1960+(50代3人による暇つぶしのお供) -37ページ目

1960+(50代3人による暇つぶしのお供)

玉下奴郎とその仲間たち、計3人のブログ。 音楽、映画、書籍、時事などなど、50代(1960+世代と呼ぶ)にまつわる話題をつらつらと。「暇つぶしのお供」にどうぞ。

最近、あまりテレビドラマを観なくなった。
というか観たいドラマがないといったほうが正確かもしれないけど、久々に、これは観ずにはいられまいというのが、NHKの土曜ドラマ『ロング・グッドバイ』だ。
LongGoodbye.jpg (番組公式ホームページ)

僕たち1960+世代、特に男でハードボイルドをくぐり抜けなかった「ヤツ」はいないのではないか。
大藪春彦、片岡義男、大沢在昌、北方謙三・・・
そして海外モノの最高峰は、やはり、レイモンド・チャンドラーだろう。
その代表作『長いお別れ』を、舞台を日本に移し替えてドラマ化した。

これはリアルタイムより、録画して観るほうが正解だった。
なにしろ登場人物が贅沢だし、セット全般もまぁ凝っていること凝っていること。どんだけ制作費かけてんのNHKさん!って言いたいくらいに。

ロング・グッドバイ ※勝手にコラージュしました、ごめんなさい。

●キャスト
僕はゲイではないが、とにかく男優が好き。
女優にはあまり興味がわかない。  (ほんとうにゲイじゃないってば!)
「最近出過ぎかも」の綾野剛、「刑事役が多すぎるぞ」の遠藤憲一、「なにをやってもしびれるぜ」の柄本明、この3人が筆頭かな。
浅野忠信もいいんだけど、第1回目を観る限り、もう少し抑えたハードボイルドさが欲しかったね。

●セット
上のコラージュの中央、探偵事務所があるのは中古車屋のビルという設定。
よくもまあこんなクルマとバイクを揃えてくれたものよ。涙もの、涎もの。しかし制作費が無尽蔵だぞ、NHK!

●カメラワーク
カメラ自体も映画的な画質で、民放ドラマのペラペラな画質とは大違い。
注目は、肩ナメショット。(肩越し、人物越しショットとも言いますね)
上のコラージュもほとんどがそうでしょ?
会話のシーンに使われるこの手法を、セリフを最低限に抑えるべきハードボイルドドラマに多用しているところがニクい。

●おまけ・・・喫煙
みんな煙草をよく吸うこと吸うこと。
観ていて吸いたくなるじゃないか。実際、途中、録画をポーズして吸いに行った。
だから今時のドラマやアニメで喫煙シーンが嫌われ、カットされるんだけど、このドラマはそんなの知ったことか的姿勢が潔い。
しかし、綾野剛だけはサマになっていなかった。彼は喫煙者じゃないのね、きっと。

こういうドラマをNHKが制作すること自体、NHKが変わったということなのか・・・なんて興味がないけど、民放だったら、ちょいと気合(例えば開局●●年記念とか)を入れないと難しいのかもしれない。
これをフツーに制作してしまうNHKって・・・


【本日の一冊】 長いお別れ or ロング・グッドバイ
 

僕が読んだのは、清水俊二訳の『長いお別れ』 のほうだと思う。
村上春樹訳の『ロング・グッドバイ』 を読んでみるかどうか悩んでいる。


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スライド9  wrote by 1961_TM
  

先ずは訂正。一連のブログのシリーズ表題に“3月の”と書いているけど、これは“最近の”の誤りですね。
これからの二冊を読んだのは、明らかに今月です。
でも気分的には3月を引きずっていました。

薄い文庫本にもかかわらず読了に約一ヶ月を要した「フラニー…」から解放される直前、偶然にもAmazonの書評で出会ったのが「満月、空に満月」でした。


海老沢泰久が書いた、井上陽水の自伝ドキュメンタリーです。
でも何故かこの本は絶版になっている様で、中古で20円でした。(送料が200円くらい)

