祇園さん・・・地元の人々は八坂神社を親しみを込めてそう呼ぶ。
真澄とマヤは、その八坂さんの石段を登り、赤い山門をくぐって、本殿に向かう。
祇園祭の真っ只中だけあり、人は多い。
真澄は人混みの中、常にマヤを庇いながら進んでゆく。
本殿の前で二人並んで、お詣りをする。
~真澄さんが幸せでいられますように~
~マヤを幸せにできますように~
互いの想いは伝わっていた。
いつだって二人は、自分のことより相手のことを思っている。
その愛の深さ故にすれ違って遠回りをしてきた。
それでもやはり、自分よりも相手が大切なのだ。
真澄は再びマヤの手を引いて、人々の間を縫うように、脇の門から社を後にした。
そしてしばらくすると今夜の宿である「ぎをん河端」の前に着く。
「わぁ~、素敵ね。」
マヤがうっとりと呟く。
宿の外観と着物姿のマヤがとてもよく合っていて、真澄はマヤに見惚れた。
淡い若草色の絽の付下げの肩口と袂と裾には桔梗や夏の小花の花筏が描かれている。
帯には、白地に祇園会の山鉾がデザインしてある。
「マヤ・・・その着物、よく似合っているよ。
さあ、中に入ろうか。」
打ち水のしてある石段を上がっていく。
宿に入り、名乗ると女将自ら部屋に案内をしてくれた。
必要な二人の荷物はすでに部屋に届けられていた。
「今夜は宵々山にお出掛けになられると思いますので、お食事は早めにご用意させていただきますね。
まずはお風呂にでも入られて、ごゆっくりなされて下さいませ。」
黒檀の座卓に女将がお茶を用意してくれた。
「それから絡趣乃会の高柳理事からお届けものが届いております。
今夜は、お二人で此方をお召しになって、宵々山にお出掛け下さいとの御伝言がありました。
お食事が終わり、ご都合が良くなりましたらお声掛け下さい。
係の者が着付させていただきますよって。」
漆塗りの衣装箱に収められた、浴衣がふた揃え差し出された。
一方は真澄のための茄子紺に縦縞の絽の浴衣に淡い茶の博多織の角帯。
もう一方はマヤの浴衣で、白地に淡い藤色の絞りの花柄だった。
帯は浴衣の差し色に合わせた淡い黄色と浅葱色の博多帯だった。
食事は、夏が旬の鱧や丸茄子などの京野菜を使った懐石で、勧められた地元の蔵の日本酒とも良く合った。
風呂上がりに髪を上げ、露わになったマヤの頸がお酒でほんのりの色づいている。
真澄はそれを眩しそうに見つめた。
「真澄さん・・・あんまり見つめないで・・・恥ずかしいから。」
マヤは初々しくも俯きがちになって、留めの小鉢に箸をのばす。
「・・・目が離せないんだ。
マヤが可愛い過ぎて・・・君がイケナイんだ。」
真澄は悪戯っぽい貌で、磨りガラスのぐい呑で冷酒を嗜みながら、マヤに視線を流す。
艶っぽい空気が二人の間に流れる。
食事の後も軽く呑んでいる真澄の脇にマヤも座って、酌をする。
時折真澄がマヤの口許に唇を寄せて、口移しで酒を飲ませようとする。
「そんなに呑んだら、酔っちゃうよ。」
「こんなマヤを外に連れ出して、人目に晒すのは嫌だな。
・・・誰にも見せたくないな・・・。」
真澄がマヤを抱き寄せて、頬を摺り寄せる。
「祭りから帰ったら・・・いいだろう?
