1960+(50代3人による暇つぶしのお供) -52ページ目

1960+(50代3人による暇つぶしのお供)

玉下奴郎とその仲間たち、計3人のブログ。 音楽、映画、書籍、時事などなど、50代(1960+世代と呼ぶ)にまつわる話題をつらつらと。「暇つぶしのお供」にどうぞ。

久しぶりに自宅のリビングテーブルでノートPCを開いています。
不義理を続けている編集人TMです。

みなさん、お元気ですか?
暑さも朝晩は少し和らいだかな・・・と思ったら台風が近づいてきたり。
心身穏やかとは、なかなかいかないようです。

さて、筆休め26として、僕が8月に訪れていたところをクイズのように。
どこかわかりますか?

Q1 川沿いの屋台が有名な街。
わんにゃんアイス 屋台
ずらりと並ぶ屋台通りの入り口にあったアイスクリーム屋さんは、屋根の上のねこが、まさに「まねきねこ」でした。

Q2 餃子が有名な街。
東北新幹線 ビジネスホテル
ほとんどヒントにならない写真だなぁ・・・
クルマで行ったのに、急遽都内の打ち合わせのため新幹線で都内まで往復。
ビジネスホテルに、檀れいのような女性が「金麦」を届けてくれる・・・わけないじゃん!

Q3 食い倒れの街。
たばこ屋 ハラミ
マンションに挟まれた古く小さいたばこ屋さん。
1万円札しかなくて「ごめんね」と出したら、「数えてんか?」と千円札を10枚渡された・・・
次の写真は、きったなーい焼肉屋さんで、衝撃の1枚。
牛1頭からとれるハラミをまるごと・・・ここは私の人生でNo.1の焼肉屋さんかもしれません。

Q4 これは都内なんですけど。
うなぎ いちのやメニュー
「弐段」という、贅沢なうな重。なんと後輩から、ごちそうしていただきました!

Q5 牡蠣やお好み焼きが有名な街。
東胡
「もう食えねーよー」と言いながら行った二次会のお好み焼き屋さん。
食べた食べた。大当たり!
でもこの通り、なんて読むの? 「あずまえびす」? もしも「とうこ」と読むとしたら、ここはモンゴルか?


こうして見ると、なに撮ってんの?という写真ばかり。
僕の8月出張備忘録になってしまいました。
9月も、いろんなところに行く予定です。


【本日の1曲】 「大阪で生まれた女」 萩原健一


僕にとってこの曲は、BOROではなく、ショーケンなんだな。

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スライド8  wrote by 1961_TM
そもそも実家に帰ったのには、二つの理由がある。

一つは母親の介護の問題、そしてもう一つは実家の近くにある墓参り。
お墓イメージ

年に二回は自身の務めとして、墓に参ることにしている。
誰のためでもなく自分自身のために。
若い頃から40代にかけては、気にかけてもないし時間があったとしてもわざわざ帰省するようなことはなかった。
しかし人間不思議なもので年を取る度、墓参りの意識が高まっている。
変な話時間がない中でもなんとかして墓参りの機会をつくろうと考える自分がいる。

実家の墓は小高い山の中腹にある。
少し急斜面を5分ほど歩かなければならず、体に少し応えるのだがこれがまた試練ぽくていいのかもしれない。
毎回、ホウキとバケツをもっていき墓掃除をする。
この作業も最近は心地よくなってきた。
自分もそのうちここにはいるのかなあとか考えると墓がほんとに自分の持ち物=家のような気分になってしまう(笑)
掃除などほんの20 分で終わってしまうけど、充実のひとときとも言える。

しかしながら、あたりを見渡すと掃除されぬまま放置された墓がいっぱいある。
どの墓も同じような状態。
人が訪れた気配がしないのだ。あまりにも悲しい。

この状況にはいろんな理由が考えられる。
お墓の持ち主がこの場所に来れないこと。そしてその子供や親族も来れないこと。
前回記した通りこの町は、超高齢化社会。
墓に参りたいと思う持ち主が80歳を超え子供達は都会暮らしで滅多に帰ってこない状況。
だれも墓の面倒をみられないのだ。。(みないのだ。とも言える)

東京で暮らす人たちも年齢関係なく自分の家の墓に参ったことのない人やそもそも知らないという人は多い。
親や自身が東京で暮らし始めた人にとって自分の家の墓との物理的な距離、精神的な距離は遠い。
もし亡くなったとしても日頃の人間関係からして東京での葬儀があたりまえとなる。
そう、実家の墓と今の暮らしは全く繫がってないのだ。

