大雨が降り続く博多の夜の街。

22時頃 少し小降りになって 視界がとても良くなり ホッとため息の空車時の出来事。

前を走っていた別の会社のタクシーが 急停車した。
(何事か起こったのか?)

すぐに 後部座席から 男二人が 飛び降りるように 路上へ転がりこんだ。

間髪入れずにドラマは進行していく。

そのうちの一人の口から垂直に見事なアーチ状のゲロ。

立て続けに3連発 滞空時間の長い放物線が 夜の博多の街に 虹を描く。
(こんなに見事なゲロ 滅多にお目にかける事はないぞ!)

俺の生涯でも二度目の目撃である。

何も無かったように そのタクシーの横を追い抜き 一度目の記憶を 呼び覚ましてみる。

17歳の時だったのかな。上通りの中華料理店での洗い場のバイト先から帰宅したら溜まり場である俺の部屋では4,5人の仲間たちが宴会の途中だった。
いつものように その群れに溶けていき 注がれたコップの中身を 空っぽの胃袋へと流し込む儀式を終えて 煙草に火をつけたら やっと夜が始まる。

まだ 当時は高校在学中の身であったのだが 学校という存在に興味を無くしていた。

くしゃくしゃの笑顔だけしかない その空間と流れる時間だけが 当時の俺の全ての縮図だったような気がする。

その日は 仲間のみんな 金が無かったみたいで テーブルの上のアルコールは700円のジンが二本と金額は忘れたけど トリスという酒を呑んだくれてたみたいで (嫌な予感がするぞ…)とは 思ったのだが そんなものは二杯も呑んじまえば 消え去ってしまう。

そろそろ お開きにしよう。眠くなってきた。

そんな時間帯の出来事だったと思う。何しろ その映像だけが 猛烈な印象で心の中に住み着いているので 他の記憶は曖昧になってしまっている。

急に青ざめた表情に変わったエフという仲間が 窓を開け 今先程 目撃した客の如く 裏庭へと転がりこんだ。みんなで ヤツの方向を 睨み付ける。
(何してんだよ)

やはり 間髪入れずに ヤツの横顔から垂直に 虹のような放物線が 夏の始まりを告げた。

止まった時間を戻すのに小細工は要らない。
誰かが 笑い出し つられて全員大笑い。

その瞬間から ゲロという名に変わっちまった 当のヤツも 一緒に笑っている。


祭りの終わった博多の街の表情は 今日はどうなんだろう?

窓の外では 真っ青の夏空が俺に手招きをしている。

俺の好きな季節が 今 幕を開けた。
3日前に 母方の祖父が他界した。
仕事のローテーションの谷間であったため 阿蘇の祖父のお通夜に 母と二人で 向かった。

30年ぶりの 親族たちは 暖かく向かえ入れてくれて 内心 ほっとした気持ちで 式に参加する事ができた。

30年程前 俺が小学生の六年生の春休みに 父親が経営していた事業が破綻して 今 目の前にいる優しい親族たちは代償として数千万円の負債を被った訳なのである。

ただ 幼い頃に可愛いがってもらった祖父に別れだけを告げて 次に進みたいという感情だけで福岡から向かっただけなんだ。
だから 色んな仕打ちもあるだろうと 仕事明けの 歪んだ思考でハンドルを操作して到着したけれど 本当にありがたかった。

そういえば 最近 人間関係によることで 感謝する事しきり。
昨年 手術の後遺症が原因で辞めた会社の社長と久しぶりに接点を共有しる機会があったのだが 優しい言葉を頂き 嬉しい思いをしたのが 通夜当日の昼下がりであった。ラジオから 鶴屋のコマーシャルソングが流れていたので 14時5分頃だと思う。

さて 当の祖父であるが 102年の人生を ただ真っ直ぐに 生き抜いた
優しい男であり 小さいながらの記憶にも 誇れる人間として残っている。棺から覗かせた死に顔は とても安らかで唇の両端が上を向いていて まるで 鏡に映った自身の顔を見ているようだった。

日も暮れかけて 19時からの式は始まった。

その時にやっと式場に涙も 悲しい雰囲気も一切無いって事に気付くに至った。
誰人もが羨む 人生の終演の儀式なのである。葬儀というよりも お別れ会のような カラッとした感じだ。(サヨナラ)というよりも(ありがとう)が似合う。

やがて 儀式は坊主のお経へと変わり 俺は 坊主の肩越しに見える今年初めてまる入道雲に心の全てをうばわれる。竹林が風に撃たれて忙しそうに全身をくねらせている。
(もうすぐ 夏がやってくる。)

坊主のBGMがサビの部分に差し掛かった時 ハッとするようなタイミングで一年ぶりに熊蝉の鳴き声が聞こえてきた。


翌日の勤務中のラジオ放送から 熊本の大雨の情報を仕入れる。

俺の爺さんの為に そこまで泣いてくれるな。

俺は先ほどから降りだした強い雨に 間違いなく 忙しそうな予感を引き連れて 正午から博多の街へと 出発する。

山笠の山は 今日動くのかな?

皆さん 大雨の運転 気をつけてくださいね。
タクシー乗務員として機能して 一月が経過した。眠気マナコで購入した煙草も結局7本残したままで 今朝の終業を迎えた。あの日以来 吸う機会が無いままだが 捨てきらずに ポケットにライターと一緒に突っ込んだまま。

コーヒーも 身体が受け付けないし あとは マインドコントロールで 精神状態を 維持している。

意外と簡単に 気付くことができた。
あと 20年もしたら 永遠に眠れると 思ったら睡魔どころか 10分の仮眠さえも惜しくなった。ジャスト!

コーヒーも煙草も必要なくなった。

ただし 思考が 麻痺するほど 今は 極限まで 自分を試している。


結果は 幸福論を 完成させるほどの充実感を得ている。これこそが 俺の求めていたものに似ている。
たくさんの 残したい言葉があるけど 今は無理だ。

だから 今から眠って 家族のみんなが 集まったら 声に出して伝えてみよう。