えと、最初に告白しちゃいますと。
mixiの方がこの日記、早かったです。
でも書き上げたら夜中の2時を回ってたもんで、こちらへのアップ、挫折しました…すいません。
って誰に謝ってんだ、オレ(笑)
さてさてという訳で。
昨日はちょいと、北は浄閑寺から南は洲崎までチャリこいで行ってきました。
しかし濃いね、このゾーン。
最初の目的地に行くまでに何度も他のところで引っかかっちゃった(苦笑)
まず言問橋脇にある「牛嶋神社」でしょ(勝海舟が剣道の修行した、らしい)
「乳」という感じに釣られて行っちゃった「待乳山聖天」でしょ。
(「まちぢちさんせいてん」とは読みません、「まつちやましょうでん」と読みます(笑)。「池波正太郎生誕の地」と書いてありました。ここの庭園はスゴイ!これね。)
お陰で一発目の目的地「浄閑寺」に着いたのは昼近くでした。
浄閑寺。
別名・投げ込み寺。
重い病気に罹った吉原の遊女をね、助かる見込みがないって言ってこのお寺に投げ込んだからとか、安政の大地震で多くの亡くなった遊女がこのお寺に文字どおり投げ込まれたから。
正直、行くのどうしようかとも思ってましたよ。
でも行ってみました。
裏の霊廟に入るとのっけからこんなお墓が。
あまりこういった字を読むの得意じゃないというか全然出来ないんですが、多分こう書いてあるなと。
「角海老 若紫の墓」
調べたところ、明治時代の花魁だったそうで。
何の関係もないのに、別の遊女に振られた男に刺殺されたそうで。
その花魁のお墓でしたよ。
ここに載ってました。
さらに奥に行くと
「新吉原総霊塔」です。
その向かいには永井荷風の文学碑も。
そして
「ひまわり地蔵」。
「新吉原総霊塔」は関東大震災や東京大空襲で亡くなった遊女の霊をまつったもの。
「ひまわり地蔵」は良い笑顔なんだけど、この近くにある山谷の労働者のために建てられたものでした。
なんかね、来る前は怖いと思ってたんですけどね。
来たらなんかいろいろ身につまされて(だって無縁仏になったお墓もいっぱいあったし、うちも子供いないから2,30年も経てばやはり無縁仏になる身なんだもん・・・グスン。あ、これ余りシャレになってないやw)、むしろ僕がすがりたくなるような気持ちでお寺を後にしました。
でも、なんか良いお顔してらっしゃるんですよね、2体とも。
と言う訳でアップでお送りします。
こちらはひまわり地蔵の周りにいた石仏の皆さん。
これも可愛い(笑)
さて、お次は前から行きたかった「新吉原」。
今回行くにあたって「吉原再見」というサイトの
このページを参考にさせていただきました。
えとね、着いたのが正午過ぎてたので、もう各々の石鹸国の門番たちがお仕事を始めてましてね。
お兄さんオジさんお爺ちゃんにポン引かれそうになりましたので、ね。
そのプレッシャーに負けて早々と退散しました。
だって通りの左右にズララララっと並んでらしゃるんだもん、そりゃプレッシャーだよ(笑)
だから、触りだけ。
今も名前が残る「吉原大門」の交差点。
このど真ん中の道を進むといよいよ吉原です。
で、このガソリンスタンド側の電柱脇にはこんなものが。
ちょっと分かりづらいですが「見返り柳」。
振りかえると、遊女が手を振ってる姿にこの柳が見えるからそう言うらしいです。
で、特徴的なのがここから大門までのルート。
曲がりくねってるんですよね、なんでだろ?
