1960+(50代3人による暇つぶしのお供) -64ページ目

1960+(50代3人による暇つぶしのお供)

玉下奴郎とその仲間たち、計3人のブログ。 音楽、映画、書籍、時事などなど、50代(1960+世代と呼ぶ)にまつわる話題をつらつらと。「暇つぶしのお供」にどうぞ。

ここ2ヶ月ほど一緒に仕事をしている代理店さんの女性。
恐らく30歳前後だと思う。
服装はキチンとして好感を持てるんだけど、もう見事なくらい仕事が出来ない。

約束の時間に現れない。
来ても会議室の前で延々と携帯で電話をしている。
で、遅れてきても悪びれない。
頼んだ事が出来ていない。
資料とか連絡とか手配とか、一切出来ていない。
で、当然そういう事でも悪びれない。
ビジネス文書のメールが打てない。
当然、ビジネス文書の書類も作成できない。
誤字脱字のレベルではなく、主語と述語も危うい。
事前にお願いしていた現場での根回しとかも出来ていない。
挙句の果てにその現場で
“では玉下さん、先方の担当者を紹介しますので直接やり取りをしてください”
と言い残して別の現場へ去っていってしまう...。

当然お仕事で付き合っているので上司にクレームを入れても、
上司曰く“そうなんですよね、我々も困っちゃうんです...”

繰り返すけど、もう見事なくらい仕事が出来ない。

幸か不幸か玉下の立場はクライアントではないので、その代理店さんにお金を払う立場ではない。
もしそうなら取引をしなければ良いだけの事。

なので、なんやかんや思いながらも仕事を前に進める為に我々が動く。
結果的に仕事は前に進む。
そうすると彼女には全く問題意識が生まれず、ひとつの現場が(ひとつの案件が)完了する。

それにしてもここまでの出来の悪さでも、何らかの取り柄があってこの代理店さんも彼女を雇用しているんだろう。
世の中には我々が想像もつかない出来事がたくさんあるんだから...。

閑話休題。

そんなイライラした日々を送っている時に、ふと気づいた事がある。
彼女の発音である。いや、発声と言ったほうが良いかも...。

“い”がほとんど聞き取れない。

「はい」は「はぁ...」になり、「いえ」は「えぇ」になる。
「そんな事、ないです」が「そんな事、なぁです」に聞こえる。

試しに声に出してみてください。
声に出してみたくない日本語。
全く緊張感のない会話になります。

これ、気にすると電車の中での若者の会話で良く耳にする...。
でも友達同士の会話でユル~ク話をするのならいざ知らず、少なくともビジネスの場面では違うだろ!

そんなストレスを抱えながら(他にもストレスはあるけど)の2ヶ月でした。
言葉の乱れ以前の問題なんだよなぁ...。


   wrote by 玉下奴郎

代理店OLイメージ (玉下さん、その彼女、こんなイメージ?・・・な、わけないか・・・ by 編集人)
ソウルフード(英語:soul food)とは、アメリカ合衆国南部で奴隷制を通して生まれた、アフリカ系アメリカ人の伝統料理の総称である。「ソウルフード」という名称が定着したのは、アフリカ系アメリカ人に関する事柄を指すのに「ソウル」(「魂」)という言葉がよく用いられるようになった1960年代半ば頃である。 (Wikipediaより)


僕たちがソウルフードというときは、自分の出身地独特の料理を指すことが多いのではないだろうか。
郷土料理であったり、実家の田舎料理であったり。

そんなソウルフードは僕もたくさんあるが、どうしても1品選べと言われたら、これ。
しょうゆの実 「しょうゆのみ」という。

フードというより、食材、調味料といったほうが正しいかもしれない。
大豆を主体に、米、麦などで麹にし、生醤油で仕込んで発酵させたもろみ味噌のようなもの。
「食べる醤油」といったらわかりやすいかな。
最近、テレビ朝日のスマステテーションで「最新ご当地調味料&ご飯の友ランキング」で1位になるなど、
マスコミに取り上げられたりもしているらしい。

