で、結局本筋だけでもこの量だったので、なんのこぼれ話的なものも書けなかった…。

という訳でここで。
面白かったのが織田信長。
とてつもなく勘のいい人物だそうで、この人の持っていた、身に着けていたものは、そのほとんどが現在国宝級だそうです。
で、刀に関していうと、短めの刀が大好き。
という訳で、今回も「義元左文字(よしもとさもんじ。今川義元からぶんどったお気に入りの刀)」ってのが展示されてるんですけどね、これも元々は2尺6寸あったものを2尺2寸にぶった切って使っていたそうです。
で、信長のえらい所は、茎(なかご)の部分にちゃんと「これ、今川義元から取ったよ」とかって由緒をちゃんと刻印してるところ。結構マメなひとだなぁと(笑)


あと刀自体が持ってる「そんなバカな」って話とかも結構あって。

展示されているのでいうと『南泉一文字』。
立てかけてあったこの刀に猫が飛びついたら、そのまま真っ二つになってしまったと、それほどの切れ味を誇る名刀。
うちでそんなことになったら、絶対カミさんに捨てられちゃうよ…(苦笑)

あと、豊国神社にある『名物・骨喰藤四郎(ほねばみとうしろう)』。
これなんかすごいよ。
これ持って「アイツ、殺してぇ…」って思っただけで、その相手の骨が砕けちゃうらしいよ。

こんなのもあるぞ、『薬研藤四郎』。薬研って昔、薬の調合に使うあの小さい車輪みたいなやつね。ゴリゴリ漢方を細かくすりつぶす奴。
この刀、主が切腹しようとしたら全然切れない。
どうやっても切れない。
頭にきた主が「使えね~!」って放り投げたら、あの硬い薬研を貫いちゃった。
ホントはすごく切れるんだけど、主を死なせたくなくて切れないようにしてたって忠義な刀。

いろいろありますなぁ。
昨日は日本刀の受難(ポツダム宣言)から始まって、『享保名物』という図録の存在と、その図録に載っているのが現在の国宝クラスの日本刀だ、っつうことを書いただけで文字だらけとなってしまいました。
んでもって、この『享保名物』に載ってるのが、大体は戦国・安土桃山・江戸初期の頃に、ちょいとバブリーな”刀ころがし”とでもいう様な流れで名物になったことを書きました。

ちなみにこの『享保名物』についてもう少し詳し言いますと、ね。

ゲヘヘ、まずは下世話なところで、申し訳ないんですけども、そのぉ、お値段つうかなんつうか。

一番お高いのが一万両の「若狭正宗」。
これは徳川家達氏(徳川16代目の人)から明治天皇に献上されてます。

次が七千両の「小松正宗」と「式部正宗」。
小松さんは渡邉先生が館長をお勤めの佐野美術館が持ってます。
式部さんは…戦災で消失してるんですね。

で、その次が五千両の「厚藤四郎」(東博)と「朱判正宗」(行方不明)。

とまぁ、内訳は御物(天皇家所有)が10口、国宝24口、重文38口、重美16口と豪華な顔ぶれ。
で、一番価値があったのが、昨日も書いた「本庄正宗」。
プライスレスの称号を持つ刀。
現在、こちらも行方不明。
多分…in U.S.A.

さて、昨日も書いたとおり、享保名物に記録されてる刀って、ある意味、バブリーな成り上がりの生い立ちを持っていますが。

そこはそれ、でもちゃ~んと名刀たる根拠があって。
それが折り紙を付ける、足利尊氏のころから刀剣奉行を務めてきた、鑑定士の一族・本阿弥家の存在。

なかでも九代目の本阿弥光徳はすんごい目利きだったそうで、今でもこの人の目利きした刀ってすごいって定評があるそうです。

写真が無いんで、申し訳ないんですけどね。
講演会では光徳が目利きした『中務正宗』(なかつかさ まさむね)という刀の茎(なかご)の刻印を見せてもらいましたよ。
この中務正宗、本多忠勝が光徳に「なんかいい刀用意してよ」って言われて用意したもので。
戦国が終わって、バリバリ武闘派から事務方に徳川の中心が移って行くなかで、武闘派だった忠勝が家康に献上した一品。
ん~、なんかちょっといじらしさと悲しさを感じてしまう…。

ま、ここに光徳の花押が刻印されてたんですね。
しっかと覚えました。

最後の方はかなり駆け足になったんですけども、こんな話も聞かせて頂きました。

いや確かに『享保名物』に記録されている刀は名物ではあるんだけれども。
別に載っていなくても名刀はたくさんあって。
そこで見せてもらった写真が『成高』と呼ばれる800年前の古刀でした。
那須与一が源平合戦で平家の扇子を矢で射って、その褒美にもらった刀。