元々、井上陽水は好きなアーティストでレコードを何枚か持っている。
CDはベスト盤しか買っていないけど、日本で初めて100万枚の売り上げを達成した名作「氷の世界」も、作品としては愛聴しているけど、詳しい制作の経緯は知らない。
そもそも彼の生い立ちやデビューのいきさつも、なんとなく最初は“アンドレ・カンドレ”っていう名前だった、くらいしか知らなかった。

まぁ安い古本だし、見つけたのも何かの縁だし、この出会いは必然だ。
別に2万円の買い物をするわけでもないのに、夜中に酔ったアタマで自分を納得させてクリック!

これが面白かった!

彼が筑豊の炭鉱町で姉と妹に挟まれて一人息子として生まれ、父親が歯医者だったので必然的に跡継ぎになる期待を背負っていた。
周りの友達は廃坑で次々と離村して行ったけど、父親はお金がない患者でもちゃんと治療をしていた…。
歯科大を目指して博多で浪人生活をしていた頃、麻雀とパチンコに明け暮れて三浪に突入してしまった…。

流石に此処で彼の細かい生い立ちを書くつもりはないけど、
伝えたいのは文体なんです。

もちろん根本的に井上陽水に興味があったし、
かなり面白い波乱万丈な半生を送って成功をつかんだ話だけど、読み進んでいるうちに、文体を意識し始めました。
厳密に言うと作家の視点も含めた文体ですね。

こういう伝記ものは、如何に主人公との距離を取るかで印象が変わります。
中には本人が書いたが如くゴースト・ライターが書く場合もあるけど、海老沢氏はつかず離れずの距離感で、本人の発言も適度に交え、取材をした当時の関係者の発言も適度に交え、それでいて自分の主観や推測も断りを入れて書いている。

年末にNHKで放送された「氷の世界」の制作ドキュメンタリーがあり、今月はBS放送で倉本聰の対談番組で井上陽水が4回に渡って半生を語っている。
「氷の世界」全曲を披露する全国ツアーも始まった。

玉下の中で、ちょっとした井上陽水ブームである。
そういえばこのアルバム、レコードは持ってるけどCDはないんだよなぁ。
でも“聴くぞぉ”って気分の時はいつも夜中だから、レコードがいいんだよなぁ。

おっと、文体つながりで次回は小説「さらば雑司ヶ谷」です。
これも「満月、空に満月」を読み終わる頃に偶然に出会ったんです。


【本日の一曲】 「帰れない二人」by 井上陽水


忌野清志郎と一緒に陽水の部屋でお互いに一行くらいづつ詞も曲も作ったらしいです。
初期のレノン=マッカートニーみたいな作り方。
「氷の世界」に収録されている美しすぎる名作です。
映像はライブのドキュメンタリーなので、曲だけをお聴きになりたい方は4'30"くらいからご覧ください。

■3月の読書。「フラニーとズーイ」「満月、空に満月」「さらば雑司ヶ谷」。
■3月の読書。「フラニーとズーイ」の続き…。文体。

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スライド3  wrote by 玉下奴郎
京都府北部の丹後地方に「ちりめん街道」と言われる 観光地を目指しているエリアがある。
目指しているのであって、観光地とは言えない。(と、思う。)
と言うのも、ここは私の実家のすぐそばでこの街道をよく知ってるから。
ピークの1975年頃までは街道沿いの家から、機を織る音が騒音のように聞こえていた。

生産量は今やその当時の20分の1、そりゃさびれるわ。
この街道沿いに、コウジュササキという生産から販売までを行うシルクニットのお店がある。
街道沿いで商売されている貴重なお店だ。
ご主人はまだ40才。この街道の将来を担うひとりだ。

