1960+(50代3人による暇つぶしのお供) -75ページ目

1960+(50代3人による暇つぶしのお供)

玉下奴郎とその仲間たち、計3人のブログ。 音楽、映画、書籍、時事などなど、50代(1960+世代と呼ぶ)にまつわる話題をつらつらと。「暇つぶしのお供」にどうぞ。

映画は、映画館で観るべき映画であるべきというのが僕の持論。
  (べきべき言っているなぁ・・・)

大画面を活かした画作り(えづくり)をした映画というと
おのずとハリウッドのアクション大作になってしまいがちだが、それでいいのだ。

ラブストーリーや感動モノは、大好きなのだが、
それは本で読んだり、あとからひとりこっそりDVDやBD(ブルーレイディスク)で観ればいい。
実際、こうして心置きなく大泣きした映画はたくさんある・・・

そして字幕が嫌い。
テレビやDVD/BDだと、ありがたいことに吹き替えがあるから画面に集中できるのだ。

では、「踊る・・・」シリーズなんて、どう?と言われる。
踊るシリーズは大好きで、ほとんどを観ているが、映画館には行っていない。
日本映画、特にテレビから派生する映画にありがちなのが、
「映画だから製作費をかけました」的なシーンが多くなること。
爆破シーン、空撮、海外ロケなどがそう。
ともすると必然性のない大がかりセット&ロケのオンパレードだったり。
しかも画作りでは・・・
数か月後のテレビやDVD/BDで充分楽しめる。
こうした意味で「天地明察」は、数か月後をとても楽しみにしている映画のひとつだ。


さて、やっと、007 スカイフォールである。
skyfall-fb-cover1.jpg

映画に関して、きちんと評価できる知見が少ないから
真面目な映画評を求める人はごめんなさい。

で、僕の基準として、この007 スカイフォールは大正解だった。

1億5000万ドルの製作費にふさわしい、これでもか的な画作りは
整合性がとれていない展開や時間軸なんて、なんのその。
能天気とも言える大画面の迫力で、日頃のうさを晴らしてくれる。

吹き替え版も上映されているが、
TOHOシネマズ六本木では、ちょうど字幕版だった。しかも最も大きなSCREEN 7。
字幕を読むための視線移動が大きいのが欠点だ。うむむ・・・
しかし007 スカイフォールは、セリフが少なかった!
なんてありがたい映画なんだ・・・

ダニエル・クレイグは、掛け値なしにかっこいい。
今作でボンドの過去が明らかになるが、そうした陰影を表現できる俳優だと思う。
ただ、僕のボンドは、ショーン・コネリー。
アウトローで、ちょっとエッチで、やんちゃな感じ。
ダニエル・クレイグのボンドは、そういったところがないことだけが残念だった。

Mを演じるジュディ・デンチ。
彼女の存在感は、誰もかなわない。素晴らしい。
77歳。網膜の病気で台本が読めなくなっているとは信じがたい。


最後に、吹き替え版は声優さんの実力に左右されることは言うまでもない。
ちなみに僕はトム・ハンクスの専属声優の江原正士さんの大ファンだ。
地味なビデオのナレーションで仕事をしていただいたことが何度かあるのだが、人柄も実力も超一級。
ロバート・ラングドン教授は、彼の声でしかありえない。
ロスト・シンボル、楽しみである。


  wrote by 1961_TM
一九六丸さんやランシンさんと違って、
実は余りクルマへの思い入れは強くない。

元々は小学生の時から近所のお兄ちゃん達がAUTO-BYに乗っており、
身近に当時の様々なBIKEを見ていた。
中学生の時に「WILD 7」という漫画に出会って単行本を揃えていた。
(昨年、まさかの映画化され、しかも深田恭子ちゃんが出演して驚いた!
 もちろん、劇場へ見に行きましたが...)

