DOLL magazine 休刊から来年で15年 | Hard “metal” Core Side

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福岡県在住の美容師が好き勝手に執筆する
80年代を中心とするハードコアパンクや主にマイナーなスラッシュメタルや
90年代以降でも80年代の要素を取り入れている音源のレビュー形式日記です。


今回は雑誌「DOLL」についてです。




DOLLは音楽評論家の森脇 美貴夫氏が編集長を務め、80年代初期から2009年まで発行されていたパンクス御用達雑誌です。



森脇氏の存在自体はクローズアップされる機会はほとんど無いとはいえ、メタル側でいったら"伊藤 正則"氏と同等の立ち位置といってもいい位、パンク/ハードコアのシーンの普及においても重要人物でした。



DOLLという名前は森脇氏が飼っていた愛猫の名前から由来している。



筆者のブログ内でもパンク/ハードコア関連記事にて、"DOLL magazine"だったり、"DOLL マガジン"とたまに出てくるワードでありますので、



この雑誌からの情報はこのブログにとって非常に重要なモノだし、発行当時から数多くのパンクス達の情報源だけに留まらず、この雑誌をキッカケにバンド活動を始めたというアーティストも数知れずな訳でして



特に80年代後期頃はDOLL以外にも「宝島」や「FOOLS MATE」なんかもパンク/ハードコア関連記事はありましたが、そちらからもそういった情報を得ることはできましたけども


宝島は後に週刊誌だったり、エロ本的なスタイルへと変貌し、FOOLS MATEは完全にヴィジュアル系雑誌へと舵を切ってしまったので



休刊するまで頑なにパンクの情報発信を貫いたDOLLはパンクスにとっては唯一無二のバイブルだったと思います。



前身雑誌だった"ZOO"は時代的にはまだオリジナルパンク世代だったし、パンク自体がまた世間的に認知度が低かったせいもあってかロック全般を扱う音楽雑誌としての側面が強かった印象ですが




DOLLに代わったのと時は同じくしてハードコアパンクの台頭が進み、一気にパンク雑誌としての地位を得ました。



しかもDOLLの場合、有名無名関係なく国内パンク/ハードコア事情はもちろん、かなりマイナーな国のパンクシーンや作品等も紹介していたりで、この雑誌でないと知れない情報は多々あったし、そういったかなり掘り下げられたマニアックさの魅力もDOLLならではだったのではないでしょうか?




特にDOLL初期から85年辺りまでの号はパンク/ハードコアの歴史を検証する上での資料価値が非常に高い記事が多いため、現状プレミアも付き高値で取引もされているようです。





さて、ココから筆者が所有している号で自身の好きな記事をピックアップして紹介していきます。




ほぼ毎号に渡って新人バンドを紹介してきた記事

「HOT GROUPS」。
記事自体の存在感は控えめでしたが、長年この雑誌を支えてきた企画の一つ。

画像にある日本ハードコアパンク四天王の一角、THE COMESで後にLIPCREAMへと発展したバンドの紹介記事。映っているのはギター故ナオキ氏。
LAUGHIN NOSEは結成当初のバンド名
は たしか"ラフィーノーズ"でしたね。


80年代初期〜中期にかけて日本のパンク/ハードコアの基礎を作った代表的なレーベルの一つADK recordsの全作品紹介記事。





同じく当時ADK recordsと双璧を成していた、現在も活動しているパンクバンドLAUGHIN NOSEが運営していたAA recordsの全リスト紹介記事。





筆者の地元である当時の博多&九州パンク/ハードコアの紹介記事。


別件ですが、次のZERO magazineは九州ハードコアパンク特集で春頃に発行されるとアナウンスがされたので、そちらも期待したいです。





84年にDOGMA recordsから日本ハードコアパンク作品においての最重要作、GISMの「DETESTATION」、THE COMESの「NO SIDE」が同時発売されたことを記念してGISMのランディー内田氏とTHE COMESのマツムラ氏の対談インタビュー記事。





MISFITS、METALLICA、HIRAX等多くのパンク/ハードコアやスラッシュメタルバンドのジャケ画やTシャツのデザインでお馴染み、自身のバンドSEPTIC DEATHではヴォーカルを担当し、PUSMORT recordsのオーナーでイラストレーターであるPUSHEAD氏の紹介記事。





以前、このブログでも紹介させていただいた

87年に大手レコード会社ビクターから発表された国内スラッシュメタルの金字塔的コンピレーションアルバム「SKULL THRASH ZONE volume1」の広告。




数年前にGISMの84年1stアルバム「DETESTATION」がRELAPSE recordsから驚愕の再発をされたことに次いで、先日同じRELAPSEから87年 2nd アルバム「M.A.N」も再発されたのは記憶に新しいですが、


当時その「M.A.N」完成直後のヴォーカル横山サケビ氏のインタビュー記事。





インディーズながらもオリジナルアルバムを100万枚以上売り上げたとされ、今ではパンクバンドとしてはモンスター級の人気と知名度を得るまでに成長した

HI - STANDARD。


これは「GROWING UP」発表頃のインタビュー記事。




DOLLには小コーナーとしてほぼ毎号4コマ漫画が掲載されていました。

こちらは80年代中期〜後期にかけて当時、"インディーズ御三家"の一角とされていたバンド有頂天のヴォーカルであるケラ氏(現在の演出家ケラリーノ・サンドロヴィッチ氏)がかつて担当していた4コマ漫画コーナー「ケラの裏まんが」、通称「ケラうら」。


中々シュールな笑いの内容が多かったのが記憶に残っています。


メタル雑誌BURRN!内の喜国 雅彦氏の漫画企画みたいなモノですね。




ケラ氏の4コマ漫画の後継者として90年代前期から中期頃までこういったコーナーを担当した女性漫画家である長浜さち氏の「ながはまさちの4コマ劇場」。

ケラ氏のシュールな笑いを売りにしていたのに対して長浜さち氏のは、この当時の音楽シーンの時代背景を元にしたネタでの笑いを売りにしていた印象でした。


これ以降90年代後期から休刊まで漫画家丹波鉄心氏が4コマ漫画コーナーを担当。

現在もパンクマガジン「BOLLOCKS」にて長年に渡って同コーナーを支えています。




以上で雑誌DOLLのちょっとした紹介でした。



DOLLが休刊した理由の一つとして雑誌の運営が難しくなったことへの経営難みたいでしたが、特徴的なのがその内訳の大半が広告収入だったようで、確かに2000年代に入ってから以前に比べると広告が減っている印象はありましたが、


筆者個人的にはその原因もありつつ、時代の波に飲まれた感もあったのかと思ってます。



2000年代に入ってから急速にネットが普及していき20世紀の頃とは比較にならない程の情報が得られるようになったことで雑誌自体の役割が減っていくにつれて販売数も減少、ネットマガジンに移行する選択肢もあったかもしれないけど、



森脇氏を始めとしたこの雑誌の刊行に携わったメンバーも、もうそんなに若くない年齢のせいもあって、中々新たなモデルケースに移行できずにいたのもあっただろうし、何よりも雑誌というコンテンツにこだわった所も大きかったのではないかと想像しています。



現在では「BOLLOCKS」と「EL zine」の2つのパンク系雑誌がDOLLの意思をしっかりと受け継ぎしっかりパンク/ハードコアの情報を提供してくれています。