今日が最終日、帰らなければならない。

朝5時に起床して海を見ながら露天風呂に入る。

中島みゆきさんの「銀の龍の背に乗って」を口ずさむ。

またこの場所に来ることを誓って。

あぁ、やっぱり佐渡はいいな。

母方の故郷だから贔屓目にみているかもしれないが他人の評価じゃなくて自分の評価が全て。


朝食もしっかり6:30からとる。

次男はごりっぴぃの連日のイビキ&寝言(うなされている?)で寝不足。

ご愁傷様。

チェックアウト後27キロ先の両津港へ旅立つ。

流れる風景が懐かしい、それだけに寂しい。

車を飛ばすのはフェリー出航にまにあうためじゃなく寂しさを断ち切るためかもしれない。


帰りのフェリーはときわ丸で行きのおけさ丸より大きい。


出航する時のお約束。

ウミネコ達が寄ってくる。

かっぱえびせんがお目当て。


また必ず来るから待っていろよ。

佐渡が遠くになる。

ドンデン山、金北山が遠くなる。

自分の記憶が遠くなりそうで怖い。


(空自のレーダーサイト)


新潟から佐渡行への出航時は何もないが佐渡から新潟への出航時は「蛍の光」が流れてどらが響き渡り、旅立ちの覚悟を皆に問う。

まるで永遠の別れのように。

今度はいつ来れるかな。


故郷というものは自分で選べない。

一生ついてまわる。

何処にいても心の中にある。

それが無くなったら自分がどこから来たのかわからなくなってしまう。



ジェットフォイルが追い抜いていく。

アメリカ・ボーイング製(929)だけど日本のIHI(石川播磨重工)でライセンス生産していたらしいがもうパーツがないらしい?


今度はすれ違い。

速いけどすごく揺れるらしい。

ミラーレス一眼(R6Ⅱ)は4倍デジタルズーム機能があるので500mmレンズがなんと2000mmレンズになる(画質は落ちるがf値は変わらない)。

テレコン併用したら4000mmになるのか!?

手持ちでも意外とブレない。

バカとカメラは使いよう。



建造から約10年のときわ丸

船の宿命、細かい錆か所々にある。

錆対策は飛鳥Ⅱみたいな豪華客船の長期クルーズでは建造時の状態を維持する為にフィリピン人の塗装業の方が乗り込んでクルーズ中、頻回に細かく錆落としをして再塗装するそうな。


ダブルデッキの船内。

まるで空母赤城みたい。

GWだけではなく連日これだけ客がいれば佐渡汽船も赤字にならず、新型高速フェリーあかね丸を売却せずに済んだのに...


新潟に到着するが衛星測位のできないカーナビは依然佐渡にいる。


その後関越自動車道を走って55年以上前に住んでいた小出に行くがスキー場に行くと子供の日のイベントをやっていた。


今日は天気が良くて暑いぐらい。

とても豪雪地帯とは思えない。

かき氷を食べる。


此処は子供達がたくさんいて活気があるが街はシャッター街になっていた。

日曜学校に行っていた教会も無い。

なんとか自分が此処で生きていた証拠が欲しい。

住んでいた病院近くの社宅跡地に行く。

両親はこの地に思い入れは無く、車から降りない。

ごりっぴぃと次男だけで散策をする。

遊んでいた神社がこんなに小さかったとは。

自分の人生の小ささを思い知らされた感じ。


遠い記憶を探るがここにごりっぴぃの生きていた証はあるのだろうか?


今回の旅行でわかった事は両親には過去の思い出に拘りが無いこと。

ごりっぴぃだけが過去にこだわっているみたい。

産まれから7〜8回引っ越しをしているが自分の本当の故郷は何処にあるんだろか?

この旅(人生)の辿り着く先は何処にあるんだろうか?


帰りの渋滞は殺人的


新潟から月夜野まで2時間足らずなのにそこから自宅まで6時間かかった。


今回の旅行の走行距離は1098キロ

白馬から始まった今年のGWの総走行距離は1998キロになる。

今度は何処に行こうか?

人生の走行距離をどこまで伸ばせるだろうか?


還る場所が有れば旅行

それが無ければ旅


しかし故郷を軸足としてまだ旅は終わらない。