で、高校になって念願の原付免許取得。
学校が私立男子高校だったので、先輩でBIKEに乗ってきていたのもあり、
まず購入をしたのがYAMAHA MR50。
MR50.jpg
結果的に新車で購入をしたBIKEはこの1台だけ。

続いて中型免許を取得する前に、
近所のお兄ちゃんが乗っていたYAMAHA XS250 Specialを15万くらいで売ると言って、
「免許はないけど、アルバイトで払うから売ってください」と頼んで購入。
頑張って教習所で免許を取得して、通学にも遊びにも大活躍。
XS250.jpg

大学の頃はRear Sheetに背もたれをつけて、
Bass GuitarをくくりつけてSTUDIOへ行ったり、
空手の道場へ通ったり、アルバイトに出かけたり、
当時から付き合っていたかみさんを乗せて信州や伊豆へ行ったり...。


その次がHONDA GL400 WING。
2台目のAMERICAN STYLE。
GL400.jpg


そしてやはり限定解除をする前に友人がCB750 Exclusiveを5万で譲ると言ってくれたので、
即購入。
CB750four.jpg
さすがに鮫洲の試験場へ行かないと免許を取れなかった時代なので、
通うこと10回。とうとう念願の限定解除を取得したのが20代...。
(具体的な年齢は覚えていないけど)


そして現時点で我がBIKE歴の最後に乗っていたのが、
名車HONDA CB750F。
CB750F.jpg

今を去ること22年前。30歳の時にこのBIKEを当時の会社の上司に譲って以来、
自分の単車は持っていない。

そして此処にあげたMODELの数々は、それぞれ一世をを風靡しながら今は既に存在しない。

BLUEBIRDだってCIVICだってPIAZZAだって...。

MODEL名を消すのは一瞬。
でもその名前に青春を重ねて様々な思い出を残している人には、
寂しい選択である。

...ほとんど、玉下のBIKE遍歴でした...。


  wrote by 玉下奴郎
先日、宝くじ売り場を通りかかった時に、
オータムジャンボ20枚がバッグの中に眠っていることを思い出した。
抽選日が10月19日というから、1ヵ月以上も忘れていたことになる。

さっそく、調べてもらう。
いまは機械で調べるんだが、その機会を覗いた売り場のおばちゃんが、
「あんた、これ、すごいよ・・・」

なな、なに? も、も、もしや・・・
で、いただいた明細がこれ。
オータムジャンボS

半端な数字である。
しかしながら、このご時勢、4万円近い不労所得はありがたい。
それにしても半端な数字ではないか。

調べてみたら、サンキューオータム賞というのがあった。
オータムジャンボ確率

これによると、1枚の宝くじ券が、
2000分の1のサンキューオータム賞と、10分の1の5等の両方に該当していたことになる。
だから39300円というわけだ。
いままで宝くじに当たったことがない僕としては、破格の幸運。

どうせ当たるなら、1等が・・・とは言うまい。
通常の1等から5等ではない、特別枠というところが素晴らしい。
・・・ということにしよう。

豪徳寺の招福猫児(まねきねこ)
このブログで紹介したのが11月12日。
抽選日より後に、僕は入手したわけだが、そんなことも気にしない。
すべては、この招福猫児のおかげと感謝しよう。

ちなみにこの39600円は、まず年末ジャンボ20枚に使われ、
  (僕はいつも連番10枚+バラ10枚にしている)
残りは、子供たちのクリスマスとお年玉の原資に。
僕には何も残らないことと相成った。年末ジャンボに期待するしかない。

ありがとう、招福猫児!
年末ジャンボもよろしくね。


  wrote by 1961_TM
実は車の免許をとって最初に所有した車は「ブルバード910 2ドアハードトップ」だった。
確か中古で110万だったかなあ。
店頭で見つけ、「すげー、かっこいい!」と思って欲しくて欲しくてたまらなかった。
TVCMの内容はすっかり忘れていたけど、沢田研二の「ブルーバード、お前の時代だ」は
30年経ってもしっかり覚えている。
そもそも、まさに沢田研二の時代だった。
その沢田研二が褒め称えたのがブルーバード、
そりゃかっこいいわけだ。
しかもこの2ドアハードトップのシルエットがすばらしく美しかった。
大学生の自分にとってこの車は、運転する自分をまさに「俺の時代だ」と思いこませ、
気持ちよく勘違いさせ、騙してくれた。