それを過ぎるといよいよ大門。
昔はここを花魁が歩いてた訳だ、テレビや映画でみるような足で円を描くようにして。
一応、大門から水道尻まで行って、あとはジグザグに
京町二丁目→京町三丁目→揚屋町→角町と歩きましたがね。
さっき言った通り、途中のプレッシャーに負けて江戸町二丁目・三丁目は歩きませんでした(笑)
で、このすぐ近くにある「いろは会ショップメイト」というアーケード街も寄ってみることに。
街歩きの師匠・ぼのぼのさんもついこの間行ったところ。
で、真似してる訳じゃないけど、やっぱりここは写真に撮っちゃった。
これ、酒屋さんの壁に書いてあるのよ。
ここだけ雰囲気がメキシコなの。
メキシコかどうかは、ま、どうでもいいんだけど(笑)
構図はクリムトの「接吻」ぽいんだけど、乾いたタッチがとても良くて、やっぱり写真に撮っちゃった。
あのね、でもね、ひとつだけ言うと。
やっぱりこの周辺ちょっと怖かったのです、正直に言うと。
このあとすぐ泪橋にも行ったんだけど(「明日のジョー」ね)。
これしか写真ないんだけど。
この辺は山谷、なんですよね。
ドヤ街なのです。
昼間から年配のおじさんたちが道ばたで寝っころがってて。
街の臭いも独特で。
たまたまかもしれないけど、交番の前を通りかかったらオジさんが怒鳴って警官に突っかかってて。
これは勝手な感想なんだけど、以前大阪公演が終わった後に、やっぱり興味心で新世界の奥の方にも行ったことあるんですけど。
あそこはなんか愛嬌がまだあった感じがして。
でも泪橋周辺やいろは会は、あまりそういった感じがしなかったのです。
ちょっとカルチャーショックでした。
そりゃジョーも頑張るわ。
「勝たなきゃ昨日に逆戻り」って歌詞の重さがズシンときた。
ただ、一つ、これまた勝手な解釈だけど。
東さんの書く登場人物の世界ってこの環境なんだろなと。
いや、桟敷童子の作品に出てくる登場人物たちはたまらなく愛嬌があってやさしさに溢れてるんだけど。
ま、そんなこといろいろ考えながらチャリをこいでました。
一息ついて墨田川のほとり。
え~すいません、今日のスカイツリーです(笑)
恥ずかしいまでに浅草、な風景(笑)
もうひとつの浅草名物。
くどいけど、またスカイツリー
道を一本寄ってみた。
え~すいませんでした(笑)
このまま北上して三国神社へ。
勝海舟が通ったと言われる神社。
ここのお稲荷さん、いい赤色。
でもって、キツネがヤンキー並みに目つきが悪い(笑)
ダメ押し、三国神社越しのスカイツリー。
ここも良い雰囲気でした。
結構好き。
ここから両国経由でちょっとベニサンピット跡地へ。
まだ何も出来てない…。
ちょっとビックリ。
次の目的地に向かう間、とにかく橋という橋を渡って。
東京タワー見たからか、鉄骨にすごく惹かれて(笑)
木場公園の巨大陸橋まで撮っちゃったりして。
あ、ここからもスカイツリー、見えたんですけど。
写真も撮ったんですけど。
もう、いいですよね(笑)
そして最後の目的地・洲崎パラダイスのあった旧・洲崎、現。東陽町1丁目に到着。
明治から戦後まで続いた遊郭あった場所。
行きたくなったのはTwitterで知った
毎日新聞のこのコラムで。
このリンク先を見ていただければ、真っ先に洲崎パラダイスの写真が載ってるんですがね。
そこには「洲崎パラダイス」って看板が立ってて。
で、今現在の同じ場所はというと。
なんもないです。
見事に跡形なし。
でも往時を偲ばせる建物はある訳で。
例えばこの建物。
今、八百屋ですけどね。
あとここ。
特にこの建物は旧「大賀楼」建物と言って当時の遊郭で一番のお店だったそうです。
今、政治家の事務所ですけどね。
でも、まだ屋号が残ったまんま(笑)
で、この道が大門通り。
吉原の大門まで続いてるからそういう名前になったそうで。
ただね、良く見ると片側3車線の計6車線なんですよね。
吉原の大門より広いでやんの。
一通りみて
洲崎神社に向かって。
途中、いろんな川が入り組んでて。
東京ってつくづく水の都だなぁと。
一応ね、僕の故郷の隣町・大垣市も水の都なんですよ。
「奥の細道終焉の地」ですからね、手前味噌だけど(笑)
ただ、やはり東京は規模が違う…。
かなわんです。
さて、洲崎神社。
ここにもお稲荷さんが境内にあって。
これもまた良い赤色。
で、今回いろいろ回ったけど、一番フォトジェニックだったコマ犬はこの洲崎神社。
ここまで回って終了。
気が付いたら腕に塩が浮いてました…。
まだいろいろ歩きたいところはあるなぁ。
豊洲にいい感じの橋があるんだよなぁ。
で、門仲の先にも良い感じの水路があるんだよなぁ…。
なんて思いながらチャリで帰りました。
あ、このチャリは僕のじゃないです、他人のです。
僕のはママチャリなんで(笑)
長々と失礼しました~!