食にまったくといっていいほどこだわりがない僕だけど、
冷蔵庫の中に、この「しょうゆのみ」がないと、いや、なくなることはない。
なくなりそうになると、いや、なくなりそうになる、という事態も発生したためしがない。
必ずストックが数袋ある。
帰省した折、田舎から荷物が送られてくる際に、必ず補充するからだ。

この「しょうゆのみ」、いくつかのメーカーがあるが、
僕はこの「高長」という醤油屋さんのものでなければいけない。
「高長」一途50年余なのだ。
 (いや1度だけ他のメーカーに浮気したことがあったな・・・許せ、高長さん)

もっともシンプルな食べ方は、炊き立てのごはんにそのまま。何膳でもいける。
乗り佃煮や明太子といえども、これには及ばない。
そのほか、冷奴、もろキュウ、TKG(卵かけごはん)、
さらに僕は赤飯にもごま塩ではなく、この「しょうゆのみ」を使う。

そして、これが僕の「至高の朝ごはん」。
納豆たまごかけごはん

納豆+生卵という定番中の定番の組み合わせに、塩昆布を少々。
納豆に付いているたれを使わずに「しょうゆのみ」を入れて、ぐるぐる掻き混ぜ、炊き立てのごはんにのせる。
納豆より、少し薄い色の大豆がおわかりいただけるだろうか。それが「しょうゆのみ」。
同じ大豆同士だからか絶妙なコンビネーション。
ちなみにごはんは、魚沼産こしひかり。(これだけは自慢できる)

普段はコーヒー1杯だけの朝食だけど、休日は「しょうゆのみ」に限るね。

みなさんのソウルフードを教えてください。
僕のようなジャンクフード系、大歓迎です!


  wrote by 1961_TM
桜の開花がいつもより早く、東京はこの土日が見ごろらしい。
今日は気候も良くて絶好の花見日和だろう、きっと。
陽気のせいでもあるのか、今日の築地市場はいつもよりさらに混雑しているように感じる。
まあ、土曜日ということもあってなおさらなんだけど。

今日あたりは、久しぶりに場内の寿司でも食べて、期待されるだろう築地=寿司の王道ブログにしようか
と思ったが、行ってびっくり。
半端じゃない行列。人の数。これじゃあ二時間並んでも寿司にありつけるわけないと判断、もうひとつの王道、
洋食を食べることにした。

豊ちゃん。
なんともかわいらしい店名のくせして、料理はがっつりの男飯、いや河岸飯。
カウンター席しかないので、「街の洋食屋さん」というには程遠いけれど、
その味はそこらあたりの洋食屋の遥か上をいく。
僕も2年ぶりくらいの訪問となったけれど、若かりし日は「徹夜明けの井上」に並ぶ「昼飯の豊ちゃん」として
築地では一番訪れたお店だ。

この店の黄金メニューは「オムハヤシライス」。
白いご飯にオムレツがのってその上からハヤシのルーがかかってるだけのシンプルな料理。
「オムハヤシ!」と注文すると、「あいよ!」って感じで、オムレツが作られルーがかけられ目の前にでてくる。
吉野家ほどではないが、出てくるスピードも驚くべき特徴。
豊ちゃん_オムハヤシ

オムレツはたぶん卵三個分ほどでつくったなんともトローリとした絶妙なかげんで、
その上にかかるハヤシのルーとの相性は抜群。
いっきに、白(ライス)黄(オムレツ)茶(ハヤシ)緑(キャベツ)を口にがっつり。
旨いぜ!