そういえば、「GORO」とか「スコラ」とか「ホットドッグプレス」とか今はすっかり忘れられた雑誌たちも、
この時代には、「女子大生が乗りたいクルマ ベスト10」とか
「彼氏が所有して欲しいクルマ ベスト10」などクルマは特集の柱のひとつだった。

そう1960+世代にとって、クルマは大事な自己表現のアイテムだった。
これを羽織ったら必ず女の子にモテる!
と、おもいっきり勘違いさせてくれる最高の自己表現アイテムだった。
(まあ、それこそ自己満足なんだけど)

今やそんな時代の車の位置づけはすっかり変わり、まったくクルマに興味関心がなくなっている。
それは年齢的なことが大きいと思うが、クルマが単なる移動ツール、エコツールになってしまい、
デザインや徹底的な走行性能(燃費では無くて)の商品ではなくなってしまったこともその理由だ。

なので、個人的には、「ブルーバード」という車名がなくなること自体に、
寂しいとか残念だとか思う以前に関心さえない自分が一番悲しい。
もう少し前ならきっと実家の倉庫から写真を取り出して世代の仲間たちと会話したのだろうけど。

時代はどんどん変わるんだなあ。
ブルーバードのように商品名がなくなるくらいならまだしも、
慣れ親しんだ「SANYO]とか企業(名)がなくなる時代だもの。
これからもどんどんなくなるものがあるはずだ。そのたびに僕らは過去を思い出すんだろう。
僕らにはまだまだ未来があるはずなのに。


ああ、諸行無常。

  wrote by ランシン
Blogの2大特性。
それは“徒然なるままに”と“即時性”だと思う。

つい先日、徒然なるままに“Jon Coltrane”についてのBlogを書いた。
(個人的には、あの朝の前日にBLUE TRAINについて書きたくなった即時性があったんだが...)

今日、飛び込んできた訃報。
デイヴ・ブルーベック...。

(更にはJ.D. サリンジャーもだが、それはまた別の機会に...)

デイヴ・ブルーベックという名前を知らない方は多いと思う。
1960+世代に限らず、マイルスやコルトレーンに比べると、知名度的に不利なのは仕方がない。

でもこの曲を一度も耳にしたことがない1960+世代は、余りいないと確信する。

TAKE 5 / THE DAVE BRUBECKQUARTET

DrumsのリズムからPianoが絡み、Alto SaxによるThemeが演奏されると、
実は5拍子という変則的なRythmにもかかわらず、体が自然に揺れる!!
Take5.jpg

このPianistがDave Brubeck。

本来、拍子の基本はMarch(行進曲)に代表される2拍子と、
Waltz(円舞曲)に代表される3拍子があったとされる。
次第に2拍子は4拍子のVariationを有し3拍子は6拍子へ派生した。
従って次の素数に当たる5や7は、人間が自然に営むRythmからは、なかなか生まれにくかった。
しかしこれはあくまでもEuropeでのClassic、つまり楽典としての解釈。
いわゆるAfro文化圏では“理屈なんて知らねぇ”、
“俺たちゃ自然に体が揺れるのさ”なノリで、いわゆる変拍子も自然に存在をしていたようである。

で、JAZZ...!