私は幼少から大家族(三世代)で育ち、笑いながら怒りながら憎みながら生活した。
そんな家族でも墓参りは家族の勤めだった。
ひと時ではあるが家族が墓に向かって手を合わせるという同じ行為をした。
そして墓に参る意味と今生きている理由を教えられた。
良し悪しは別としてそれがニッポンのある姿だったことは確か。

それが根本から崩れてきた現状。
墓の崩壊は家族の崩壊を意味する。もちろん誰の責任でもないと思うけど。
高度経済成長後の負の遺産。

日本の未来がここにもある。


一つ、この情報化社会においては東京と地域の情報の時間差はない。
だからこそできることもあるような気がしてならないのですが、まだみつかりません。


【本日の一曲】 「僕にまかせてください」 クラフト


【関連エントリー】
■ 日本の未来がここにある
■ 日本の未来がここにある 2


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スライド6  wrote by ランシン

【本日の記録】 体重71.9kg 血圧:上138 下115
ちょっとあちこちにブログの話題が散歩していたので、久し振りに日記に戻ります。
(ちなみに、今日現在も状況は変わっていない前提で…)

西洋医学の意外な落とし穴である、精神的な繋がり。
学生時代に体育会系だったから肉体的には少々鈍感な玉下、
メンタル面では耐性がなく先生に顔を見てもらえないだけで意気消沈。
で、次なる展開は…。

東洋医学に走りました。

それもかなりマニアックな場所。
マンションの一室です。
もちろん看板なんて出ていない。
⚫⚫マンションの⚫⚫⚫号室。
マンション ポスト 扉
※いつものようにすべてイメージです。

そもそも某総合病院の首の牽引。
牽引をしてくれる看護婦さんにはそれほど不満はなかったんですが、
必ず牽引をしてもらう前に整形外科の先生の問診を受けなければならない。
で、その度に
[1] (面白いくらいに)顔を見ない
[2] なのにモニターを見ている筈なのに“薬は足りているか?”と聞いてくる。
  いつ、どれだけの量を処方したのか、カルテには明記をされていないのか?
  そんなに薬を処方したいのか?

で、通算で5回ほど牽引をしてもらったところで、見切りをつけました。
牽引にではないです。
その某総合病院にです。

時を同じくしてある人がこのマニアックな病院?治療する部屋を教えてくれました。

元々はスポーツ系の先生で、有名な選手や歌手の人なんかも治療している。

恐る恐る尋ねると、本当にマンションの一室。
エントランスのオートロックの前でインタフォンを押して名乗ると、優しそうな女性の声が応対してくれてロックが解除。
そのままエレベータでフロアに上がって部屋を探したが、やはり号室の番号はあったが個人名が書いてあるだけで、
全く治療院とかクリニックとかが明記されていない。

玄関を開けてすぐの部屋には椅子に座った患者さんが3名。
奥の部屋から先生と患者さんの会話が和やかに聞こえる。

全くの余談だが、看護婦ではなくあくまでも予約をとったり料金を徴収する女性は、
  ・
  ・
  ・
かなり美人だ!

あっ、ちょっと長くなったので今宵は此処まで...。

とにかくこの日記。新たな章に突入です。


【本日の一曲】 「ピンク・シャドウ」byブレッド&バター
あの山下達郎もカバーした兄弟DUOの名曲。
pinkshadow.jpg



別にこの日記の続きがピンクな様相になるという予告ではありません。
でも美人だったなぁ。
白衣とか着てたら似合うだろうなぁ...。


【関連エントリー】
■ 左肩痛及左腕痺日記、其之壱
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■ 左肩痛及左腕痺日記、其之参
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■ 左肩痛及左腕痺日記、其之伍
■ 左肩痛及左腕痺日記、其之六
■ 左肩痛及左腕痺日記、其之七
■ 左肩痛及左腕痺日記、番外編

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スライド10  wrote by 玉下奴郎
猛暑だったり、ゲリラ豪雨だったり、天候に翻弄されていたのに
朝晩が少し涼しくなってきていた。
松井裕樹擁する桐光学園が神奈川代表を逃したと思ったら、その甲子園も終わっていた。
そして、僕もひとつ歳を加えていた。

