進歩のない男〜ゆく年編〜 | 夢の終わりに・・・

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哀しいほどの切なさとときめきを


年の瀬も迫りに迫った大晦日の夜。
速水邸の家令である朝倉は年越しそばの後片付けを終えて、主人にお茶を運んできた。
そこには珍しい光景が繰り広げられていた。
長年この邸に仕えてきた朝倉でも一度も目にした事がない景色と言っても過言ではない。
広いリビングのソファに二人仲良く並んで70インチの特大テレビを見つめる二人。
大都グループ会長である速水英介とその息子、大都グループ最高経営責任者(CEO)である速水真澄その人たちだ。
そしてその二人が真剣に見ているのは、ビジネス系報道番組でもなければゴルフ中継でもない。
大晦日の夜といえば紅白歌合戦である。
朝倉がリビングに着いた時にちょうど放送が始まったところだった。
「おお、マヤさん、振袖がよう似合うとるわ。
儂が選んだやつで間違いなかったわ。」
満足げに顎を手で撫でながらニヤリと笑う英介に、全く視線は寄越さないまま、
「そもそも幾つか誂えたデザインから候補を絞ったのは俺です。
貴方はそこから選んだ“だけ”ではないですか。」
としれっと切って捨てる。
要はあの着物をマヤの為に誂えたのは誰でもない自分だと主張する真澄であった。
「ふん!マヤさんの事となると、相変わらず言うことが小さいのぅ、お前は。」
有機ELの最新モデルのテレビに、マヤの艶やかな晴れ着姿がアップで映ると、二人が同時に一瞬息を呑んで、その後ため息を吐く。
どちらもが気づいてはいないだろうが、そのタイミングたるや、たとえ血縁が無かろうともさすが親子と、朝倉はほくそ笑んだ。
「御前、真澄様お茶が入りました。」
適当な頃合いを見計らって、二人の前にお茶を出す。
「朝倉、どうだ?
マヤさんなかなか堂に入っておるだろう?」
まるで実の娘を自慢するような英介に朝倉はにこやかに応える。
「ええ、まるで緊張など感じさせない、堂々たる御姿です。
御召し物も振舞いも何もかもが完璧。
未来の大都総帥夫人として申し分ございませんね。」
「そうじゃ、そうじゃ。
なんと言ってもマヤさんはあの月影千草の唯一の後継者じゃ。
紅天女を娘に持てる男は世界中を探しても儂だけじゃ。
ハッハッハァ!」
朝倉としては決してお世辞ではないだろうが、些か褒めすぎというか、英介に対し持ち上げ過ぎては?と、若干冷めた視線を二人に投げる真澄であった。
「マヤは俺の許嫁ですよ。
第一、お義父さん、貴方は当初は鷹宮さんとの縁談をゴリ押ししていたではないですかっ。
お陰でどれだけ俺とマヤが苦しんで遠回りしたか、、、」
「ふんっ、お前の臆病さと決断力の無さが招いた結果じゃろ。
なぁ、朝倉。」
こんなところで犬も食わない親子の痴話喧嘩に巻き込まないでいただきたい・・・とも言えず、朝倉は冷や汗をかく。
「いえ、決して真澄様のせいではないかと、、、それもこれも運命といいますか、雨降って地固まるとの諺にもある通り、どれも必然だったのでしょう。」
家令も楽な仕事ではない。
朝倉はこれ以上のとばっちりを回避するため、さっさと奥に引き上げることにした。

4時間以上におよぶ紅白歌合戦もいよいよ大詰め。
今年の大トリは紅組が務めるようだ。
マヤがちょっと緊張した面持ちで曲紹介をする。
静かな会場にマヤの凛とした声が響いた。
一瞬、脳裏に紅天女の舞台が蘇る。
そして、全ての演目が終了し、決戦の時を迎えた。
マヤが緊張の面持ちで結果を待っている。
天命を尽くして人事を待つといった感じだ。
真澄の意識からはすっかり抜け落ちているが、相手の白組の司会をやっているのは紅天女のマヤの相手役である桜小路である。
紅天女コンビが揃って紅白の司会を務めるという快挙に大都芸能は大いに盛り上がった。
そして雌雄を決する瞬間。
一瞬会場全体が呆然とした静寂に包まれた。
「同点・・・なんということでしょう、紅白史上初の同点!
紅組、白組とも優勝です。」
総合司会のアナウンサーが静寂を破ると、会場に大きな歓声な沸き起こった。
そして、事件は起きた・・・。
桜小路がマヤのところに駆け寄って、あろうことか彼女を思い切り抱きしめたのである。
二人でぴょんぴょん飛び跳ねて、喜びを分かち合っている。
出演者全員が二人の司会者に大きな拍手を贈る。
そして二人で仲良く優勝旗を受け取り、仲良く並んで蛍の光を歌う。
大盛り上がりの中紅白が終わり、恒例の除夜の鐘の音でゆく年くる年が始まった時、英介は隣の息子の様子を見て呆れた。
息子の右手には割れたグラス・・・中身は空だったようだ。
「おい、真澄・・・」
英介の声にようやく我に返った真澄は己の手の様子に驚く。
そこに朝倉がやってきて、慌てて真澄の手からグラスを取り上げて、破片を拾い集めた。
幸い手に大きな怪我はなかった。
一箇所破片が刺さった所には、絆創膏を貼ってやる。
「お前は相変わらず進歩がないやつだな、、、
だから早く婚約発表披露をやれと言っておるのだ。」
そんな義父の言葉などまるで聞こえていないのか、真澄は先を立ったかと思えば、そのまま家を飛び出て行った。
そしてマセラッティのエンジンが唸りを上げて、やがてエンジン音が遠ざかっていった。
「真澄様、、、物凄い勢いで出ていかれましたが。」
朝倉が心配そうに英介に声をかける。
「大方、マヤさんを迎えに行ったのだろう。
全く、あいつときたらマヤさんのこととなると、どうにも子供っぽくてかなわん。」
「ですが、真澄様にもようやく心から添い遂げたいと思える方が現れたのですから、、、御前もお幸せそうでございますよ。」
「まあ・・・な。」

こうして、テレビてはこの年最後の除夜の鐘が鳴り響いた。

新年に続く...