すんごくキレイなの。
細身で柄の部分からキュンってカーブを描いてて。
この800年の間、那須家の子孫がず~~~っとず~~~っと大切に現在まで繋いできた刀。

きっと多分、由緒あるおうちでは、そんな感じにひっそりと大切にされてる刀があるんじゃないかと。
そう思うと、本当にちょっとなんか…イイネ!(笑)

あ、まぁ一応名刀の条件を2つ教えてもらいました。
ひとつは「刀身が青みがかってること」。
この青って、青み魚の「青」ね、鯖とか想像してください。
そしてもう一つが「沸(にえ)の下に匂いを敷く」ってやつ。
これはさすがに写真でないと分からないぞ…。

ええぃ、このサイトだ!
http://www.touken.or.jp/syurui/tsukuri.html
刀剣博物館のサイト。
ここが一番分かりやすい。

ちなみに根津美術館の今回の展示。
照明にも徹底的にこだわったそうです。
ということで、沸(にえ)も匂いもすっごくキレイに見れますよ!!

僕、なんかもう視点を上にずらしたり下にしたり、右行ったり左行ったりで忙しかったもん(笑)
でも、角度変えると見え方も変わって、ホント見飽きないですぜ。

急げ、根津美術館へ!
今月25日までやってます、「名物 刀剣」展!!
http://www.nezu-muse.or.jp/jp/exhibition/index.html
土曜日に表参道の根津美術館に行ってきました。
というのも、件の美術館で、現在『名物刀剣 宝物の日本刀』という展示が開催中なんですね。
しかもこの日は、特別講演会があって。
申込み締め切りが過ぎていたんだけど(うっかりしてた)、ダメ元で開き直ってお願いのハガキを出したら、聴講させてもらえることになったのです。

ラッキー!!

本当は早い時間から出かけて、まずは展示をみて、それから講演会、と思ってたんだけど、台本読んでたら遅くなって、結局講演会ギリギリに根津美術館に到着。

この日の講師は静岡県三島市にある佐野美術館の館長・渡邉妙子先生でした。
昭和41年に佐野美術館に赴任されてから刀一筋。

この日の演題は「日本刀が宝物になるまで」。

まずポツダム宣言から話が始まりました。
このポツダム宣言なんですがね、9条にはあらゆる武器の放棄が盛り込まれてます。
もちろん日本刀も「武器」なので、この条項に当てはまっちゃう、つうことで、日本全国から刀が進駐軍に差し出されてしまいます。
9月2日、実は本間薫山先生(渡邉先生の師匠にあたる方)たちが当時の首相である東久邇宮様と面会していたらしく、なにかヒソヒソ話して。
で、その約1ヵ月後の10月2日にはマッカーサーから
「骨董品としてなら、審査したうえで、骨董品扱いで日本刀持ってもいいよ」
って内容の覚え書きが発表されました。

なんすけどね、なかなかこれが日本全国津々浦々まで広がらず。
結構その後も進駐軍による刀狩りが続いたそうです。
でね、何百万本もの刀が太平洋に捨てられちゃったりしたそうです。

勿体無い…。

までも、国宝級のほとんどの刀は、なんか隠し持ってたらしくって。
ほぼ無事だったそうな。

ただしある1本を除いて。

えとですね、ここで話が本題に戻りますがね。
現在、「名物」といわれるに本当の多くは
『享保名物』
という報告書に書かれたものなんですね。

暴れん坊将軍・吉宗の命令で作られた、全国各地にある名刀の目録なんですけどね。
この図録で一番のメインで取り上げられているのが
『本庄正宗』という名刀です。
これだけは唯一、「プライスレス」と言われた、「値段、付けられないっす」って言われた徳川一の名刀だったんですけどね…。

これが実は終戦直後に米国に没収されて、いまだに所在が分からないらしいんですね。
で、たま~に「アメリカのどこどこで見つかったらしい」って話が出るんですけどね。
いざ探しに行くと無かったりして…。

ちょっと残念ですな。

うん、まぁ、そんなわけで、この「享保名物」に記載されてるというのが、いわゆる名刀の、一つの条件になる訳ですね、とても乱暴な言い方をすると。

となると、まぁ手順みたいなのがある訳で。
出世ルート、みたいなもの?