いまニュースで横浜市長選挙の結果を放映していた。
忘れていた・・・選挙に行かなかった・・・

うむむ・・・
みなさん、本ブログの編集人は、いまこんな状態でございます。
みなさんのところへお邪魔するのも、
いただいたコメントに返信をするのもままならないテイタラク。
もうしばらくの不義理をお許しくださいまし。


【本日の1本】 HondaのCM「負けるもんか篇」


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スライド8  wrote by 1961_TM
過疎化の進む実家の現実をもうひとつ。
前回は高齢化した町の現実をお話ししましたが、今回は別の視点から。

そもそも65歳以上が40%近くなる原因はお年寄りの増加もさることながら
若者たちの減少も大きく影響をしますね。
高齢化はお年寄りが多いということですが、返せば若者が少ないということでもあります。

私が小学校の頃43人のクラスが2クラス、年によっては3クラスありました。
中学校では4クラス、年によっては5クラスありました。
今は小学校は1クラス、中学校では2クラス。
たまたま訪れた中学校は今年の冬、校舎が取り壊され新しい校舎が建造されることになってました。
ただし、今の校舎の約半分の大きさになるということ。
体育館も同時に新しくなるようですが、町の避難場所としての機能を充実させ備蓄倉庫としても機能。
まあ、町民みんなの建築物ということでしょうね。
どうも未来の若者のためというより未来のお年寄りのための新築という意味合いの方が強い気がします。

人口は40年前の半分。勿論その減少のほとんどは若い人。私もそのひとり。
若者減少の原因は、この町に働く場所がないこと。
仕事がない!仕事がないからこの町を出て行く。町を出るから町が潤わない。まさに負のスパイラル。
この流れは止まらない。
国も町も会社も若者が多いところは、まずは見た目に元気だし強いエネルギーを感じる。
経済的に貧しかろうが明るい未来を感じさせる。
やっぱり若者がいるということはとても大事な気がする。

中学生の頃クラブの後に仲間と通っていた大盛りお好み焼き屋、ホットケーキが抜群に美味しかった喫茶店、
串揚げの店、スポーツ店、GOROやプレイボーイをこっそり買ってた本屋など、
あの頃世話になった店は今や一軒も存在していない。
しかも新しい店ができているのではなく店の外観はそのままで人が住んでる気配がない。
どの店にも共通することは、中学生高校生いわゆる若者をお客さんとしていたこと。
若者がいなくなったら店の存在理由はない。

東京にいるとアベノミクスの恩恵を受けている人がいて、恩恵を受けてない人が文句や論議を醸し出す。
そのくらいアベノミクスが身近だということだろう。

しかしここはそもそもそんなことなど全く無縁の世界。考えもしない。
それはこの町に限らずあらゆる地方も同じだと思う。
東京だけが異常なんだ!

すべての尺度が東京にあり、すべてのことを東京文脈で語られるけれど、
日本の未来はここにある ことをまざまざと実感する。


【本日の一曲】 「ふるさと」 福嶋由記


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スライド6  wrote by ランシン

【本日の記録】 体重72.3kg 血圧:上142 下118
痛い日記のインターバルが空いているけど、また違う話題です。

久しぶりに映画のお話。
と言っても、封切り以来の興行収入がずっとトップの作品。
超メジャーな「風立ちぬ」です。
風立ちぬ http://kazetachinu.jp/

既にあちこちの映画サイトや個人のブログで話題なので、
ここでストーリーについて何か書いても、あまり新鮮味がありません。
更に言うと玉下はジブリ作品が大好きなので、基本的に斜に構えたりせず無批判に作品を受け入れちゃいます。

で、今回は作品が公開をされてから話題になっているトピックス。
“喫煙シーンの多さ”についてです。

実際に映画館で観たのが最近だったので、既にネットで喫煙シーンに関する批判が出ているとか、
更にその反論が出ているとか、その程度の予備知識は持って鑑賞しました。

まぁ、確かに言われてみれば…。
飲酒の場面はそれほどでもないけど、タバコに関してはよく出てきた。

大学の教室で…。下宿の部屋で…。ホテルの部屋で…。会社の寮で…。寝タバコ…。
歩きタバコ…。咥えタバコ…。(桑江知子じゃないです)
更にネットで最も批判されていたのが、肺結核の奥さんが寝ている隣で、奥さんの手を握ったままの喫煙…。
さながら「スモーキン・ブギ」の歌詞みたい。
スモーキン・ブギ

