『ひとみの足跡~世界観ブログ~』第17話半分こ。比べる。 | おとづれ庵とぷのブログ (ameblo.jp)
皆さん。こんばんは。
今日も「ひとみの足跡」を読んでいただいて。
ありがとうございます。
私の小さい頃の記憶は全部がその通り。
というよりは、被害妄想の激しい幼少期の記憶。
本当の事実というよりは、そんなことを考えて生きてきた。
そんな私をそのまま書いています。
今となれば、周りの人たちに愛されてきたことも受け取れたりはするのだけれど。
あの頃は、そうは思えなかった。
そんなことを今日も綴っていきます。
私たちが小学生の頃。
金曜日の8時だったと思うんですが、「ワールドプロレスリング」
というプロレスの番組がやっていて。
その頃のプロレスラーで「ブッチャー」さんがいまして。
MHKの「半分青い」にもブッチャーと呼ばれる
体の大きな男の子が出てきますが、
私がまさにそれ!!
ブッチャー!と呼ばれておりました
「半分青い」は主人公が昭和46年7月7日生まれの
女の子と男の子のお話でした。
私は、まさにその時代にいきた少女時代。
少女なのに「ブッチャー」と呼ばれていました。
当然、そのプロレスラーの事は知っていました。
父がプロレスが大好きでしたから。
悪役の外国人レスラー
この方がブッチャーさん。
先の尖ったレスリングシューズを履いていて。
噛みついたりして。
いつも流血の仕合をするんです。
体系でブッチャーと呼ばれたのかもしれませんが、
今思えば
男子から見たら厄介な悪役だったんでしょうね![]()
でも、不思議なのは。
ブッチャーと呼ばれても私は普通に返事をしていました。
「ぶっちゃー。」
「なに~。」
こんな風に。
でも時には男子を追い回して、やっつけたりもしました。
その姿を担任の先生は母にこんな風に報告したそうです。
「仁美は大人ですね。男の子がブッチャーと馬鹿にしてもうまい具合に付き合ってますよ。
時に怒ったり。時に追い回したりして楽しんでいます。
また、普通の返事したり。
男の子より、1枚も2枚も上手です。
」
この先生は高学年の時の先生。年配で(おじさん)子供がいない先生でした。
私たちの前には聾学校で障害をもつ子供達と一緒に時を過ごし
私たちがいかに恵まれているかを教えてくれた先生でした。
この先生のおかげで、私は救われました。
もちろん。忘れ物を取りに帰る生活も終わりました。
両角先生。
沢山のギフトをくれた先生です。
次回はこの両角先生からのギフトのお話。
楽しみにしていてくださいね。
本日も最後まで読んでくださってありがとうございました。
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