この若いご主人に、店内にディスプレイされた商品の説明を受けながら、店裏の今は稼動してない工場を見せてもらった。

ちりめん街道01 ちりめん街道03

これはすごい、地味なちりめん街道の裏手にはこうした工場跡がまんま残っている。
こういうもの見せられると、俄然その街道の特徴を強く感じる。

ちりめん街道02

ちりめん街道をベースに町おこしの企画がいろいろ検討されてるらしい。
いっそ、一日「きもの祭り」として、昭和初期を再現したらいいのに。
街道沿いのすべての住人、子供もお年寄りも着物姿で一日を過ごし盛り上がるといった内容。
全盛期だったあの頃を一日だけでも再現して盛り上がれば、街も活気づくに違いない。
きっと観光客だってコスプレ感覚で着物をきて楽しいはず。
大八車が行き交う昭和を再現した祭りなら、自分も直ちに帰省して着物姿で街に溶け込みたい。
どうですかね?ササキさん!


【本日の一曲】 シルクロード by 喜多郎


懐かしい!

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スライド12  wrote by ランシン
野球が好きだ。
いちおうジャイアンツファンということになっているのだが、実のところどうでもよくなっていて、いまは野球そのものとそれをプレーする選手に興味が集中している。
例えば楽天の松井投手。
高校野球時代からずっと見てきた松井くんは、
 (あえて「くん」で呼ぶ。うちの子供たちの母校出身で、運動会でもたまに見かけていたし・・・)
今シーズン最も注目しているひとりだ。

がしかし、球場に足を運ぶほどではなくテレビ観戦かスポーツニュースで十分なのだが、やんごとなき(笑)事情で、横浜スタジアムに行くことになった。
横スタ05

ヤクルト対ベイスターズ。
うーむ・・・微妙だ・・・ベイスターズでは横浜高校出身の筒香、そしてバレンティン(ヤクルト)のホームランくらいか・・・(実際打った、美しかった)

となれば、これしかない。
横スタ03 横スタ04

崎陽軒のシウマイ弁当とビール。
午後1時プレイボールのデーゲームだ。真昼間から誰はばかることなくビールを飲める。
さらにプロ野球はファンサービスに努めていて、
子どもたちをフィールドに入れてのアトラクションあり、チアリーダーたちの華やかな応援あり。
横スタ02

なかなかエンターテインメントじゃないの。
でもまぁ、僕は純粋に野球が観たいのだ、と言いながら野球以外でもかなり楽しんだのだが、今回は野球観戦上級者を発見した。

そのカギとなるのが、ビールの売り子さんたちだ。
横スタ01

なかなかかわいい。
特にビアサーバーを背負っている女の子はすこぶるかわいい。
事情通に聞いたのだが、売り子のアルバイトは、お弁当やノンアルコールからはじめて、売上によってクラスアップ。
その頂点がビアサーバーで、しかも、ホーム側がテリトリーになるらしい。

僕はビジター側にいたのだが、数列前のオジサンに、特上にかわいいビアサーバー娘(こんな呼び方?)が駆け寄った。
「あー、わざわざこっちのスタンドにいらしてくださったんですね(ハート)」
などと、しばし歓談(笑)
そのオジサンは、その娘が来るたびに買うこと買うこと。
いったい何杯飲むんだ・・・野球観ていないだろ・・・

再び事情通曰く、ビールの売り子さん目当ての常連がいるとのこと。
オジサンはわざわざビジター席にまでやってきて、その娘の売り上げ、つまりクラスアップに貢献している・・・(やっぱり野球観ていないでしょ)
そう思って周りをみると、常連さんと売り子さんたちの親しげなやりとりがそこかしこに・・・
これって、球場版AKBみたいじゃない?

