躊躇っていた事 | ◆スピリチュアル日記

◆スピリチュアル日記

◆神々様との御縁で頂く生活を綴ります。
アメブロ→goo→アメブロ
戻りました。
宜しくお願いします。

カトリック教会を出ている私。
これからは、日本の守りを祈りたい。
今ある命は瀬織津姫様から頂いたもの。
宝珠はスサノオ命様に取り戻して頂いた。

双方の神々様に申し訳ないながら、十字架上のキリストの御血の御加護を頂けた事を感謝した。

感謝の祈りの際、ビジョンを頂いた。
洗礼を受け私が信徒として長く通ったカトリック教会は、今は取り壊され新たな教会になっている。それでもビジョンは私の育った教会で、あの神聖で静かな懐かしい古い教会だった。
レデンプト―ル会:◯◯教会。ミサ前にロザリオや十字架の道行きをした思い出が甦り涙が出る。
聖堂の静けさ、清らかな空気、日々祈りすがった聖画。

嘗て、たった一度だけ美しいミサのビジョンの記憶があった。
平日の朝ミサで、聖堂に入るなり見せて頂いたビジョン。
床から6M程の高さに、既に天に召されている修道者が聖堂内の祭壇から末席方向の壁づたいにハの字に並び、共にミサに預かる為に多数勢揃いしていた。
神聖な美しいビジョンだった。
実際のミサ参加信者は10人程、ビジョンの修道者の方が多い位。聖堂の空間を一層神聖な清らかなものにしていた。
朝のミサは美しいものである事を真実見せて頂いた。

しかし、今の私は、あの清らかで神聖な世界には戻れない。それが悲しくもあり聖性を失った淋しさを感じた。


今の私の立場で主に御加護を願う事を申し訳なくお詫びをすると、慰めのお言葉を頂いた。
「教会を出ても、何時も見守っています。彼を優しく包む様に受け入れてあげて下さい。」
感謝しかなかった。

私の魂の土台は、カトリックによって育まれた。安楽には暮らせず、剥ぐように人としての希望や願いを潰される事で磨かれる魂もある。

若い頃、主(キリスト)に「何故結婚し子供を持ち普通の暮らしが出来ないのか」と嘆き尋ねた事があった。答えは・・

「貴方は、それでは満足しないだろう」と

結局は、自分で望んだ魂磨きだった事を今になって納得している。