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19660713-0713さんのブログ

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振り返りますと、学校茶道で学びましたその学びが心地よく感じてましたことを記憶します。

嫁ぎ先の義母がお茶事のお料理を教えていました。

義父が他界しましてからの同居…掃除と水屋やお道具の準備など、まだ幼い娘を育てながらのお手伝いでした。


今、時間をさかのぼれるものであれば、あの頃の義母に会えるものならとても会いたいです。





母は、車イスの生活になり、聴覚も衰え、言葉も失い、記憶も曖昧なものになってくようです。


とても気の強い母でしたので、同居生活は5年で終わりました。
でも、母との繋がりをたつことは出来ません。
当時を振り返りますと、茶道を続けていればいつか理解しあえる…と密かに、学び始めました。


細くも長く続けてますが、かなりの月日が流れます。


先日、お茶事にて半東のお勉強をさせて頂きました。

初座での懐石、中立の後にお濃茶から後炭へとなります。

陰から陽の空間へと繋がり、銅鑼がその音の強弱と間…その響きが後座への席入りをお知らせします。


その銅鑼の響きと共に、多くの想いがふと込み上げてきました。

お茶碗、お道具を持ち出して濃茶の点前に入ります。
(その日使われました嶋台の赤楽茶碗は、かつて母も使うことがありました。)

多くの想いと共に、勉強、心の準備不足に改めて気付かされ、もう時間を戻すことは出来ません…。


お茶事は、その案内がきました瞬間から始まってます。
心の準備が大切で、やはり日常生活の延長線上にその日を迎えたいものです。

お亭主のお客様への想いを掛けがえのない一時にするための大切な役です。
 

なぜ、あの時に無理に時間を作ってでも母から学ばなかったのか…

母の記憶が薄れていくと共に、沢山の思い入れのあるであろうお道具を目の前に、その母の一途な心を感じながら、私はどうなのかを改めて考えさせられます。



母との食事をすませくつろいでますと、目の前に小学生の男の子が公文の勉強を一生懸命しています。
教育熱心でもありました母は、かつてのHさん(息子)を思い出してるようです。




物やお道具よりも、その時誰と共に過ごしたか…その記憶は大切ですね。


有難うございます。