・・・最近、マヤを愛せなくて、苦しかったんだ・・・。」
マヤの耳元で思い切り甘えた声を出す真澄。
もう今すぐにでもマヤを押し倒してしまいたい男の欲求をなんとか抑え込む。
マヤが真澄の唇に指先を這わすと、真澄の唇が綻んで、熱い吐息を漏らした。
心なしか瞳も潤んでいる。
「もう、これ以上呑んじゃダメよ。
もう直ぐ人が来るわ・・・。」
「いつの間に、こんな小悪魔になったんだ・・・。」
徒らに自分を翻弄するマヤに、真澄はますます溺れそうになる・・・。
下駄の音も軽やかに、二人は街に繰り出した。
京の粋人達が選んでくれた上品な浴衣を纏った二人は、流石に一般人の中に入ると人目を引いた。
マヤに気付く人もいたが、真澄との親密な雰囲気に誰もが声をかけるのを躊躇った。
二人とも宮元賣扇庵の主人からプレゼントされた小扇子を扇ぎながら、新町通六角下ルにある北観音山まで出掛ける。
夜空に幾つもの灯りのついた提灯が鮮やかに浮かび上がる。
「山車が綺麗だな・・・」
「うん・・・」
「どうした?」
「まだ、夢の中にいるみたいで・・・・。
真澄さんとこんな風に過ごせるなんて。」
マヤの瞳には涙が浮かんでいた。
「俺も同じ気持ちだよ。
水城君や聖、御贔屓筋に感謝しなきゃな。」
「はい・・・」
しっとりとした雰囲気の中、二人は宵々山を堪能する。
ゆっくりと街を回り、宿に戻ってきたのは22時過ぎだった。
「一緒に汗を流そう・・・」
部屋に戻るとそのまま、マヤは真澄に手を引かれて湯殿までゆく。
真澄はもう堪え切れないとばかりにマヤを抱き寄せて、激しい口づけをかわす。
マヤは真澄のなすがままに任せて瞳を閉じた。
余裕のない真澄を見ていると、どれだけ愛されているか、感じることができる。
自分にも余裕なんてない。
もっともっと真澄に愛して欲しいと思う。
真澄の手がマヤの衿もとに忍び、マヤを守る衣を掻き開いてゆく。
裾を割り、柔らかな太腿に触れ、何度も真澄の掌がマヤの肌の上を彷徨う。
露わになった肩に唇を寄せて、そのまま跪き、マヤの内腿に激しく唇を這わせた。
真澄の緩やかにウェーブのかかった髪が乱れる様をマヤは見下ろしていた。
真澄の腕がマヤの背中に回り、帯を解く。
最後の腰紐が解かれた瞬間に、襦袢とともに浴衣が床に舞う。
そして生まれたままの姿の天女が現れた。
真澄はマヤに釘付けになったまま息を飲んだ・・・
部屋付きの湯殿は決して広くはないが、檜の浴槽に湯が溢れ、マヤを膝に抱いて入るには十分の大きさだった。
壁の一部がガラス張りで、苔生した坪庭の石灯籠を眺めながら、ゆったりと湯に浸かる。
年甲斐もなく早急にマヤを求めてしまい、マヤには済まないと思いつつ、どうしても欲情が抑えられなかった。
「無理をさせてすまない・・・。
大丈夫か、マヤ・・・。」
マヤの耳朶を甘噛みしながら、内から溢れ出る彼女の婀娜な姿に、また惑わされそうになっている。
「・・・こんなに美しくなって、どうするつもりなんだ・・・。
俺を惑わすだけじゃ足りないのか?」
あまりに愛しすぎて、真澄の中で、独占欲という歪んだ思いが大きくなる。
「・・・真澄さんしか愛せないのに・・・どうしてそんな意地悪を言うの?」
マヤは、自分の身体を拘束する真澄の腕に腕を重ねた。
すっぽりと真澄の身体に背中から覆われて、もうこれ以上、真澄とくっつきようがないくらいに重なりあっている。
「二十四歳で君に出逢って、俺は気づきもしないままに君を見染めて愛し続けてきた。
あれから十一年・・・君しか目に入らなかった・・・。」
長い年月の思いの丈が真澄の身体に再び火を点けた。
真澄は何度もマヤの身体を貪るように抱いた。
抱いても抱いても抱き足りない。
この飢餓感は尽きることなく、まるで自分は餓鬼のようだと思った。
遂には気をやり過ぎて意識が飛んでしまったマヤを抱き上げて、寝間着用の浴衣に包んで、部屋に戻った。
奥の部屋が和風モダンなベッドルームになっている。
真澄はそこにマヤを横たえた。
ごめんなマヤ・・・
ずっとそばにいる・・・
ゆっくりおやすみ・・・
明日の宵山は、二人きりでは過ごせない。
自分が誂えた浴衣に身を包んだマヤは、紅天女の唯一の後継者北島マヤとして多くのファンのものになる。