音楽をLogicalに捉えると、この曲のDrumsのIntro.からして
「あれ、3拍子でも4拍子でもないじゃん...」

強いてCountするなら3+2拍子。
Pianoの“スチャン、スチャ”が3拍子で、“チャン、チャン”が2拍子。

でも音楽は楽典や理屈で楽しむモノではないので、
大切なのはこのCoooooooooooooolなAlto SaxのMelodyで揺れるか否か。
(このAlto Saxは「Take 5」の作曲者のPaul Desmond)

楽曲のTitleは「Take 5」。
英語で“5分、取ろう”、つまり“ちょっと、5分くらい休憩しようや”くらいの意味。
それに5拍子を引っ掛けている。
ちなみにこの曲自体が5分強でもあるから、
彼らにしたらこの曲の演奏自体が休憩になっていたのだろうか?

我々1960+世代だと武田薬品の“アリナミンV”のCMで耳馴染みの人も多い。


疲れた身体や心を癒してくれたDave Brubeck。

2012年12月5日にConnecticut州の病院にて昇天。
91歳...。

合掌。

   wrote by 玉下奴郎
12月5日、日産から新型「シルフィ」が発表された。
これを機に「ブルーバード」という車名が消えることになる。

記事を抜粋引用すると、
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日産自動車は5日、セダン「ブルーバード・シルフィ」を「シルフィ」に改め、7年ぶりに全面改良して発売した。
「上質とくつろぎ」をコンセプトに、「退職世代の夫婦」を主なユーザー層として狙う。
昭和34年の「ダットサン・ブルーバード」発売から半世紀にわたり、日産を代表してきた伝統の車名
「ブルーバード」が役目を終えた。
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僕は別段日産ファンではないが、先日書いた「愛のスカイライン」しかり、
僕ら1960+の世代の憧れは日産車が多かったように思う。
がんばれ日産、いまのテイタラクは何だ!とお嘆きの諸兄は多いのではないだろうか。

ブルーバードU。
これは610型系と呼ばれた4代目で1971年の発売というから、僕は小学校の高学年。
叔父がこの「ブルーバードU」に乗って、よくうちに遊びに来てくれたのだ。
しかもボディカラーはイエロー。
なんてかっこいいんだろうと、叔父が来るのを楽しみにしていたものだった。

その後の6代目 910型系では、沢田研二を起用して「ブルーバード、お前の時代だ」と言わせた。

うへぇ、「ザ・スーパースター 新型ブルーバード」だって・・・
いま観ると、たまらん・・・(いろんな意味で)・・・

8代目 U12型系は、当時先進の四輪駆動と言われた
センターデフ式フルタイム4WDシステムの「ATTESA(アテーサ)」が、
四駆は雪道だけじゃないんだぜぇ的スポーツセダンとして注目されたと記憶している。
ちなみに、ものすごーく燃費が悪いという評判もついていたが・・・
さらにちなみにこの「ATTESA」の技術は、日産ではなくホンダで発展し、
レジェンドで初採用されたSH-AWDに結実していく。
やっぱり燃費はほめられたものではなかったが、このレジェンドの走りは素晴らしい。
できれば、欲しいクルマのひとつ。

そんなこんな、クルマのことを書いているとキリがない。
そう、さよならブルーバードなのだ。

古いものは消えていくことが多いが、それを嘆いてもはじまらないし、
日産を責める気もさらさらない。

ただブルーバードという名を捨てなければならない状況をつくったのは
僕たちユーザーではない。
それはブルーバードの初代から10代目、そしてブルーバードシルフィと
そのデザインと性能を見れば明らかだ。

だって、新型シルフィ、「退職世代の夫婦」を主なユーザー層として狙うって・・・
そう言われて喜んでシルフィを買う人、いる?

あ、やっぱり嘆いているな、おれ・・・
さよならブルーバードなんて言いたくないもんなぁ。


  wrote by 1961_TM
JAZZ SAX PLYER、JOHN COLTRANE。

JAZZ界ではMILESに続くくらい(個人的な好みでは“並ぶ”と評したいけど)の、
人気かつ重要なMUSICIANである。

男性俳優で木村拓哉を好きというと、なんだか恥ずかしい風潮がある。
実際には人気があって視聴率も取れるし好感度も高いのに、
彼を好きだと言うと言った人間が没個性的に見られる恐れがあるからだろうか?

