衣料業界の中でも消費人口の減少が著しいきもの業界。

その中にあって、継続的に売上げを伸ばし続ける店があります。

その理由は、徹底したお客さま目線を持つことにほかなりません。

そして、その根底には確固とした経営理念と、効果的な仕組みづくりがあります。

 

 

山本呉服店は、岐阜・揖斐郡で125年続く老舗です。

今朝、社長交代を知らせるニューズレターが届きました。

4代目・山本由紀子さんから、娘の千恵子さんへ経営のバトンが渡されたのです。

 

 

一般に衰退産業と言われるきもの業界ですが、きものとお客さまの出合いは成人式の振袖から始まります。

振袖できものの魅力を知り、その楽しさを体験できれば、お客さまは年を重ねながらきものと付き合っていくはずです。

けっして売上げが急減することもないはず……。

しかし、一時的な売上げ欲しさに、法外な価格で振袖を売り抜ける店があることも事実です。

これでは、次にはつながりません。

 

 

こうした商いが横行しては、お客さまのきもの離れを引き起こしてしまうのではないかと山本さんは案じ続けていました。

山本さんは、商品には絶対の自信があります。

お客さまに胸を張って勧められる品を、できるだけ安価で提案したい――山本さんにはそんなまっとうな商いをしてきた自負がありました。

 

しかし、どうすればそのことをお客さまに分かってもらえるでしょうか。

山本さんは、お客さまから店を見た場合の心理を想像してみました。

お客さまは振袖が欲しいと思っているけれど、どこで買おうかと迷い、こう思っていることでしょう。

「あなたの店、本当に信用していいの?」

 

 

「信用に足りる店かどうか、信頼の置ける人間かどうかという不安をクリアしなければ、価格のみの訴求では売れないのだと気づきました」と山本さん。

ならば、店の様子やスタッフについて自己紹介をして、安心してもらおうとひらめきました。

そうして取り組んだのが、その最新号をご紹介しているコミュニケーションを目的としたニューズレター「糸をかし通信」やチラシ「やまもと新聞」でした。

 

 

こんなエピソードがあります。

ある母娘が、チラシを持って店を訪ねてきました。

お嬢さんの結婚が決まったとのことで、きものを探しに来られたのだといいます。

転勤を重ねてようやく岐阜へ家を建てたご家族で、いざきものが必要になった時、どの呉服店がよいか分かりませんでした。

しかし、チラシを見て「ここへ行こうと決めた」というのです。

そして初めての来店にも関わらず、300万円を超える買物へとつながりました。

 

 

もちろん、他店からもカタログや案内が届いているはずだったでしょうが、何よりもお客さまが同店を目指して来店した理由が、コミュニケーションチラシにありました。

後日、山本さんがメーカーの担当者にチラシを見せてその話をしたところ、担当者はチラシの表裏を見て、いぶかしげな様子で言ったそうです。

「何も書いてありませんね……」

確かに、価格もほとんど記されていないし、売り込みもかけていません。

業界の常識では「何も書いていない」チラシになるのです。

 

 

お客さまに良い商品を提供するためには、それを供給するメーカーや作家の存続が大前提です。

そこで同店では、絞りメーカーや草履すげの職人などを店に招いて、技の実演と商品の試着などを定期的に行っています。

こうしたイベントも、きものを学ぶよい機会としてお客さまから信頼を集めているのです。

 

 

山本さんの経営の基礎を担っているのが、先代をはじめとする歴代の当主らが行ってきたまっとうな商いの在り方です。

どんな時代であっても店が存続する理由は、地元で築いたお客さまからの信用の証であり、店の歴史へと続いていくものです。

そのバトンが5代目となる長女の千恵子さんに渡されたのです。

 

 

社長交代を告げる山本さんの手紙には、こうあります。

「(前略)ご存知のとおり山本呉服店は代々これ以上引けない正札に店の信用をかけてまいりました。(中略)社長を交代するにあたり、お世話になった皆さまに感謝の気持ちを込めて一代に一回限りの感謝市をします(後略)」


季節ごと、期末ごと、周年ごとなど機会をつかまえては、やれセールだ、やれバーゲンだと値引きを繰り返す業界にあって「一代に一回限り」という潔さ――そこに真商道を貫いてきた同店の真骨頂を見ました。

店は客のためにある、この真理は変わりません。

それをあなたの商いでどう形にするか、そこに商いの道があるのです。