進歩のない男〜くる年編〜 | 夢の終わりに・・・

夢の終わりに・・・

哀しいほどの切なさとときめきを


NHKホールの地下駐車場。
大都芸能のオフィスから許可証を持って来させ、関係者しか入れない警備厳重なゲートを無事潜り抜ける。
真澄が到着した頃には年も明け、続々と出演者達が通用口から出てきて、各事務所が用意している車に乗り込む。
紅白常連の大物歌手は、ロールスロイスやリムジンなどを手配して、こんな所でも競い合っている。
大物達がひと通り出てきた後に、若手の歌手達が出てくる。
そんな中に紛れてマヤも出てきた。
桜小路がナイトよろしくマヤをエスコートしながら出てきたが、そんな桜小路を無視して、あるアイドルグループのひとりが、マヤに声をかけて握手を求めできた。
マヤは笑って握手に応え、更に一緒にスマホで写真に収まっていた。
「マヤ、、、」
そこにノーブルなテノールが響く。
「速水さん?」
マヤがその声の主の名を呼ぶと、そこにいた人々が一斉に真澄に視線を向けた。
「あれって大都の、、、」
「今はもう大都芸能の社長ではなくて、大都(ほんまる)のトップなんじゃ、、、」
「そんなお偉いさんが何故タレントの迎えになんか来てるんだ、、、」
そこかしこで、真澄の来訪を不思議がっている中、真澄は泰然とマヤに近づき、手を差し伸べる。
「お疲れ様、マヤ。行こうか。」
「あの、速水さん、、、」
側にいた桜小路が真澄に声をかけると、真澄はこれ以上ないビジネスモードの微笑で、
「桜小路君もお疲れさまでした。
君も早く帰って休んでくれたまえ。さあ、浅岡君。」
と、桜小路のマネージャーに目配せして桜小路を車に乗せた。
そんなやりとりを一番間近で見ていたマヤのマネージャーの藤堂は、込み上げる笑を堪えるのに必死だった。
何故今ここに真澄が迎えにきているのか、理由は明白だ。
人目憚らずに桜小路からマヤを奪還して、してやったり顔の真澄が可笑しくてならない。
「藤堂君もご苦労だったね。
マヤは僕が送って行くから、君も引き上げてくれていいよ。」
聡い藤堂はこちらもそつのない営業スマイルで、マヤの荷物を真澄に預けて、二人がマセラッティに乗り込むまで見守った。
そして二人が立ち去ったあと、ある同業者から声をかけられた。
「大都さんの北島さん推しは凄いんですね。
速水CEO自らがわざわざお迎えに来られるなんて、、、」
「そうですね、北島はもはや大都の至宝ですわ。
彼女の一挙手一投足が大都の株価を左右するといってもいいくらいの、ほほほ〜。」
本音とも冗談ともつかない言葉で、藤堂は笑ってやり過ごす。
おそらく今日の真澄の様子では、カミングアウトも時間の問題だろう。
紅白の司会をやり終えて、疲労困憊のマヤだったが、気の毒だが今夜は大変だろうなと藤堂はため息を吐きながら自分も帰路に着いた。

一方、マヤは突然現れた真澄に驚きつつも、大役を無事果たし、真澄の顔を見て緊張が解けて、特に真澄に何も尋ねることはなかった。
「マヤ、よく頑張ったね、凄く良かったよ。」
「ありがとうございます。
速水さんに褒めてもらえるなんて、嬉しいです。」
「今夜は、ウチに来なさい。
お腹も空いているだろう?
朝倉に軽食を用意してもらってあるから。」
ここにきてようやく、マヤが真澄の様子が少しおかしいことに気づいた。
優しいのにちょっと強引で、余裕がない感じがする。
「速水さん、私、今日なんか失敗しちゃいました?」
不安げに真澄を見る。
「君はよくやったよ、何も悪くない。
でも、俺はちょっと面白くない、、、」
やっぱりなんかやらかしたのだと、マヤはあれやこれや考えた。
だが、やはり心当たりがなくて困った。
「・・・桜小路・・・」
まるで答えのヒントを出すかのように呟かれた一言で、マヤは真澄の不満の原因に行き着く。
「あ、あれは・・・」
「わかってるよ、わかってる。
でもやっぱり面白くない、、、、あんな国民的番組で、、、なんで俺以外の男がマヤを抱きしめてるんだって思ったら、、、居ても立っても居られなくなってしまった。」
幸い運転中で、真澄は前を向いたままでいられるか、素直に気持ちを吐露できた。
「だからあんな派手な登場の仕方を、、、」
マヤはつい先程の真澄の登場シーンを思い出した。
「でも、あんなことしたら、バレちゃいますよ、、、」
マヤはそちらの方が心配だった。
真澄の立場を考えたら笑い事では済まされない。
「もういいよ、もう何も隠す事なんてないじゃないか。
鷹宮の後始末もついたんだ、、、もう何も遠慮する事はない。」
やがて二人を乗せた車は速水邸に到着した。
エンジンを切って、ようやく真澄がマヤと対面して言った。
「もうこれ以上俺はマヤのことで我慢するのは嫌だ・・・マヤはこの速水真澄のものだって、世界中に言ってやりたい。」
「速水さん・・・」
車から降りる時間さえ惜しいと、真澄は助手席のマヤに顔を近づけて唇を重ねた。
息も吐かせてもらえない程の長くて深いキスにマヤは必死に応えた。

結局、正月の三ヶ日の間、マヤは真澄と共に過ごすこととなった。
とにかく真澄がマヤを片時も離そうとしないのだ。
初詣に出掛ける時も真澄は人混みではぐれてしまわないようにと、ずっと手を繋いでいた。
デパートでも然り。
ついには邸の中でも、食事や入浴の時などをのぞいて、真澄はマヤと部屋に篭りきりになった。
「全く、マヤさんも気の毒なことだ、、、疲れておるだろうに。」
英介は苦笑いしながら真澄のプライベートの領域である離れの方向を見遣った。
「お二人ともお若いですから大丈夫でございますよ、御前。」
とは言いながら、朝倉もマヤの体力を気遣い、食事は栄養のあるものを準備しなければと密かに思っていた。

そんな義父達の心配をよそに、真澄はマヤを胸に抱き、幸せな初夢をみる。

ある晴れた日の明治神宮の神殿
静謐の杜に響く祝詞
荘厳な神楽の舞
白無垢のマヤと交わす三三九度

そして、これが正夢になる日も遠くはない・・・