僕もビールをサーブされながら、「曇るとまだちょっと寒いですね(ハート)」なんて話しかけられたおかげで、よし、次もあの娘から買うぞ、と思ってしまった。


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スライド12  wrote by 1961_TM ※本日の1曲はお休み
  

前回のブログは、この本「フラニーとズーイ」の文体まで言及したところで終わりました。
で、その続きです。

訳者の村上春樹は、サリンジャーの意向でこの本に後書きや解説を掲載してない。
しかし小説が書かれた時代背景や作者サリンジャーの状況などは、この小説を読み解く為に知っていても良いだろうという訳者ならではの意図で、文庫本に挟み込みという体裁で小冊子がついていた。

元々この小説は「キャッチャー…」の後に雑誌『ニューヨーカー』に連載された、「フラニー」という小説と「ズーイ」という小説として世に出た。
従って我々日本人にとっては時代背景が理解出来ないハンデがある。
もっとも「カサブランカ」や「ティファニーで朝食を」だって、そんなことを知らなくても充分に楽しめる。
でもまぁ、そこは訳者なりの親切心だし、村上ファンなら嬉しいものです。

おっと、話が逸れました。此処で大切なのは時代背景ではありません。
文体です。

村上春樹はこの小説を翻訳する時に注意した点に文体を挙げていました。
そもそも文体とはなかなか掴みにくい代物です。
この “1960+”のブログは3人が交代で書いていますが、恐らく取り上げる題材と同じくらい文体も違うと思います。
でもそれを具体例を出して分析するのは難しいし、それ以前にそもそも無駄な行為です。

文章の二大構成要素。
それはストーリーと文体だと思います。
文体とは、言ってみれば洋服みたいなものです。
あるいはプレゼントに対するラッピング。
レコードに対するジャケット。
いやこれは違う。曲に対するアレンジ、演奏ですね。
同じ曲でも、ギターだけの弾き語りかフルオーケストラかで印象が変わります。
スロー・バラードかアップ・テンポかで聴こえ方が変わります。
同じメロディと同じ歌詞でもアレンジは大事なんです。
文章でこのアレンジに相当するのが、恐らく文体だと思います。

で、村上春樹は英語で書かれたサリンジャーの小説の文体を、日本語で出来るだけ忠実に再現しようとしました。

“僕”か“俺”か“私”か…。ですます調か、あるだ調か…。
文章のリズム感や句点を打つ位置や様々な要素が文体を構成します。
で、それがどうやら玉下には合わなかった。
ストーリーそのものへの興味や理解度の問題もあるけど、それ以上に前へ進めなかったのは、文体に起因していたんじゃないかなぁ…。

それほど厚くないにもかかわらず、3月一ヶ月をほぼ費やした気がします。

で、最終的に残ったのは読み終えた達成感と、これで新しい本に向かえるという解放感でした。
あっ、それと“文体は重要だ”という発見。
読後の感想は…、あと5年後くらいに再読してからかなぁ。

有難い事に、そんな読了のタイミングにAmazonで20円で見つけたのが、「満月、空に満月」でした。


【本日の一曲】 「氷の世界」by 井上陽水。


1973年12月に発売された三枚目のアルバムの表題曲。
玉下は中学生で、友達に家に遊びに行って初めて聴いた記憶があります。
何故この曲が今日の一曲か…。

続きは次回のブログで。

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スライド3  wrote by 玉下奴郎
  

人並みに読書をする方だと思うけど、読むペースは波が激しい。
幸か不幸か郊外在住なので、仕事場への行き帰りは片道約1時間。
そんな生活を続けているので、i-Podでの音楽鑑賞と読書時間は充分にある。

そのリズムが崩れる時、それもマイナスに崩れる時がたまにある。
今回がそうだった…。
「フラニーとズーイ」。村上春樹が翻訳したサリンジャーの小説だ。



発売が告知されてすぐにAmazonで予約したので、発売日に帰宅すると既に家に届いていた。
3月は色々な案件が何故か惑星直列の様に重なってしまい、物理的に余裕がなかった以上に精神的にパツパツになっていて、前述の通勤時間にも音楽や活字と接する気分になれなかった。
そこを無理矢理にこじ開けたのが、村上春樹の新作…。
翻訳とはいえ楽しみにしていた。
しかも彼の新作といえばハードカバーと相場が決まっているが、今回は異例で、いきなり文庫本で出版された。
訳者の思惑か出版社の計算か、安価で手軽な点は嬉しい。

ところが、である。
ページが全く進まない。
物語に入っていけない。

本を手にした段階でも精神的&物理的パツパツ状態は続いていた。
最初はそのせいかと思った。
でもこれまでの経験則では、物語に入ってしまえば大丈夫だった。
極端な時には寝食を忘れて読書に没頭出来た。
読み始めたら長短にかかわらず読み終わらないと気が済まないので、弾みさえつけばサクサクとページをめくる筈なのに、何故かその状態に没入出来ない。
パツパツ状態がディープ過ぎて、集中出来ないのか…。
ストーリーに共感出来ないからなのか?