それは、誇らしくも少し寂しい瞬間だ。
昼過ぎまでは、二人でまた挨拶回りに出かけなければならない。
途中、何処か静かなお寺で散策でもできたらいいなと思いを巡らせながら、マヤを護るように身体を寄せ合い、真澄は静かに眠りに堕ちる。
寄り添う二人の眼の裏には、祇園の山車の提灯が揺れて、遠くからお囃子が小さく聴こえていた・・・。
~Fin~
二人とも宮元賣扇庵の主人からプレゼントされた小扇子を扇ぎながら、新町通六角下ルにある北観音山まで出掛ける。
夜空に幾つもの灯りのついた提灯が鮮やかに浮かび上がる。
「山車が綺麗だな・・・」
「うん・・・」
「どうした?」
「まだ、夢の中にいるみたいで・・・・。
真澄さんとこんな風に過ごせるなんて。」
マヤの瞳には涙が浮かんでいた。
「俺も同じ気持ちだよ。
水城君や聖、御贔屓筋に感謝しなきゃな。」
「はい・・・」
しっとりとした雰囲気の中、二人は宵々山を堪能する。
ゆっくりと街を回り、宿に戻ってきたのは22時過ぎだった。
「一緒に汗を流そう・・・」
部屋に戻るとそのまま、マヤは真澄に手を引かれて湯殿までゆく。
真澄はもう堪え切れないとばかりにマヤを抱き寄せて、激しい口づけをかわす。
マヤは真澄のなすがままに任せて瞳を閉じた。
余裕のない真澄を見ていると、どれだけ愛されているか、感じることができる。
自分にも余裕なんてない。
もっともっと真澄に愛して欲しいと思う。
真澄の手がマヤの衿もとに忍び、マヤを守る衣を掻き開いてゆく。
裾を割り、柔らかな太腿に触れ、何度も真澄の掌がマヤの肌の上を彷徨う。
露わになった肩に唇を寄せて、そのまま跪き、マヤの内腿に激しく唇を這わせた。
真澄の緩やかにウェーブのかかった髪が乱れる様をマヤは見下ろしていた。
真澄の腕がマヤの背中に回り、帯を解く。
最後の腰紐が解かれた瞬間に、襦袢とともに浴衣が床に舞う。
そして生まれたままの姿の天女が現れた。
真澄はマヤに釘付けになったまま息を飲んだ・・・
部屋付きの湯殿は決して広くはないが、檜の浴槽に湯が溢れ、マヤを膝に抱いて入るには十分の大きさだった。
壁の一部がガラス張りで、苔生した坪庭の石灯籠を眺めながら、ゆったりと湯に浸かる。
年甲斐もなく早急にマヤを求めてしまい、マヤには済まないと思いつつ、どうしても欲情が抑えられなかった。
「無理をさせてすまない・・・。
大丈夫か、マヤ・・・。」
マヤの耳朶を甘噛みしながら、内から溢れ出る彼女の婀娜な姿に、また惑わされそうになっている。
「・・・こんなに美しくなって、どうするつもりなんだ・・・。
俺を惑わすだけじゃ足りないのか?」
あまりに愛しすぎて、真澄の中で、独占欲という歪んだ思いが大きくなる。
「・・・真澄さんしか愛せないのに・・・どうしてそんな意地悪を言うの?」
マヤは、自分の身体を拘束する真澄の腕に腕を重ねた。
すっぽりと真澄の身体に背中から覆われて、もうこれ以上、真澄とくっつきようがないくらいに重なりあっている。
「二十四歳で君に出逢って、俺は気づきもしないままに君を見染めて愛し続けてきた。
あれから十一年・・・君しか目に入らなかった・・・。」
長い年月の思いの丈が真澄の身体に再び火を点けた。
真澄は何度もマヤの身体を貪るように抱いた。
抱いても抱いても抱き足りない。
この飢餓感は尽きることなく、まるで自分は餓鬼のようだと思った。
遂には気をやり過ぎて意識が飛んでしまったマヤを抱き上げて、寝間着用の浴衣に包んで、部屋に戻った。
奥の部屋が和風モダンなベッドルームになっている。
真澄はそこにマヤを横たえた。
ごめんなマヤ・・・
ずっとそばにいる・・・
ゆっくりおやすみ・・・
明日の宵山は、二人きりでは過ごせない。
自分が誂えた浴衣に身を包んだマヤは、紅天女の唯一の後継者北島マヤとして多くのファンのものになる。
それは、誇らしくも少し寂しい瞬間だ。
昼過ぎまでは、二人でまた挨拶回りに出かけなければならない。
途中、何処か静かなお寺で散策でもできたらいいなと思いを巡らせながら、マヤを護るように身体を寄せ合い、真澄は静かに眠りに堕ちる。
寄り添う二人の眼の裏には、祇園の山車の提灯が揺れて、遠くからお囃子が小さく聴こえていた・・・。
~Fin~