銀座や日本橋のいわゆる洋食屋のオムライスの上品な姿や味とは対照的な、ワイルドで大胆なミテクレとアジ。
「喰らうオムライス!」って感じか。
それは、河岸で働く粋なにいちゃんやおっちゃんとシンクロするかっこよさ、深み。
「ごちそうさまっ!」って
はだかの千円札と50円玉を平らげた皿の隣に無造作において店を出る河岸ならではのかっこよさよ。
まさに築地の作法。
こんな店ちょっと無いよ。
豊ちゃん

若かりし日と、味も接客も変わらない。
唯一違う光景は、隣の寿司屋に並ぶ半端ない人数と、
僕らの頃は店に入るに必ず列をなして時間待ちをしていたのに
今ではすんなりと入れてしまう豊ちゃんの店の前。

何度も言うけど、築地は寿司だけじゃない!


カテゴリー
スライド11  wrote by ランシン

【本日の記録】 体重73.3kg 血圧:上146 下103
これを書いているのが3月20日、春分の日。
桜の開花宣言もされ、いよいよ春本番。
私事ながら、娘がこの4月から大学に進学する。 合格通知2

ありがたいことに何とか受験が失敗に終わることはなく、希望の教育学部に進むことになった。
ちなみにその大学は僕と同じ!
まさか親子で同じ大学になろうとは、つゆとも思っていなかった。(学部は違うけど)
東大、早慶のような名門だったり、地元の大学ならわかるが、決してそうではなく、
センター試験を終え、なんとかなりそうなレベルの学部を探したら、たまたまそこだったというのが実情なのだが。

4月に入ると入学式がある。
僕も30年以上前の同時期に入学式を迎えた。内容などはほとんど忘れてしまっているが、
唯一、強烈な印象として残っているのが「桜」だ。
さくらイメージ

田舎から慌ただしく上京・引っ越しを終え、落ち着く間もなく迎えた入学式。
まだ知人・友人もいなかった僕の目に映ったのは、満開の桜。

これまで度々書いてきたけど、僕は雪国の出身。
桜が咲くのは5月。今年もゴールデンウイークに帰省すれば桜の盛りとなるはずだ。
そんな田舎では、4月は桜の季節ではなく、
「入学式+桜」という構図は、絵本やテレビ・映画の中の“絵空事”でしかなかった。

桜舞い散る広大なキャンパス。
生まれて初めて経験した「入学式+桜」だった。


入学式前に娘と二人で帰省する。
さて、クルマの中でどんな話をしようか。先輩面するのもヘンだしなぁ。
ちなみに田舎はまだ2メートル近い残雪だそうな・・・


  wrote by 1961_TM
日本郵便が、再開発の旧東京中央郵便局のJPタワー内に、21日「KITTE」を開業した。
KITTE.jpg

地上の6F、全店舗数約100店舗近くからなる大型商業施設の誕生らしい。
益々東京駅周辺は賑やかになることだろう。

けれど我々の世代には、渋谷や新宿や六本木と同様の開発がなされ、どこも同じような店構えにしかみえない。
何がちゃうの?と思わず叫びたくなる。
郵便事業の思いをコンセプトに込めたとのことだが、施設のどこが?って首を傾げてしまうよ。

そもそも、この「KITTE]のネーミングそのものが、「切手」と「来て」を併せ持つ名前なんだろうけど
(あまりにもわかりやすい)
この名を付けるのならもっと、この何に恥じない中身にしてもらいたかったぜ。

なぜなら、「切手」にはたぶん1960+世代の以上の方には特別な思いがあるから。「来て」では済まされんよ。

「切手」
1960+世代はこの言葉を聞いて、
「月に雁」「見返り美人」とか「ビードロを吹く女」とか国体シリーズとか国際文通週間シリーズとか、
だれもがすぐに反応するはずだ。
小学生の頃、切手収集に誰もが夢中になって、お互いの切手交換をしていたし、
僕なんか田舎に住んでたもんだから通販で「二光照会」(だったかな)に、
小遣いをはたいて現金書留で郵送し、どうしてもほしい切手を手に入れ、友達に自慢していた。
(2年前、ある切手商で「ビードロを吹く女」を900円ほどで手に入れました。(むちゃ、安い!)
 すぐに同世代の友人に自慢しました、そのひとりが玉下さんですが。)
 (←編集人注:「ビードロを吹く女」のイメージ)