今回のサリンジャー+村上春樹の組み合わせで、以前も「キャッチャー・イン・ザ・ライ」がそうだった。
それまでのポピュラーな邦題は「ライ麦畑でつかまえて」。
「ライ麦…」は学生時代にどうも性に合わなくて苦労した。
30年近い時を経て大好きな村上訳でも、その点は解消出来なかった。

それが今回の「フラニー…」でも同様だった。
村上訳でもチャンドラーやフィッツジェラルドやカポーティは大丈夫。
何故かサリンジャーが合わない。

読み進んでいるうちに気がつきました。
恐らく文体だと思います。

ここから先の自己分析は少し長くなるので、
今回は此処まで…。
続いて読んだ二冊も文体に関連します、恐らく…。


【本日の一曲】 「 ジ・エンタテーナー 」。映画『スティング』のテーマです。


なんとなく「フラニーとズーイ」の頃の時代。
いや、映画の方がずっと前だ。
でもこの映画が大好きなのでご容赦。


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スライド3  wrote by 玉下奴郎
トイレに行ったら手を洗う。これ当たり前。
小さいころから教え込まれた習慣である。
お手洗いというし、英語ではWashroomと言ったりするし、中国語でも洗手間と書く。
手を洗う

が、しかし、そうでもない人がいる。
ホテルや駅といった、いわゆる公衆トイレだと、手洗い場はまさしく公共の場。

トイレ

特に男性の場合、入ってきてから小用をたし、手を洗って出ていくまでの全過程がまる見えなのだが、
たまに手を洗わない人、
おもに右手の指2~3本だけを、ちょこっと水に当てるだけの人(これって洗ってるうちに入るの?)がいたりする。

女性の場合、手を洗わない人はいないだろうし、(そう信じたい)
さらにはメイクを直すなどもするだろうから、
男性のそんなシーンを見たら、げげげっとなることは間違いないだろう。

さて、「本日の疑問・・・手を洗うこと」は、そういう無精なおっさんを糾弾するのが目的じゃない。
なぜ、用をたした後に手を洗うのか?
もちろん手をきれいにして、おまけに身だしなみを整えて行くため。

でも、でもですよ、みなさん、
手を洗う前に、その手で服装を整えていませんか?

ということは、洗う前の手で、思いっきり(?)服を触っているから
実は、汚れは服についてしまっているのでは?
いやいや、そもそも用をたしたら、神経質なまでに手を洗う必要があるほど汚れてしまうものなのか。

前述、手を洗わない、もしくは指2~3本をちょろちょろ、という不逞な行為に及ぶのは
ほとんどおっさんなのである。
そのおっさんたちは、「実は不潔ではない」ことを達観しているのだろうか・・・(そんなわけないね)

公衆トイレで、下半身むき出しのまま洗面台に向かうことはできないし、やったら変態、犯罪者。
でも自宅の個室ならは可能だ。
・・・と、さて、いつ手を洗おうかと考え込んでしまった。

すみません、くだらない疑問で。


【本日の一曲】 トイレといえばこの曲。テッパンですね。
トイレの神様 by 植村花菜


こんなに長い曲だったんだ・・・

で、おまけ。
寅さんの名言。
「昔から、早飯早糞芸のうち、と言って、私など座ったと思ったらもうケツを拭いております。
 この間などはクソをする前にケツを拭いてしまって、まあ親戚中で大笑い! 」