つまり、
1.名のある鑑定士に鑑定してもらう
2.偉い人に献上する
3.値が上がる
とまぁ、こんな土地ころがしみたいなルートなんですね、ぶっちゃけ(苦笑)

例えば、先ほどの「本庄正宗」ですが、これも元々は上杉藩の侍大将だった本庄繁長(ほじょうしげなが)が持っていたもの。
でも、もっと遡ると繁長が危ない人に襲われたんですけどね、その時、その危ない人が持ってた刀を奪って返り討ちにして。
その奪った刀がなかなかのものだったので、自分のものにした刀だそうで。

それを見た豊臣秀次がえらく気に入って300両で譲ってもらって秀吉に献上して。
秀吉が島津義久に下賜して。
関ヶ原が終わった後に島津から徳川に献上されて。
で、徳川一のお宝になった訳です。

秀吉の刀狩り以前はそれこそ半分農民・半分侍くらいでも太刀・刀・短刀を持ってたらしくて。
いたるところに無名の名刀がいっぱいあったそうな。

で、秀吉の刀狩りのもう一つの目的は。
そういった無名の名刀を集めるってのもあったらしいです。

サルめ(笑)


つうか出だしだけで、すごく長くなってしまった…。
この辺で今日はおしまいにしますが…。

よくおれもツイッターで書いたな。
ツイッターで書く量じゃないよな、これ(笑)

えと、こっから先はなるべくはしょります。
本題はやはり写真とかないとキツイもんね。

なんでちょろ、ちょろっと出てきた本筋とは関係のないエピソード中心で書こうかなと。
稽古は続くよ、どこまでも。
といいつつ、特定のシーンを抜いて稽古を進めて行く、「抜き稽古」主体なので、自分の出番が無い時は稽古はなし。
しかも、2つの作品を「月火は『死ぬまで~』、水木は『箱娘』の稽古」といった感じなので、実はこの間は水木金と稽古なしだったりして(苦笑)
まぁ、セリフを覚えるのにはありがたい時間なんですけどね。

でも、今後稽古が進んでくると間隔が開くとせっかく掴んだ感覚が逃げちゃったらどうしようと思って、うん、ちと怖い。
さらに本番に入ると、全く異なる芝居なので、2時間ちょいでスイッチを切り替えないといけない。

うははははははははは!
面白いじゃねぇか!!!

と、早くもランナーズ・ハイ状態です、『インスパイア』(笑)
いやでも、楽しいですよ、今回の稽古も!

そんな『インスパイア』ですが、土曜日からチケット前売が始まりましたよ。
アメブロのメールでもご予約承っておりますので、よろしくお願い申し上げます。
しっとり系の『死ぬまで生きる!』とちょっぴりドス黒系の『箱娘』、両作品でお待ちしております。

ちなみにこの2作品は、オムニバス形式ではなく、それぞれ独立した作品となります。
ということで日程は

10/7(金)
 14時 『箱』 19時半『死ぬ~』
10/8(土)
 14時『死ぬ~』 19時半『箱』
10/9(日)
 13時『箱』 17時『死ぬ~』
10/10(月祝)
 13時『死ぬ~』 17時『箱』
10/11(火)
 14時『箱』 19時半『死ぬ~』
10/12(水)
 14時『死ぬ~』 19時半『箱』
10/13(木)
 13時『箱』 18時『死ぬ~』

となっております。
前売は4,200円です(当日は4,500円)
更なる詳細はこちら
http://www.jetlag.jp/news/news.html#article18

よろしくお願い申し上げます!!
この時期、日曜になると…。
僕は台詞を覚えたい。
カミさんは家でゆっくりしたい。

でも、僕は台詞を覚えたい。
結局、カミさん、気を遣って黙って読書する。

一人じゃないのに家庭内には沈黙…。

という状況が苦手なもので、朝から出かけることにしました。
電車のなかで台詞を覚えるのって結構好きなので。
で、行った先はというと
「多摩動物公園」。

ほぼ開園と同時に入園。

以下、回った順で写真をば。

チーターの子ども
鈴木歩己のサブテキスト

鈴木歩己のサブテキスト


ライオンの子ども
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せっかくなのでライオン・バスってのにも乗ってみた。
ほんとにほんとに、ほんとにほんとにライオンだった。
近すぎちゃった。
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キリン
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チンプ
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インドサイ
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なんかの、鳥。
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オラン
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オランのちびっこ
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実は、スカイウォークって設備になってて、オランウータンは電線みたいになってる高架を伝って別の場所に行けるようになってますのです。
という訳で、スカイウォーク中のオラン。
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休んでいるオラン。
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ユキヒョウのこどもたち
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アフリカ象のほう。
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インド象のほう
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インド象、なぜか僕に合わせるように、真正面に立ってくれた。
気付いたら、インドサイも僕の真正面に立ってた。
そういや上野動物園ではコビトカバに吠えられたことがある。

え、なんか、おれ、警告的なオーラ出してるの?(笑)

コアラ
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鈴木歩己のサブテキスト


ビバ、多摩動物公園!!!!

結局、台詞、覚えられんかったわ、ウハハハハ。
そして夕方から今日にかけて、後悔しております……。