今や東京駅は、当時の姿に復元されとても個性的で日本中の数ある駅の中でも、
もっとも美しい駅の一つになったにはず。
そんな思いで、再開発してほしいなあ。
JPタワーが、せっかく地上5階までの局舎の一部を保存し再生したんだから、
しかも「KITTE」なんてネーミングするんなら、
過去の日本の切手を一同に見ることのできる「切手博物館」をビル内に持つとか併設してほしかった。

切手にはその時代の風景や思い出が必ずある。
けれど、僕らは切手を懐かしむだけでなく、その存在を追いやった今の時代の高度化にも驚くに違いない。
それはまさに日本郵便という会社の進化そのものを実感するはず。
なのに、つまんないどこにもありそうな商業施設にしちゃって。
せめて「KITEE」でなければ何も感じなかったんだけどね。

「切手」については別途今度じっくり話してみたい。
そんなきっかけになった「KITTE」の開業ニュースだった。


  wrote by ランシン

【本日の記録】 体重73.1kg 血圧:上155 下104
いかん・・・22日分の原稿がない・・・
そんな時は筆休めに限る。
といっても、それなりの内容でないと・・・

ネタに困って3月22日は、何の日か調べてみた。(便利だぞ、Wikipedia)

おお、これだ!


1963年3月22日は、BEATLES初のアルバム「PLEASE PLEASE ME」が発売された日。

ん?だからどうしたと、つっこまれそうですが、
つまった時の筆休めとお許しください。

1960+世代はもちろん、
世界のミュージックシーンに影響を与えたBEATLES初のアルバムの誕生日ということで。
  (BEATLESについては、きっと玉下さんが書いてくれる・・・と期待しつつ)
ではまた明日!

・・・ついでに予告。
   明日23日は、ランシンさんの『日本郵便「KITTE」開業に思う』。
   24日は、僕が書いた『桜咲く入学式』です。
   読んでくださいね。


  wrote by 1961_TM
TOYOTAの満額回答に続いて、HONDAがF1復帰を検討しているというニュース。
景気回復を予感させる明るい話題として取り上げられた。

そこで思い出すのが、エコポイント、そしてエコカー補助金と減税だ。
テレビを買い替えようか、クルマを買い替えようかと思った人、
実際に買い替えた人は多いと思う。
僕も古いブラウン管から、ようやく液晶テレビに替えることができた。

そこでこんな図を作ってみた。
エコポイントとエコカー減税01

どんなに買いたくても買えなかった人って、きっと多かったんだろうな。

それを企業からみると、こうなるのではないだろうか。
エコポイントとエコカー減税02

テレビやクルマを買えなかった人も、
その補助制度の恩恵を受けなかった会社も、税金はちゃんと納付しているはず。
どちらも政府が税金を使って実施した制度なんだけどね。

TOYOTAの満額回答とHONDAのF1復帰のニュースを受けて、
あらためて、「何かちょっと不公平な制度だったような」と思う僕は遅すぎるのか・・・

テレビの部品は、海外からの調達が多い・・・ということは、二次的に恩恵を受けた会社は
日本ではなく、海外の会社が多かったということにならないか?

