(ฅฅ*)コンニチ… ฅ(°▾。ฅ)ワァー!!
まずはタイトルコール!
上方落語『笑うてなんぼ』
落語にはさまざまな知識や感性によって楽しめるように、いく層もの面白さが仕掛けられていることがあります。
今日のテーマは
「東横堀川」其ノ参
東横堀川に縁のある落語を紹介しながら、歩きたいと思います。
皆さんも落語のシーンを思い浮かべて、ご一緒に散歩しましょう。
今日はその最終回です
なお落語の題目の青字はまだブログで紹介してない噺です。今後に期待してください😊
東横堀川
「末吉橋」(すえよしばし)
現在、町名変更されましたが、このあたりは鰻谷(うなぎだに)の東の外れになります。
一説では鰻のようにくねくねと曲がっていると
ころから呼ばれたと言います。
西へ長堀が分かれるのがここ、南西一帯を「住友の浜」と呼んでいました。
玉造が舞台の『後家馬子』の中にも
『次の御用日』でとうさん(小糸)と常吉が天王寺屋藤吉に襲われたのはこの辺りです。
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……あの日本橋の北詰のところぉに、安井道頓の子孫の屋敷があったんやそぉで、お稲荷さんがあったそぉでございますが、ここの纏(まとい)持ち、消防方をやっております天王寺屋藤吉といぅ男。
真夏のこってございます、下はもぉフンドシ一本で、上から法被引っ掛けましてね、あんまり暑いもんでございますから、この法被をば引っ掛けるんやなしに頭の上高くかざねまして、日覆いにしながら歩いておりましたんです。
これが遠くのほぉから見まするといぅと、背の高い大ぉきな男に見えましたんです。
とうさん(お糸)
「常吉、怖い。もぉ去の!」
常吉
『何言ぅてなはんねんとぉさん、昼日中、何怖
いもんおますかいな!』
「そ、そ、そぉかて向こぉから背の高い大きな人が来るやないか💦」
『何ぼ背の高い大きな人て……、わ、わぁ~。怖わぁ!』
「怖いやろ?、もぉいの〜」
『今いんだら「お前のお供のしよぉが悪い」言ぅて叱られます。
とぉやん、ちょっとこっちおいなはれ。』
(桂枝雀)
「久之助橋」(くのすけばし)
江戸時代初期には「九ノ介橋」として登場し、東横堀の開削当初に既に架かっていました。
九ノ介については不明ですが、橋に関係のある人物なのでしょう。
橋の西詰め北側には住友家の銅吹所があって鋳物屋・鍛冶屋が多く集まり、東詰めには瓦葺き職人が集まっていました。
瓦屋町の名も残ります。
「九之助橋を西へ渡って、大宝寺町を堺筋へ出て……」
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「東堀橋」
東堀橋は、東横堀川の下流付近の瓦屋橋の北側に架かる橋です。
この橋の歴史は東横堀川に架かる橋の中ではかなり新しいので、落語には登場しません💦
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「瓦屋橋」
こちらは以前紹介した『帯久』の舞台です
主人公、島三郎が身投げをはかる
『吉野狐』の冒頭部分にも登場します。
瓦屋橋そばの油屋の丁稚久松が、お染ちゃんの子守をしていたところ、お染が川に落ちて死んでしまい、責任を感じた久松も首を吊って死んだという事件があったという。
これが、お染久松心中事件として、脚色劇化されたという説があります。
「瓦屋橋の西詰から人の見ているも知らずに、橋の欄干に手をかけて今や飛び込まんとするありさま」(吉野狐)
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「上大和橋」
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客
「……ん~ん、こんな威勢ぇのえぇ若い衆(しゅ)が、狐怖がるちゅのはどぉいぅわけやろなぁ……、俥屋はん、おまはん家はどこや?」
梅吉
『へぇ、高津の四番町でんねん』
「ほんならこの辺やないかいな……、四番町といぅたらどの辺りになんのかなぁ?」
『高津(たかつ)橋の北詰、あそこにな、大浦っちゅう古ぅい大きな米屋がおますわいな。
その前の路地(ろぉじ)入ったところで、あの辺で「俥夫の梅吉」て聞ぃてもろたらな、もぉ誰でも知ってます。
昼間やったらもぉ、遠いとこでもどこでもなぁ、安ぅで走らしてもらいまっさかい覚えといとくなはれ……。』
上方落語の聖地、お楽しみいただけましたか?
ではまた次のブログでお会いします