今は大学四年生長男が中学二年生の時のことです。
前回の続きとなります。
救急隊員のかたにお礼を言い、
その後、また処置室の前で待つ。
待っているあいだに、心配しているであろう他の家族へ連絡をしたけど、
詳しいことはわからないので、病院に着いたよ、また連絡する、としか言えなかった。
しばらく待っていると、処置が終わったので中へ入るよう促され、医師の説明を聞くことになりました。
医師が言うには
『まず、レントゲン撮ったけど顎の骨は無事だった』
『残った歯は、なぎ倒されたように内側へ押し込まれていたので手で元の位置に戻した』
『取れた歯は、二本とも元の位置に埋め込むように入れた。うまくすれば、また神経がくっつくと思う。
だけど、そのうち一本は欠けてしまっているので治療が必要。』
『口の中や唇は、切れていたので縫合した。出血等でひどく腫れているが、そのうち治るから心配いらない』
質問はあるかと問われたので、
抜けてしまった歯が、また根付く可能性はどのくらいですか、と聞いた。
『なんとも言えないです。時間が経ってしまっていたし状態も良くなかったので』
はー、そうかぁ……五分五分より低い?。
歯並びは元どおりになりますか?と聞くと
『今のところわからないですね。
これから矯正でどのくらい整うか…。
いま僕が出来る限りの力で歯並びを整えてみたけど…、だからすごく痛かったと思うけど。』
すごく痛かった…のか…。
お医者が言うなら本当にすごく痛かったんだよなぁ。
口の中を、唇を、縫合されたところを力づくでなぎ倒された歯を起き上がらせたなんて。
痛みに弱い長男がそんな思いをしたのか。
ここは総合病院で、
この口腔外科の先生は非番だったけど
長男のために来てくれたと後で知り、
助かった、と心から思いました。
次は平日の診療時間内に来るようにと言われて帰ることになった。
歩いて処置室から出てきた長男を見たとたん、安堵で涙が溢れそうになる。
家に帰るまで、長男は一言もしゃべらず。
玄関を開けて、
数歩だけ中に入り、
そこにしゃがみこむ長男。
力が尽きたように。
やっと、口を開いて
『………Aが心配……』と言った。
Aくんとは、バットを振った子のことで。
何よりも先に言葉にしたのが、相手の子の心配だなんて。
この言葉を聞いたわたしは
今後絶対に、誰のことも恨まないと決めました。
そもそも、どうしてこんなことになったのか。
その時にいた部員は20人程。
みんながその瞬間を見ていたわけではないので、こま切れの証言をつなぎあわせると……、
顧問は、その時たまたま少しの時間、職員室へ行っていたそうで何も見ていなかった。
練習内容は、
守備側と攻撃側にわかれて
守備練習バッティング練習だったと。
長男はベンチに座っていて
ベンチの前では何人かが素振りしていた。
長男が顔を上げた瞬間
素振りをしていたAくんのバットが当たった……と。
別の子(仮にBくんとします)が、少し離れたところから一部始終を見ていたと捕捉で教えてくてたのは、
Aくんは素振りをしながら少しずつ移動していた(Bくんが言うには足を動かしながら打つ練習だったから移動しちゃったのかもとのこと)
長男はベンチで座っていたので近づいて行ったわけではなく、一歩も動いていないこと。
Bくんが、あぶねーと思ったから声をかけようとした瞬間の事故だったと。
Bくんが飛んだ歯の行方を見ていたので、すぐみつけてくれたこと。
みんな、バットの扱い、危険性なんか
わかっていたはずなのに…どうしてこんなことに…と、そう思ったのはもちろんなんですが、
頭じゃなくてよかった。
頭に当たらなくて本当によかった…
と、そちらのほうを強く心から思いました。
もしも頭だったら、いま長男はいないかもしれません。
生きてて良かった。
それは事故から数年たった今でも
ことあるごとに思います。
事故から数日間、長男は何も食べられませんでした。
お腹はすくのに痛くて食べられない。
スープやゼリーなどもほとんど食べられなかったです。
痛いのはもちろんですが唇も閉じられないので、スプーンで口に流し込んで上を向いて飲み込む。そんなことをしていましたね。
どうにかお粥くらいなら食べられるようになったのは、口の中の抜糸が済んでからでした。
抜けた歯はどうなったかというと、
奇跡的に神経がつながったんです。
歯が外傷によって抜けてしまったときの良い対処方法は、
水道水で洗い汚れを落としてから、
乾燥しないように水か牛乳に浸しておくということです。
長男の歯は、ティッシュでくるまれていただけで乾燥してしまったいたし、抜けていた時間が長かったので、期待していなかっただけに根付いた時は嬉しかったですね。
あとは、この欠けてしまった歯の治療と、
抜けた二本の歯の根っこの辺りに溜まった膿が無くなるかの経過観察。
それとガタガタになってしまった歯並びの矯正をしていくことになりました。
欠けた歯の治療はすぐに済み、
心配した歯の根っこの膿も時間の経過とともに、無事に消えてなくなりました。
矯正歯科へ通うようになり
器具を装着するなど不便なことがこの後三年間続きます。
ほとんど何も食べられない時期もあったし、
噛み合わせがおかしいからかブリッジが邪魔だからか、食べられるものも限られます。
それでも、この時はもう
身長や体重や体格がどうのなんて
そんなことはどうでもよくなっていました。
とにかく元気でいてくれさえすれば、というきもちでした。
ですが……、いや、
だから……、なのかな。
話が前後しますが、事故からほんの数日後のことです。
長男が『早く部活したい』と言ったとき、
『え?本気で?なんで?こわくないの?
もうやめてほしい』と、私の本音は言えませんでした。
満足に食べることさえできないのに、
水分とるのがやっとなのに…。
こんなに痛くてつらいことになったのに。
……野球がそんなにもしたいんだ。
長男の気持ちが一番大事だと思い直し、
『そこまで好きなことに出会えて幸せなことだね』って心から言ってあげられたのは、更に数日経ってからのことでした。
成長期真っ只中の長男は
この事故によって【食べる】ことが制限されることになりました。
ですが食欲旺盛な子なら
もしも同じ怪我をしてももっと食べられたと思うので、成長率が鈍くなったとしても
事故だけが原因だとは言えない。
それに子供の身長が伸びるのには食べ物だけが関係するわけではないです。
ただ、もう、とにかく、生きていてくれて良かった。