だったのだと

書き始めてから気づいた。


そうか、私は時空を越えられたのか。





私は両親によって衣食住が確保され、教育を受ける事ができた。習い事や塾にも行けた。

少なくとも外から見たら「普通」の家庭だったと思う。


それでも私にとっての家族はいつも壊れていて

家族と共に自分もまた壊れていて

ずっと重くて重くて仕方なかったものを

ブログの文字の中に封印して

捨てていきたかった。


そうして身軽になったら

私は誰に強制されるでもない

私は私として生きていいのだと

思えるかもしれないと。




始めは誰に読んでもらうでもなく

ただ自分の為だけに勢いで書いたものを

誰かがひとりでも読んでくれて

共感してくれることで

浄化されていく気がしました。


読んでくださってありがとうございます。