社会に埋没して自分を見失う道もある。

自分を取り戻して社会に貢献する道もある。

人生には数多くの道があるように思える。

そして誰もがそれぞれの道を歩むに過ぎない。そこに何も問題はない。

ふと、いま自分は何をしたらよいのか。

と考える人たちも数多くいるようだが…

ひとりひとりの中にその答えは存在する。

それぞれの人生を否定も肯定もすることなく世の中に問い続けよう。

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何処までも言葉を取り扱う者の楽しみを超えない範疇で

「完全な存在は神のみ。人は不完全な存在」

という言葉に込められた矛盾の指摘をする。

 

 

 

完全な存在は神のみ。

これは、宇宙創造の絶対的な存在を指しているのだろうか。

そして、人間を創造した存在とは何か。

 

 

 

人間が人間を創造したとは思えないことから、

完全な神が大宇宙を創造したと云う前提、

且つ言葉遊びの範囲内で…

 

 

 

人は不完全な存在であるならば…

人間を創造した存在は不完全という理屈が可能になる。

 

 

 

その結論は不完全を創造した時点で完全な存在ではない

と云う言葉遊びが可能であり…

 

 

完全な存在は神のみと定義した時点で、

すべての存在に不完全は有り得ないと云う結論が導き出される。

 

 

とは言え…、

この言葉の持つ本質を察して、

いや、真髄を汲み取って少し精度を上げてみたいと思う。

 

 

 

 

 

 

完全なる存在は完全なる創造を行う。

この大宇宙を完全なる存在として創造するが、

その完全なる創造の中に人間と称するものを創造した。

 

 

ただし…

この創造は物質化現象のことであり

人間は五感を有する存在として創造された。

 

 

 

人間と位置付けて…

生きていくための制約条件を有しているだけのことである。

 

 

 

人間はすべての存在に対して

五感を用いて認識することが可能となっている。

 

 

 

ところが…

五感自体が認識力の限界になっていることから

人間が不完全と捉えられることは仕方ない。

 

 

 

 

だが…

その原点にあるものは「創造」と云う意識であることが重要である。

 

 

 

 

大宇宙創造の意識に拠って人間は存在する。

完全なる創造であれば人間も完全な存在。

すなわち意識と称する存在自体が「創造」を原点とする。

 

 

 

 

意識により現象化(物質化)させたことが原点であるならば、

ひとりひとりの人間がどのような存在なのかが分かるはずである。

 

 

 

 

たとえ五感の縛りが有っても人間は意識を有している。

その意識とは創造する力である。

 

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「内匠(頭)家来口上」の解読が、「忠臣蔵」の本質を明確にします。

永遠の忠臣蔵

「忠臣蔵」は、日本人の心の反映と言われ…

何故、三百年以上も称賛され続けたのかをここに記す。

目次ページ を設けています)

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永遠の忠臣蔵をベースに物語化

(元禄赤穂事件を基に構成されたフィクションです)

 

 

THE SOUL OF SAMURAI
『時を超えた男たち』
~元禄赤穂事件の大義~

公開告知

* ブログ連載は終了致しました!

 

一般販売用の小説作品は…

別途製本に拠り平成31年新春に販売を開始する予定です。

 

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