DEDEMOUSEは読んでも楽しい世界です☆こんな記憶 子どもの頃なかったですか?わたしにもありました。
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昔の日記から
作成: デデ マウス 日時: 2012年3月9日 23:47 ·
たまたま昔の日記を読んでいたら興味深い記述があり、もう7年程前のものなので今の自分が忘れてしまっている子供の頃の記憶等が克明に記されており虚をつかれた。
その中の一つがよく出来ていたので転載する。
読んでいるとこれを書いた頃から何も変わっていないんだとなんだか安堵する反面成長していない自分の価値観に苦笑いが出た。

若干差別的な言い回しがあり気になるがそのまま掲載する。
自分が生まれ育った地域も含め男ならこういう出来事は経験ある人は多いはずだ。
マサヨシという名前についてはうろ覚えで書いていたことだけは鮮明に覚えていた。


「海のコウモリ」という小学校高学年向け(とあった)の本を知っていますか?夏休み前に読書感想文のために学校で配られるカタログの中から強制的にどれかを買わなければいけない、その中にありました。話の内容はまるで霧の中で、断片的な「挿し絵」「いじめ」「アホのおっさん」「地獄の絵」「半殺しという言葉」「戦時中」というくらいしか覚えてません。アホのおっさんってそういえばいたなと思い出した。

今考えるとベロベロに酔っぱらったただのじいさんだったのかも知れないけど、当時は小学校に来る「頭の悪いおっさん」をみんなで「マサヨシ」って呼び捨てにしてアホ呼ばわりしていた。「マサヨシ今何時だよ?」「あ~(腕時計を見る仕草)」「おまえ時計ないじゃないかよ(笑)!」という同級生のタジマッちゃんとまさよしの会話をいまだに覚えている。ぼくもマサヨシと呼び捨てにしてちょっとした優越感を味わっていたが、内心いつ切れて襲いかかってくるか分からない恐怖があった。マサヨシとの会話はちょっとした度胸試しだったのかもしれない。子供なので一日の出来事は大抵母親に話してマサヨシのことも話した。母親は「大人に向かってそんな口の聞き方をするんじゃない!」といいひどく怒られた。しかし、マサヨシをみんなでかこんで罵声を飛ばし続けていた。一人下校中、空き缶を拾ってほじくっているマサヨシをみたときに、罵声を飛ばしたことへの罪悪感と、なぜか哀愁を感じて愛おしくなった。しかしそんなことを思った自分が怖くなり、「マサヨシのアホー!」と叫び夢中で走り去った。マサヨシも怒って叫んではいたが追ってはこなかった。無性に憂鬱になりうつむきながら家路に急いだ。

「海のコウモリ」を読んだときにマサヨシのことを思い出し、マサヨシを汚いものを見る様な目で見て、罵倒したことへの見返りが来るのではないかと胸がざわざわして、忘れたくなり外に遊びに行くが見る景色はいつもと違い淀んでいた。



結局これを書いた後に海のコウモリを読むことも無く今に至ってしまったので時間がある時にタイル張りの路地の先にある図書館にでも足を伸ばしてみよう。


2011 9月のイベント ぼくらの文学の出演を控え 掲載されたインタビュー の一部 です 月間 山形 ZERO ☆23
JUL 2011号より
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ー震災後の音楽に対するスタンスは変化しましたか?

D:正直なことを言えば、震災前も後も自分の作る音楽に変化はありません。
震災があったから、急遽曲を作ってアップするミュージシャンの方もたくさんいらっしゃいましたが、僕の考えは違いました。もちろん、そこには『元気になってほしい』という想いもあるんだろうけど、どこに向いて発信しているのか分かりにくかった。僕は、時間をかけて作った音楽をお金に換えて
、見える形にして被災地の方に寄付するという方法をとりたいと考えました。自分のため、そして自分の音楽を聴きたい人のために作るという気持ちで活動は続けています。そういう純粋な気持ちが一番強いと思いますし。
なんでもそうなんだけど、理由づけをしてしまった時点でダメになってしまうと考えています。音楽を仕事にしている僕ができることは、普段どおりの活動をしていくなかで、被災地に還元できるものをしていくということ。
ただそれは自分個人のスタンスであって、他のミュージシャンの活動を否定しいるわけではありません。友人でありミュージシャンの七尾旅人くんのことは尊敬しています。実際に被災地に出向いて曲を作り、路上で歌ったりもしている。本当に素晴らしいことだと思います。

DEDEMOUSEってどうやって曲をカタチにしていくんだろう… 過去に掲載された Steinberg Stories インタビューより
DEDEMOUSEの頭の中を覗いてみよう☆*:.。.

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『曲作りの叩き台となる設計図』

僕の場合は常に、頭の中に楽曲の設計図がいくつもあるんですよ。下敷きとなるブレイクはこのサンプルにして、大体このくらいのBPMで、後半から被さってくるメロディはこんな感じで…
…とか、そういう設計図。

そういう設計図が順番待ちのような形で、頭の中にたくさんあるんです。
そのストックの中から今日はこれを作ろうと選らんでから作業を始めて、それが完成したから次はこの設計図でいこうとか、そういう感じですね。
僕の場合、頭の中になんのアイディアも無い状態で、漠然とコンピュータに向かうということはまずないんですよ。
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設計図があると作業が早いですよ。だからみんなには、曲作りをするなら明確なビジョンを持ってから始めたほうがいいよと言いたいですね。そのほうが作業が早いだけでなく、絶対に良いものができる。もちろん明確なビジョンがあったからと言って、それがそのまま形になるとは限らないんですけど。曲作りを進めていくうちに、最初のイメージとはどんどんかけ離れてしまったり、あるいはイメージどおりのものができたとしても、大して良くなかったりということもある。しかしそれでもいいと思うんですよ。イメージがあった方が曲作りは絶対に楽しいですから。僕の経験上、何のイメージもないままに曲作りを始めても、大抵は良い結果にならなくてストレスが溜まるだけです(笑)
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僕個人のことを言えば、ここ何年かで頭の中のイメージをそのまま具現化できるだけのスキルが身に付いたような気がします。それに加えて、最近は曲作りに対するプレッシャーや気負いからも解放された気もする。以前は良い曲を作らなきゃ、良い曲ができなかったらどうしようというプレッシャーと常に闘っていた気がするんですけど、2nd アルバム(『sunset girls』)を作る時に、開き直っちゃったのが良かったのかもしれないですね。みんなが、民族音楽のサンプルを使ったエレクトロニック・ミュージックのことを DE DE MOUSEだと思っているんだったら、素直にそれをやればいいんじゃないかって(笑)。そう思ったら気がラクになって、結果として良い曲ができた。今回のアルバムもそういうスタンスで制作したので、とても楽しかったですし、良い作品ができたと満足しています。