関連 ■本日の疑問・・・スリッパ

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スライド16  wrote by 1961_TM
最近なぜか気になるのが、EXILE ATSUSHIの『MAKE A MIRACLE』。
今日もYouTubeで何回聴いたことやら・・・



EXILEは娘からのリクエストで車中かなり聴いていた。
なるほど、いい歌もある。が、実のところEXILEはあまり好きではない。
ATSUSHは歌はうまいと思うけど、なんであそこまでかっこつけなきゃならんのだと思わないでもない。
 (当時のジュリーも年配者からはそう思われていたのかな・・・? いや格が違うな)

節回し、歌い方が演歌にしか聞こえないなんだけど、
あのメロディであの多人数がHIP HOP的に踊っているのが、もっとわからん・・・

で、最近の『MAKE A MIRACLE』はちょっと違った。
なぜにこんなに気になるのか、ずっとわからず、玉下さんに精神分析とともに楽曲解説をお願いしようとも思っていたのだが、その機会がないまま、
今日ハタと気がついた。

ノリが『Won't Be Long』なのではないか?



わが不良のアニキたち、バブルガム・ブラザーズ、1990年のヒット曲。
当のEXILEや倖田來未ねーさんも、カバーしている。

『MAKE A MIRACLE』の途中から、Won't Be Long~Won't Be Long~おまえまためにすべて~♪と
歌ってもハマるではないか・・・(僕だけ?)

ここで玉下さんなら、さまざまな背景や関連性を開設してくれるのだろうけど、僕にはその知識はない。
ただただ、くやしいかな『MAKE A MIRACLE』が気になって仕方がないフラストレーションを吐き出しただけ。
うむむ、しょーもないブログになってしまった。すみません。

1960+世代のみなさん、『Won't Be Long』で踊り狂おうぜNIGHTでもやりまっか?


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スライド2  wrote by 1960_TM (音楽カテゴリーにするのも恥ずかしいぞ)
昨年2013年の10月から、TBS系列で日曜日の深夜に放映していた『リシリな夜』。
とんねるずの石橋貴明がMCをつとめるトーク番組で、3月末で終了した。

たまーに観ていたくらいだったが、
最終回とその前回のゲストが伊集院静と知って、録画をセット。
リシリな夜01

いやはや、おもしろかった。
あの石橋貴明が、緊張しまくり、遠慮しまくり、はっきり言ってビビりまくり。(ちなみに石橋は1961年生まれの同い歳。)
おもしろかったのはそのビビりではない。
伊集院静氏の「たたずまい」にあらためて魅了されたのだ。

で、買ったのが、これ。
大人の流儀

2011年3月の『大人の流儀』以来、シリーズを重ね、今年3月に『大人の流儀4 許す力』が出版されたばかり。
で、一気に4巻「大人買い」。
いままで小説はかなり読んでいたが、エッセイものははじめてかも。

この流儀シリーズは賛否両論まっぷたつ。
特に女性にはあまりウケがよろしくないらしい・・・
最後の無頼派といわれる作者が言いたい放題、傍若無人なまでの言葉が連なっているからなのかもしれない。

しかし、この本には自身の矜持が色濃く込められている。
「教えてあげる」「これで成功する」といったビジネス書が多い中、
「大人とは自らが自らの生き方について考えるべき」という強烈なメッセージがそこかしこに。

“頼るもの無し”と書く無頼とは、孤独なアウトローではなく、ひとりの人として自立していること。
人は支えあって生きるから「人」という字なのだ、なんていうのを「甘い!」と真っ向から否定しているようでいて、実は人と人の関係をとても大切にしている人なのだと感じる。
贈り物に対して丁寧な感想とともに必ず礼状を書いたり、
これだけ故人の墓参りを重ねる人を、僕は他に知らない。

阿佐田哲也こと色川武大との旅打ち(ギャンブル旅行)の思い出。
松井秀喜をはじめとする著名人にとどまらず、小さなおでん屋のおばあちゃんなど、さまざまな人との交流。
両親や姉弟との生い立ちと今。
亡くした先妻 夏目雅子と現在の妻 篠ひろ子との仙台での生活模様。
特に仙台での生活はあの震災のまっただ中にいた・・・。

