生まれし日、聖なる母の愛に誓う | 夢の終わりに・・・

夢の終わりに・・・

哀しいほどの切なさとときめきを


東京の景色もすっかり秋色に色づいた頃、今年の六月の株主総会で承認を受け、大都株式会社代表取締役社長兼大都グループ総帥に就任した速水真澄はひとり、都内某所にある藤村家の菩提寺を訪れていた。
昨日までの秋晴れとは異なり、今日は朝から雨が降り、午後になって上がったものの、今にもまた泣き出しそうな空模様は、まるで自分の心の澱を映しているように思えた。

「お母さん、今日はご報告に来ました。
あなたが敬愛したお義父さんの跡を継ぎ、大都の総帥になりましたよ。
・・・これであなたの夢は叶いましたか?」

顧みられることのない愛情を一心に義父に注いだあなたの気持ちがあの頃の僕には理解できなかった。
義父の紅天女と月影千草への執着も理解できなかった。
だから僕はあなたに背を向けた・・・そしてあなたを見殺しにしたに等しい義父を恨んだ。
復讐だけが僕の人生に残された唯一の目的だった。
そんな僕をあなたはどんな気持ちでそちら(天国)で見ていたのでしょう。
まるで生き地獄のような日々でした。
殺伐とした世界で全ての感情を押し殺し、財界でのし上がることだけを考えていた。
義父から義父の一番大切なものを奪うために。
そんな僕の目の前に一筋の蜘蛛の糸が現れた。
それが北島マヤでした。
あの日から僕の人生は変わった。
いや、僕自身が変わったのでしょう。
生きる事の意味と悦びを初めて知った。
そうしてようやく、あなたや義父の事が少しだけ分かった気がします。
見返りを求めずに無償の愛を捧げたあなたの気持ちと狂おしいまでに愛しいものを求める義父の気持ち。
僕はそのふたつを同時に知りました・・・マヤを愛したことで。
そして僕は、愚かにも幾つもの選択を誤った。
その結果、僕はマヤの母親を死に追いやり、紫織さんを傷つけ、マヤをも傷つけ、追い詰めた。
そんな僕がマヤとの未来を手に入れるのは許されない事なのかもしれない。
お母さんのように何も望まず、ただ陰からマヤを見守るべきだったのでしょう。
けれど、それはどうしてもできませんでした。
マヤはいつしか僕の魂の一部になっていて、彼女もまた、僕の事を魂の片割れと言ってくれた。
僕の中にも義父と同じ程の、いやそれ以上の執着と独占欲が生まれてしまった。
もしも今、あなたが生きていたら、こんな僕に何て言うのでしょう?
そして、今更ながらに思うのです。
僕はあなたにとって孝行息子でいられたのだろうかと・・・。

どれだけ心の中で語りかけても、応えはありはしない。
「もう・・・あなたの声を聞く事はできないのですね。」
「・・・速水さん。」
墓石を見つめて立ち尽くしていた真澄の背中を、優しいマヤの声が包んだ。
はっと振り向いた真澄は、マヤの姿に一瞬母の面影を見た。
決して似ているわけではない筈なのに不思議だ。
マヤは穏やかに微笑んで真澄の隣まで歩み寄ると、胸に抱いている淡い紫色のトルコキキョウの花束を墓前に捧げ、合掌する。
「お義母さん、初めまして。北島マヤです。
私はお芝居しか脳の無い不束者ですが、速水さんのお嫁さんになる事をお許しください。
そして御礼を言わせて下さい。
速水さ・・・いえ、真澄さんを産んで下さって、そして私と巡り合わせて下さって、本当にありがとうございました。」
「・・・マヤ・・・」
真澄はマヤの静謐な佇まいの横顔を見つめていると、マヤが真澄に振り向き、二人の視線が重なる。
そして同時に再度墓石に向かい、今度は二人で静かに手を合わせる。
〜マヤと、幸せになります〜
〜どうかこれからも真澄さんをお見守り下さい〜
その時、まるで二人の思いが天の母に届いたのか、雨雲の合間から一条の淡い日の光が降り注ぐ。
「言葉は聞こえなくても、お義母様が速水さんに思いを届けて下さったみたい。」
マヤが空を見上げて、瞳を潤ませた。
「君は、、、君がそばにいてくれるだけで、僕を救ってくれる・・・。」
真澄はそっとマヤに手を差し伸べて、彼女の手を引き、菩提寺を晴れやかな気持ちで後にした。

「速水さん、お誕生日おめでとうございます。
・・・生まれてきてくれて、本当にありがとう。」
二人で真澄のマンションに帰ると、部屋のダイニングには小さなバースデーケーキとキャンドルが準備してあった。
今日だけは、マヤから真澄に紫の薔薇のブーケが手渡される。
「ありがとう・・・マヤ。」
これまでマヤにも話せなかった、胸の中を打ち明ける。
これからマヤと二人で歩いていくために、古き頸城と訣別したかったこと。
己の誕生日に母の前でもう一度新たに生まれ変わって、真っ新な気持ちでマヤと向き合っていきたいと思ったと、言葉にして伝えた。
マヤは何も言わなくてもわかってると言わんばかりに、穏やかな微笑を湛えていた。

「マヤ・・・ずっと・・・一緒に歩いていこう・・・この手を離さずに。」
マヤは真澄の願いに応えるように、己の手を握る真澄の手の甲にそっと唇を押し当てた・・・。

Fin.