これが批判の的になっている。

木村太郎さんは、
「ジブリ作品は世界で公開されるんだから、世界情勢を考慮するべきだ」と言っていたらしい。
(早い話が喫煙シーンは描くな、ということですね)

でも、1960+世代の我々…。
大学では教室でタバコを吸っていました。(高校では教室で吸わず、もっぱら部室でしたが)
会社に入っても普通に席で吸っていたし、駅のホームでもバス停でも飛行機の座席でも吸っていた。

ましてやこの映画の時代は戦前です。
奥さんの隣での喫煙も主人公が遠慮したのに、奥さんが手を握ったままの喫煙をリクエストしています。

まぁ、このご時世だから宮崎監督だって鈴木プロデューサーだって、
大なり小なり批判が出るのは想定内だと思います。
何しろこの二人がヘビー・スモーカーです。
日本テレビが公開前に放送したジブリのドキュメンタリーでも、平気でインタビュアーの前で喫煙しいた。

いやいや、玉下がこの話題を書こうと思ったのは、そういうことではないんです。

映画を見終わってトイレへ向かっている途中、背後で若者達数名の会話が聞こえました。
「やっぱ、タバコの場面が多かったなぁ」
「教室で吸えたんだなぁ」
「あれだろ、なんか批判されてんだろ?」
「いいじゃんなぁ、別に」
「そうだよなぁ、そんなこと言ったら、“ティファニーで朝食を”なんてどうなっちゃうんだよ」



え~? そこの若者、いま何て言った?

玉下は思わず振り返ってその若者を抱きしめた。
(実際にはしてませんが、観念的な抱擁です)

君は偉い!
そこで次元大介とかをハンフリー・ボガートを挙げるんじゃなく、オードリー・ヘプバーンです。
あの、有名なポスターのカットです。

いやぁ、「風たちぬ」で号泣した後に、とても良い気分で用を足しました。

お粗末…。


【本日の一曲】
 ユーミンの「ひこうきぐも」でもなく、
聖子ちゃんの」風立ちぬ」でもなく、
ここはこの曲「Moon River」で…。


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スライド1  wrote by 玉下奴郎
いま最も気に入っているCMがこれ。

日生CM

V6 岡田准一が、20代から50代まで一人四役を演じる
日本生命のCM、『みらいのカタチ 20's 自分問答 結婚相手篇』だ。
会話がいい。
岡田くんの芝居もいい。
なんど観てもいい。

僕は50代なわけだけど、
20代、30代、40代の自分にこうして会えたら、なんて言うんだろう?
おそらく、「いいから、しっかり働け」というアドバイスだけで済ますことはないような気がする。いろんなことで(笑)

いまだって、「えー、教えてよ~」って言いたいんだからさ。


【本日の一本】 日本生命のCM、『みらいのカタチ 20's 自分問答 結婚相手篇』


岡田くんはジャニーズだから、いつまでアップされているかわからないけど。

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スライド9  wrote by 1961_TM
数日の休暇を利用して実家に帰省しています。
私の実家は人口2万人ほどの過疎化が進む田舎の町。
65歳以上の人口も40パーセント近くなるまさにお年寄りの町です。
実は私の母親も85歳で今年からデイサービスセンターに週二回お世話になり始め、
その様子伺いで帰省した次第です。

1960+世代の特徴のひとつでしょうが、自分の健康もさることながら、
高齢の親の面倒(世話)をどうするかも共通の大事な問題ですね。
とは言っても私の場合は高齢の親とは別に住み、弟任せにしている分、
ほんとうの意味でのたいへんさ(現実のたいへんさ)を実感できてないはずと思ってます。

で、今回は数日だけどその現実を見てきました。
母親は会う度に体が弱くなり物忘れが激しくなっています。今回もその進み具合をあらためて実感しました。
そしてその母親と一緒にデイサービスセンターを訪れ、その実態もみてきました。
最初に感じたのは「幼稚園」。まさにシニアの幼稚園でした。
15~20人位の70後半から90前後のお年寄りが、
ある人は椅子に座り、ある人は横たわり、ある人は介護の方の世話になってたり。
それぞれがそれぞれの時間を過ごしつつ、
時間にあわせてみんなで歌ったり、雑巾織りをしたり、食事したり、昼寝したり。
9時半から16時半までゆったりと安全に過ごす時間。
デイサービス