そして、在日二世でありながら、と言っては失礼かもしれないけど、日本への強い強い愛情があふれている。

伊集院静の生き様は決して褒められたものではない。(憧れるけど)
でも、この本に記されているその言葉に、僕は間違いなく影響されている。(良くも悪しくも・・・笑)
いつ息子に読ませようか・・・やっぱり成人式の時かな。(3年後か・・・)

【本日の一枚】 リシリな夜からの1カット(拡大)
リシリな夜02

テレビのスタジオでここまで煙草を吸いまくった人は近年いないのでは・・・
この煙草の火の付け方を観て、禁煙なんてするもんかと改めて誓ったのでありました。

関連(玉下さん、ランシンさんも伊集院静について書いていました。ぜひこちらもお読みください)
■安倍政権での成人式...。
■「贈る言葉」 伊集院 静
■「別れる力 大人の流儀3」 伊集院 静

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スライド3  wrote by 1961_TM
先日、とある場面での話。
玉下とランシンさんを含めて10人くらいの人達と会話をしていた時。
話題は1970年代の出来事のなんやかんや。
万博があったりフォークが流行ったり、その時に自分は何年生だったとか、こんなテレビを観てたとか…。

流れ的に主に話をしていたのは玉下だったんですが、途中で或る方がこう言いました。
「玉下さん、西暦ではなく昭和でお話をしてください」
「西暦だとその頃に自分が何歳だったか、ピンとこないんです」

お~、目から鱗がポロポロと落ちました。

このブログのタイトルにもある様に、玉下は1960年生まれです。
ランシンさんも同じで、1961_TMさんがひとつ下。
で、この1960年生まれって、色々と計算がしやすい。
70年代とか80年代とか90年代が、自分の10代や20代や30代とリンクします。
別に世間の流行や文化の流れが10年周期で変わるとは限らないけど、なんとなく世の中の風潮として“70年代は…”という言い方があります。
小学六年生の時は…、って考えた時に思い浮かぶのは、昭和47年ではなく1972年なんです。

でも一方で、昭和30年代とか昭和40年代というのも、確かにカラダに染み込んでいます。
好きな雑誌で『昭和40年男』という本があります。
 

編集長の方が昭和40年生まれで、彼が小学生だったり高校生だったりした時の、自分自身が夢中になった事を特集している雑誌。売れてます!
スーパーカーだったりプロレスだったりプラモデルだったり、アイドルだったりシティ・ポップだったり角川映画だったり…。
創刊したての頃は発行部数も伸びず広告も入りにくかったのが、今では10万部近い売り上げでコンビニでも買えます。

昭和は間違いなく染み込んでいるんですよね。

桑田佳祐が年末に行った「一人紅白歌合戦」には、“昭和八十八年度”と書いてありました。


余談ですが、ビートルズが全米デビューしたのは1964年。
「上を向いて歩こう」が全米で1位になったのが昭和38年。


イギリスのEMIというビートルズが所属していたレコード会社は、アメリカのキャピトルという大手レコード会社にビートルズを売り込みました。
でも“こんな地味なメロディでイントロがハーモニカの曲は売れない”と判断して、替わりにローカルのラジオ局でリクエストが増えてきた無名の東洋人と契約。
それが坂本九だったんです。
つまりビートルズの全米デビューを遅らせたのは、我らが九ちゃんの「上を向いて歩こう」だったんです。
西暦と昭和だと余りリンクしないけど、時間軸は一緒なんです。

もう4月になるのに、未だに今年が平成何年か悩む玉下でした。


【本日の一曲】 「世界の国からこんにちは」by 三波春夫


大阪万博、昭和45年を思い浮かべるか1970年か…。
西暦を意識したのはこの頃かなぁ。

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スライド12   wrote by 玉下奴郎