ううむ、よくわからん。
とにもかくにも、クルマ業界は復活の気配だが、(ほとんどが円安のおかげかもしれないけど)
テレビをはじめとする家電業界は、いまだ低迷が続いている。

どちらもMade in Japan。がんばってほしいぞ!


  wrote by 1961_TM
3月15日に19610_TMさんが書いたブログ『スネークマンショー、知らないの?』。スネークマンショー


玉下は当時、ニッポン放送の「欣ドン」とラジオ関東の「スネークマンショー」を愛聴していた。
でも「欽ドン」がその後にテレビ番組でゴールデンタイムに進出した一方で、
はっきり言って「スネークマンショー」はあくまでもマイノリティが愛するサブカル。
ややもすするとスノッブな香りがしていた。

何しろ学校で友人にコントを説明しても面白さは半分も伝わらず、
かと言ってタイマー録音してラジオを聴く奴なんかいないから、こればっかりはラジオ関東を聴くしかない...。

それがいきなりメジャーなシーンに躍り出たのが、YMOの4枚目のアルバム「増殖 - X∞Multiplies」だった。


1980年6月5日発売!玉下19歳の夏前です。
なんとオリコン・アルバム・チャート1位獲得。

これで「スネークマンショー」をラジオで聴いたことがない若者に、
あっという間にブラックでスノッブな笑いが広がっていきました。

当時、高校時代の同級生の一人が千葉の鵜原に別荘を持っていて、
毎年夏には7~8名で1週間くらい海水浴を目的で泊まりにいっていた。
男子校出身の我々は間違っても海岸でナンパなどという芸当が出来ないので、
本気で泳いでいたんですよ!遠泳なんかしたりして...。

で、誰かがこの「増殖 - X∞Multiplies」をカセットに録音してきて、
昼寝の時とか夜に飲んでいる時に延々と繰り返し繰り返し聴いていました。

想像がつくと思うけど、19歳の小僧たちが酒に酔って男だけで集まっていると、
ちょっとした事でもゲラゲラ笑うわけです。
合法的にトリップしているのと同じ状態ですね。

いや、未成年だから合法的ではないか...。

とにかくそんな状態で、
“だ、だぁれぇ~?”とか“Do you understand, Mr. 大平?”とか、
“日本は、イイ国だなぁ~”とかを繰り返し繰り返し...。
誰かが小林克也さんお真似をすれば、誰かが伊武さんの真似をする。
誰かが林家三平になれば、誰かがFuckin'を連呼する。

そして翌年の1981年には遂にLP「SNAKEMAN SHOW」、通称“急いで口で吸え”発売。
このYMO人気で火が付いたスネークマンショーは、とうとう独り立ちでメジャーに躍り出たんです。


あまり知られていないけど、スネークマンショーのDVDがあるんです。

これは小林克也さんが抜けていた時に、伊武さんと桑原茂一さんが中心に制作されたんですが、
まだ口ひげのない大竹まことや早稲田の学生だったいとうせいこうの姿も観られます。
長いことVHSだけしか発売されていなくて末端価格が数万円だったんだけど、
DVDで復刻したので玉下はやっと伝説の映像を鑑賞できました!


「増殖 - X∞Multiplies」から話が逸れちゃったけど、このDVDも必見です!


 wrote by 玉下奴郎
既に新聞やテレビやネットでも話題になった、東急東横線と副都心線の乗り入れ。
東急デパートと直結していた東急東横線の渋谷駅は、
先週の木曜日の深夜、つまり16日未明に49年に渡る役目を終えた。
今の駅舎は、東京オリンピックの年=1964年に出来たらしい。
(タモリ倶楽部で紹介されていました)


16日は始発から東京メトロ副都心線との相互直通運転が始まり、
地下駅に切り替わったらしい。まだ行ってないから確証はないけど、
まぁ、間違いないでしょう!

駅は地上2階から地下5階に移って、今の地上駅舎は5月以降に取り壊される。
跡地の再開発は既に決まっていて、JR東日本の敷地を含めて地上46階建てのビルが建設される。

これでいっきに埼玉から横浜までが1本の電車で乗り換えずに移動できる訳である。

どうやら一番心配しているのが池袋。
なにしろ埼玉の人にとって東京の入口は長いあいだ池袋だった。
それが副都心線が出来て、新宿三丁目だの渋谷へ直通列車が出来てしまい、
更には横浜・元町・中華街...。

今日の新聞には渋谷のお店ですら、横浜にお客を取られるのではないかと気に病んでいると書いてあった。

渋谷の景色は既に昨年4月の高層複合ビル「渋谷ヒカリエ」で大きく印象が変わっている。
そこに更に46階建てのビル...。

果たして誰がそういう変化を望んでいるのか?
高度経済成長を掲げる安倍政権?
田中内閣時代よろしく土建屋さんは潤う?