「へぇ、ジャズを聴くんだ?例えば誰が好きなの?」
「う~ん、マイルスとかコルトレーンかなぁ...」

なかなかこういう会話は聞かない。
高校生や大学生なら成立するかもしれないけど、
1960+世代だとこの答えにはもう少しMAJOR過ぎない名前を挙げたくなる。

でも本音は、というか実際に多くの頻度で聴くALBUMは限られる。

玉下がほとんど予備知識をもたない時代にであったALBUM。
それはCOLTRANEの「Blue Train」である。
John coltraine2

JAZZの名門“BLUE NOTE”に彼が残した唯一のALBUM。
発売は1957年。
COLTRANEが31歳の時に、やはりJAZZの名門“Prestige Records”と契約をしてしまう。
しかしその直前にBLUE NOTEの創始者Alfred Lionとの約束を果たすために、
一枚のALBUMを録音した。
それがこの傑作「BLUE TRAIN」である。

TITLEが洒落ている。
彼の愛称は“TRANE”。しかしALBUMのTITLEは“TRAIN”。
LABEL名の“BLUE”を冠して、自身の愛称も入れ込んでALBUN TITLEとしている。
物憂げな表情と、写真の色調。

若い頃に漠然と抱いていたJAZZの空気感を見事に表現したJACKETだと思う。

音楽は...。

mmm...。

なかなか言葉では表現しきれない。
(なにしろ、今は朝の8時過ぎなので...)

また改めて、夜中に呑みながら書いてみます。


   wrote by 玉下奴郎
週末、大学時代に最も親しくしていた友人Sから電話があった。
僕が出した年賀欠礼はがきを見たからだという。

僕の父が亡くなったのは夏だったが、知らせていなかったのだ。
大学のときに僕の田舎に泊まったりしたこともあり、
「あのオヤジさんが・・・」

実はSと話すのは何年かぶりのこと。
にもかかわらず、30年前から続く同じ口調とテンポで
日々の疎遠を感じさせない会話が続いた。

あぁやっぱりこういう友はありがたいなぁ。
学生の頃、連絡をしないと「お前、友達じゃない」なんて言われたことがあったが
Sは昨日会おうが、3年ぶりに会おうが、まったく変わらない。

こうして書いていると、一緒に毎日のように深夜バイトをしたこと。
クルマで1週間以上も旅をしたことなど、記憶がどんどんよみがえる。
親たちが、同級生に会ったとき、妙に子供っぽくはしゃいでいた理由がわかる。

そんな経験を1年で1回、小さく経験させてくれるのが年賀状。
友人、兄弟・親戚、先輩・後輩、会社関係者・・・
ほんの数秒で読み終わってしまう小さな知らせであっても
なんとなくホッとしたりする。
  (もちろん定型モノや義理もあるけれど)
「近いうちに飲もう」が何年も果たせないことが多くても
その一筆だけでもうれしかったりするのだ。

ところが近年増えるのが、年賀欠礼はがき。
そういう年頃になったのだと実感させられる。
年賀欠礼

めんどくさいと思ったりもする年賀状も、
いざ出せないとなると物足りなく感じている。
1年後、ちゃんと年賀状、つくろうっと。

ちなみに先ほどのSくん。
いま、年賀状をつくっていいかどうかが悩み。
「年を越せるかどうか」という状況なのだという。(もちろん彼自身ではない)
そういう悩みもまた1960+世代らしいのかもしれない。


  wrote by 1961_TM
“焼きラーメン”と“つゆ焼きそば” の後半、“つゆ焼きそば”篇です。

ところは変わって北品川。

JR品川駅よりも南に位置するのに、京浜急行の駅名は何故か北品川。
ここは元々、明治時代に「品川駅」として開業し、
エリアとして“品川”の北部にあったので、大正時代に「北品川駅」に改称位をした由緒のある駅。
JR品川駅が実際には港区にあるのとは違い、正真正銘の品川にある駅です。
江戸時代は東海道で日本橋から一つ目の宿場として栄えた町でもあります。

