ブログに何を書いたらいいのか、自分の姿勢がなかなか決まりませんでした。
あの日はここ新潟でもかなり揺れたらしいのですが、
わたしは知りませんでした。
息子の公立高校の合格発表を見に行くため車を出そうとした瞬間、
車がエンストで動かなくなったのでした。
そんなことは後にも先にも初めてのことでした。
車屋さんに来てもらい修理が済んで、大急ぎで車を出したのが、
後で知った震災の発生とほぼ同時刻でした。
息子は不合格でした。
私立2校に受かっていましたが、本人はショックで家を飛び出して行きました。
息子の行動に脱力して、テレビを見たのもずっと後のことでした。
実家などへの報告電話で、初めて震災のことを知りました。
テレビ画面から受けた衝撃は並みではありませんでした。
夜遅く息子が帰宅したときには心からホッとして叱る気になりませんでした。
家出はそれまでも何度かありましたが、
日本列島がどうなってしまったのかという日に・・・
戻るまでとても怖かったです。
(※息子はその後進んだ私立の高校へ、問題無く通っています)
当時、書き始めてまだ日の浅いブログでしたが、
震災への落ち着かないやり切れない思いを
一度もお会いしたことのないブロガーさんたちとやりとりすることで、
気持ちを最も鎮められたのが不思議でした。
何もできない自分が、何もできないなりに、何ができるのか、
形が見えた気がしたのです。
相変わらず自分にできることは、心をこめて黙祷を捧げることくらいです。
(募金はしましょう☆)
また、明日3・12には、日光のミュージシャン Akiraさんの胃がん摘出手術がおこなわれます。
Akiraさんの一日も早い回復とライブ復活(4.2)をお祈りいたします。
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