実は土曜日に渋谷近辺で遅くまで飲んでいて、終電に間に合う時間に渋谷駅までタクシーを飛ばしたら、
駅周辺の道路工事渋滞で電車には乗り遅れるわ、
普段なら1,000円もしない料金が2,000円以上するわの惨状にあったから、
こんなブログを書いているという事情もあったりします...。

玉下は小学校の頃に毎月のように渋谷にあった五島プラネタリウムへ行っていました。
別に天文少年という訳ではないけど、
日曜日に友達とバスに乗ったり自転車に乗ったりしてプラネタリウムを観て、
なんとなくデパートの本屋さんとかおもちゃ売り場を彷徨って、
(親とデパートに行くのとは全く違う開放感を味わえた)
今の子供のようにマックとかコンビニとかへ行かずに、大人しく買い食いもせずに帰宅していました。

そんなプラネタリウムがなくなったのが2003年。
今から10年前でした。
「渋谷ヒカリエ」構想が発表された時には、てっきりプラネタリウムが復活すると思ったのに...。

そして先週、また昭和の風景=東横線の駅が地上から消えてしまった。

消すのは簡単なんですよね。
新しいものを作るほうが、経済的にも良いんですよね。

でもねぇ、なんか違う気がするんだよなぁ?
歌舞伎座だって三原橋だって、老朽化や耐震構造が問題なのはわかるけど...。
渋谷公会堂もやっと名前が元に戻ったのに、建て替えの噂が出てるし。

寂しいなぁ...。
単純に寂しいなぁ...。

東横線の改札で女の子を見送った思い出が蘇ってきた...


  wrote by 玉下奴郎
東横線_渋谷駅

玉下さんの若者のクルマ離れ話に少し。

確かにクルマ離れは顕著ですね。
その原因、よくは知らないんだけど、少なくとも今の時代と僕らの時代と明らかに違うことを。

一つはクルマでの便利さの変化。
僕らの時代はどこに行くにもクルマで、「ちょっとそこまで」を多用してた。
今では考えられないけど、所用の際にどこでもクルマを止めていた。(もちろん長時間じゃないけど)
銀座の松坂屋の前にクルマ止めていてもある程度許されていた。(笑)
CarLife.jpg Image (by 編集人)

それがある時から、監視も厳しくなり、放置車として取り締まられるようになった。
そうなると、とたんに数秒の駐車でさえ怖くなり、もはや完全に「ちょっとそこまで」は通用しなくなった。

もうひとつは、クルマのこの不便さに比べ反比例のごとく充実したのが、公共交通機関の便利さだ。
スイカの登場による切符購入不要の入出、
エレベーターやエスカレーター設置によるバリアフリーの充実ぶり。
おまけに最近は「ちょっとそこまで」が駅ナカでできるようになってきた。
「歩くこと」の代わりだったクルマは、公共交通機関が「歩くこと」を最小限にした形で実現しているように感じる。

こういう社会になるとそもそも機能としてのクルマはそんなに必要なくなるのは当たり前。
これを社会の成熟と呼ぶなら、クルマを持たないことが大人な判断かも。

どんどん不便(不憫)になるクルマ、どんどん便利になる公共交通機関。

もちろんクルマはその機能だけでなく、最高の嗜好品であることは間違い。
あれだけクルマの虜になった僕ら。
でも考えるなあ。

まっ、東京限定の話しかもしれないけど。
  wrote by ランシン      car_1960plus.jpg

【本日の記録】 体重72.9kg 血圧:上156 下103