北品川の駅を降りると、今の感覚で見ると圧倒的に狭い道幅の商店街。
これが江戸時代には宿場や飯場やホニャララで大賑わいだったんですね。
hiroshige014.jpg
(安藤広重作「東海道五十三次」より“品川”)

で、このエリアには素敵な飲み屋さんや天ぷら屋さんや鰻屋さんやお蕎麦屋さんが、
そここに現存しています。
(残念ながら最近は老舗のお店がすこしづつ閉店をしてしまっていますが...)

この東海道=北品川商店街も、ご多分ぬいもれず路地と路地裏も充実しています。

今回のお店「十三屋」は、まさに商店街の路地裏にあります。
http://tabelog.com/tokyo/A1314/A131405/13034060/

路地を曲がるとスナックの看板が沢山立ち並ぶ間に、半ばバラックのような居酒屋が紛れている。
  (大げさではなく、外観はちょっと心配になるくらい寂れています)
それが今回紹介をする「十三屋」。

ご主人は60歳手前のおじさん。
40過ぎまで品川でIT関係のサラリーマンをされていたのが、
一念発起していきなりこの場所で飲食=居酒屋を始めたそうです。
以来10年以上の歳月でお店のMENUはおつまみ系だけでなく、
麺類だけでも蕎麦・うどん・ラーメン・パスタ...。
料理の国籍も和食・上海・南米・イタリア...。
とにかく雑多。
ご主人が興味があると試しに作ってMENUに組み込んで...
と10数年で進化したバリエーションだそうです。

閑話休題...。

そんなご主人の出身地、青森県黒石市発祥のご当地麺だそうです。

注文をすると、先ずは右側のコンロに雪平鍋をかけて、
だし汁に醤油をドボドボと注いでラーメンのスープを作ります。

その間に左側のコンロにかけたフライパンで、ざく切りのキャベツやモヤシや豚ひき肉を炒めて、
そこに太麺の焼きそばを投入。
少し水を加えて火に馴染んだところで、焼きそばソースをダバダバと注入。

あっという間に、焼きそばが完成。

不思議なのがここから。

出来たての焼きそばを盛り付けるのは、普通は平皿。
なのにご主人が取り出したのは、ラーメンの丼。
これに出来たての焼きそばを盛り付けた方と思うと、
先ほど作っていたラーメンのスープ(醤油味)をぶっかける。

最後に紅しょうがを散らして、出来上がり。
20121129_しる焼きそば

先ずは最も気になる、「これはラーメンか?焼きそばか?」...。

人によって答えは違うだろうが、玉下の結論は「焼きそば味のラーメン」でした。

不思議なのが、スープの味。
醤油の味もソースの味も、不思議なバランスで両立をしているんです。
どちらも立っている。
でもどちらも相手を殺していない。
喧嘩をしていない。
ちゃんと“俺がソースだ”“僕が醤油だ”と自己主張をしながら、相手の味を立てている。

ご主人が目の前で醤油やソースをメジャーで測って入れているのではなく、
あくまでも両方とも豪快にダバダバのドボドボ..。

それでこの味。

余談ですが、あくまでもこのお店は居酒屋さん。
2010年に某バラエティでこの“つゆ焼きそば”が紹介されて、
大勢のお客さんがこれだけを食べに殺到した時期があったそうです。
でも次第にこれ単品だけを頼んで帰るお客が増え、
居酒屋のご常連客がお店に入れなくなる事態が起きてからは、
“つゆ焼きそば”だけを目当てに来るお客を断るようにし、
半年もしたら元の落ち着いた居酒屋に戻ったそうです。