そこで働く方に聞くと、認知症の方や車椅子の方、話すことができたい方など症状はまちまち、
お宅のお母さんおような方健康な方です、と。
確かにみるからにそのような方が多数。母親なんぞほんと若くて健康に見える。
どうやら母親は最初はここに世話になることを嫌がったらしい。
自身があまりにも年をとっている気がして。(まだまだ自分でできるつもりでいるといこと)

ただ、弟の住む実家はでは居場所がなし、会話がないことに寂しさで気が滅入っていて
結局世話になることにしたらしい。
通い始めれば思いのほか同じ境遇の方と話ができ、おしゃべりが増え気が晴れるようになったと。これも実態。
この話を本人から聞いて、私の気持ちはなんとも複雑になりました。

町をうろうろしましたが、近くのスーパーは60~80代のお年寄りがメインのお客。
レジも50歳代の方。すべてに時間がかかる。効率とは真逆な世界。
町に子どもをあまり見ない。朽ちた民間や下りたままのシャッターが錆びついていたり。
また、ガソリンスタンドがボコボコ営業を停止無法の駐車場化してたり。
活性とは無縁な風景。

東京でお年寄りが増えているということ、いわんや地方では。
つまりは、この国の未来は地方が先取りしているということでしょうか。
自分が住んで育った町がこうなるっていることが、母親の老いと比例していて
なんとも哀しい気持ちになってしまいます。


話変わって、
1960+ナイトって言っているけど、1940+音楽会や1940+お楽しみ会なんか企画して
せめてその世代の人たちの数時間でも楽しくさせてあげられたらなあと思いました。

早速玉下さんには40年代歌謡とか多分この世代で言えば童謡とか民謡とか、集められる?って相談しました。
我々はチンドン屋、いつでもどこにでもなんでもする、がコンセプト。
需要があれば誰を相手でも楽しみを提供したいですね。


地方の様子は日本の最先端社会の実態。必ず来る社会。
さて、僕らは何ができるんだろう、何をしなければならないんだろう?
そんなことばかり自然に考えさせられる空間と時間です。


【本日の一曲】 「リンゴ追分」 美空ひばり


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スライド6  wrote by ランシン

【本日の記録】 体重72.0kg 血圧:上145 下120
僕たち3人は、加齢と多忙さに抗うがごとく(?)
へんなチャレンジをしてきた。(まぁたんにアホなことが好きなだけだけど)

玉下さんの『チャレンジ!餃子100個』
ランシンさんの『チャレンジ! 歩くぞ 山手線一周』
僕は『チャレンジ! サウナ耐久』だった。

1960+Nightの第1回目が終わり、次は・・・と考えていたところに
ブロともさんの記事に「ボウリング」のことが・・・

ああ、ボウリングがしたい!
ボーリング


須田開代子、中山律子といったスタープレーヤーが活躍し人気を博したのが1970年前後。
僕は小学生の後半だった・・・

夏休み。
ラジオ体操にはまだ早い時刻なのに、父が起こしに来る。
「ボウリング行こうぜ」

早朝ボウリングという制度(?)があって、安いうえに空いていたため、
ボーリング好きだった父が、僕たち子供や、近所の従妹まで誘って、よく行ったものだった。
まさしく「朝飯前」のボウリング。おかげでラジオ体操の皆勤はかなわなかったけど。

中学になってからは、父と行く機会は減ったけど、
同級生や部活の仲間と遊びに行くときに多かったのがボウリングだった。
 (いまどきの子供はカラオケやゲーム?)

こんな感じで、僕たち1960+世代は、基本的にボウリングをやった世代ではないだろうか。
重たいボールを投げるスポーツであるにもかかわらず、
経験と技術で、若い人たちにも負けない、あるいは、いい勝負ができたりする。


うむ、次はボウリングでなにかしらのチャレンジをしよう。
パーフェクトが出るまで投げ続ける・・・絶対無理!
いまなら2~3ゲームで、腕と腰が悲鳴を上げるはずだから、10ゲームにチャレンジ?
うむむ・・・どんなチャレンジがいいのだろう?

読者のみなさん、どんなチャレンジがいいでしょう?
思いついたらコメントください。

僕たち3人でやるのは無理かなぁ・・・玉下さん、左肩が治っていないし・・・
実際、いまの僕の状況からいって、ボウリングをやる時間ができるとしても秋以降だろうから、
気長に考えようっと。

・・・まいまいさん、ボウリングを思い出させてくれてありがとう。
  (僕の腕では、まいまいさんに勝てそうもないな)


【本日の一曲】 「あなたならどうする」 いしだあゆみ


1970年の曲だったんだ。
「あなったなぁら、どぅおする~♪」って唄っていたような気がする・・・

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スライド13  wrote by 1961_TM
基本的にこの日記はリアルタイムではなく、
実際に起こった出来事に対して、一ヶ月ちょっとのタイムラグがあります。

通院はある程度は定期的に行っているけど、ブログの題材がこういう痛い話ばかりってのも、
書くのだって読んでいただくのだって、決して楽しいもんじゃないから…。

でも今回はリアルタイム。お盆の週ならではな話題です。

もともとのきっかけは左側の肩だの腕だの、次第に首だの背中だのって広がった痛み…。
で、カイロプラクティックから整形外科で、首のヘルニアという西洋医学的な原因究明まで辿り着いた。
日記では首の牽引まで治療が進んでいると書きましたが、実生活では既に新しい章に進んでいます。

で、このブログを読んでくださっている方々や、
実生活で玉下の周囲にいる方から指摘されたのが、この“左側”というポイントなんです。
大半の人の心臓が位置する側=左。
つまり心筋梗塞の疑いです。

東洋治療でも西洋治療でも、少しも改善をされない痛み。
ってことは、原因は首じゃないんじゃないか?

もう、病気に対する経験値が著しく低い玉下。
そういうサジェスチョンに対しても、全くと言っていいほど抵抗力が低い。
低いなら素直に心筋梗塞の検査を受けてればイイじゃん。

でもね、通院に不慣れな人間は検査だって苦手なんです。
だって「はい、あなたは心筋梗塞の疑いがあるから入院!」とか言われたら怖いじゃないですか...。

そうこうしているうちにドラマ「救命病棟24時」でも、“左側の背中の痛みは心筋梗塞の兆候”とか出ていたらしい...。
救命病棟24時

もう、脅かさないでよ!


そして時は今週=お盆の時期。

お陰様でというか貧乏暇なしというか、玉下は今週も仕事関係で都内をウロウロしているんですが、
その仕事場の徒歩5分くらいの場所に位置するのが、患者の顔を見ない医者がいる総合病院なんです。
仕事仲間からお盆の総合病院は空いているという情報をゲット。
ふと思いたって内科の受付に心筋梗塞の検査を申し込みました。

そうは言っても検査の日を予約するだけかと思いきや、
カルテを作成されていて、あれよあれよで血液検査と心電図をやりました。
心電図 ※例によってイメージ。「玉下はもっとプヨプヨです」だそうです(笑)


そして気が付くと内科の問診。
そうです。あの患者の顔を見ない整形外科の先生がいるのと、同じ病院です。

扉を開けるとニコニコとした先生。
開口一番「血液検査でも心電図でも、心筋梗塞の兆候は見えませんよ」
もう、顔を面と向かって見てくれるだけで安心。
その上に「兆候は見えない」と言われれば、先生の肩だって揉んじゃう!

「念の為に心音を聴いてみましょう」と聴診器を当てる。
これだって当然、医者と患者は面と向かって対峙する。
そうでしょ! これでしょ! 医者と患者の関係は!

嗚呼、玉下はもう少しで整形外科の先生の態度だけで、この総合病院の評価を一元的に下すところでした。
だいたいロビーにグランドピアノが飾ってある時点で、
おいおい此処はそんなに儲かってんのか...(-_-)って不信感があったんですが、この内科の先生で救われました。

まぁ、冷静に考えれば玉下の精神構造が極めて単純なんですが...。
ちなみにそうは言っても、痛みが緩和されているわけではないんですが...。

次回はいよいよ新章へ突入。舞台は、とあるマンションの一室へと移ります。


【本日の一曲】 「私のハートはストップモーション」by 桑江知子

1979年のデビュー曲。
当時は“くわえタバコ”なんて呼んだりしてました。玉下のハートは止まりません!

【関連エントリー】
■ 左肩痛及左腕痺日記、其之壱
■ 左肩痛及左腕痺日記、其之貮
■ 左肩痛及左腕痺日記、其之参
■ 左肩痛及左腕痺日記、其之四
■ 左肩痛及左腕痺日記、其之伍
■ 左肩痛及左腕痺日記、其之六
■ 左肩痛及左腕痺日記、其之七

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スライド10  wrote by 玉下奴郎