ご興味がある方も、ぜひお酒とか他のMENUも頼んだ上で、お試しください。

食べログのほかの方の投稿にMENUの写真も掲載されていますが、
安い・早い・美味い!加えて、とにかく独創的な料理が多くて楽しめます。


  wrote by 玉下奴郎
夜、クルマを走らせるのがだんだん嫌になってきた。
怖くなってきた、と言ったほうが正確かもしれない。
  (前は音楽を聴きながらの夜のドライブ、好きだったのになぁ)

1960+世代である僕たちで、まだ老眼に悩んでいない人はどれくらいいるのだろうか。
もちろん僕も例外ではなく、1年ほど前から老眼鏡である。
そのせいか、単なる年齢による運動神経の低下のせいか、
夜の視界がクリアでなくなってきた。

工事現場や工場、医療の世界などで、「ヒヤリハット」という言葉がある。
  ※重大な災害や事故には至らないものの、直結してもおかしくない一歩手前の事例の発見をいう。
   文字通り、「突発的な事象やミスにヒヤリとしたり、ハッとしたりするもの」である。(Wikipediaより)

そう、この「ヒヤリハット」が夜道のドライブで増えているような気がしてならないのだ。
僕は黒系の濃い色の服を着ることが多いが、
年配の方が反射素材が入っているジャンバーを着ているのを見ると、思わず「ありがとう」と言いたくなる。
(まだ着たくないけど)

さて、やっと本題。
フォグランプである。
雨や霧の時、視認性と被視認性を確保してくれる。
視界が悪い状況下で「見る、見られる、いい運転」のための照明装備だ。

が、しかし!フツーの天候でもフォグランプを点灯しているクルマの、なんと多いことか。
目が弱っているこちらとしては、眩しくて、かえってアブナイ。
「ヒヤリハット」を減らすどころか、逆に増やしているぞ。

若い頃は、ラリーカーの真似をして自分で付けたりしたものだが、
いまは特に高級車(いつかは●●のセダンとか、でっかい高級ミニバンなどなど)では
標準装備が多くなっている。
そういうクルマがいつも「うりゃあ、どけどけっ!」って感じで
ヘッドライト&フォグランプ全開で走っていること、多いと思いません?
フォグランプ
                                (こんな感じ)

もっと迷惑なのがリアのフォグランプ。
視界が悪い時に、後ろのクルマに「ここにいるよー」と伝えて、追突を防ぐのを目的としている。
これはヨーロッパ車に多く、日本車では寒冷地仕様車にオプションで設定されているくらいかな。

「前のドイツ車、変なところに1個あるブレーキランプが点きっぱなしじゃん」と思ったことがあったら、
それがリアフォグランプ。
リアフォグランプ
                                (こんな感じ)
これを普通の夜に点けて走られると、後続車としては、けっこう眩しい。
ずっと眩しいから追い越したくなるが、なかなか抜けるものではないから迷惑千万。

もしかしたらリアフォグランプとは知らずに、
ずっとスイッチONのままの人もいるかもしれないなぁ。
ヨーロッパ車に乗っているあなた、リアフォグランプ、知ってます?


視力が弱った年配者がフォグランプをつけて明るく走りたい気持ちはわかる。
でもやっぱり雨や霧の時以外に点灯するのは、やめて。やめましょう。やめてください。
対向車の迷惑を考えてね。

もしも「うりぁうりゃ、オレ、フォグ付いてんだぜ、かっけーだろ」と思って点灯しているとしたら・・・
若いころの僕だったら、思いっきりハイビームを浴びせたかも。
でもそういうドライビング・マナーを知らない人こそ、
なんで自分がハイビームやパッシングされたのかすらわかんないんだろうけど。

そして、リアフォグランプ。
都内や首都高速で点けているって、ほんと呆れるしかないでしょ。


  wrote by 今日は不機嫌・説教モードの1961_TMでした。