1960+(50代3人による暇つぶしのお供) -20ページ目

1960+(50代3人による暇つぶしのお供)

玉下奴郎とその仲間たち、計3人のブログ。 音楽、映画、書籍、時事などなど、50代(1960+世代と呼ぶ)にまつわる話題をつらつらと。「暇つぶしのお供」にどうぞ。

玉下さんのブログ「百日紅」原稿を受け取ったとき、
僕は映画「百日紅」を観たあとで、その偶然に驚いていた。

僕は杉浦日向子という作家のことは、名前は知ってはいたけど、
その著書・漫画を手にしたことはなかった。
なのになぜだろう。
ネットか新聞だっただろうか、その広告を見た途端に、「観に行こう」と思ったのだ。

僕はそんなに映画を観に行くほうではない。たぶん玉下さんの10分の1も観ていない。
観たとしても、なにも考えなくていい、ハリウッドのドッカーンのりのり映画で憂さ晴らしをするくらい。
実はいまもなぜ観に行こうと思ったのか説明できない。わからない。

百日紅01

で、どうだったのか?
すこぶる幸せな時間だった。
玉下さんや、他の映画ブログを書く方々のようにうまく書けないし、残念ながら知識も持ち合わせていない。
クチコミにあるような、声優の良し悪しも、盛り上がりのないオムニバス的ストーリー展開も、まったく気にならず、虚実入り乱れた不思議な江戸の雰囲気の中にどっぷり浸かった90分だったのだ。
ちゃんとした感想は、きっと玉下さんが書いてくれるだろう(笑)

さて、観たのは、テアトル新宿。

百日紅02

はじめての映画館だった。
こぢんまりとしたロビーには、原恵一監督のサイン色紙をはじめ、ポスターや広告が貼られ、
さしずめ芝居小屋のよう。
上映前にさまざまな映画の予告編があるけど、それらもいつもとは違う傾向。
ほとんどがTOHOシネマズばかりの僕にとって、映画館自体も新鮮だった。

映画通とは程遠い僕のような人間には、ともすると敷居が高い映画館かもしれない。
でも「百日紅」のおかげで、ちょっと映画通の気分まで味あわせてもらえた。


【本日の一枚】 漫画『百日紅』下巻
百日紅03

映画から数日後、僕の手元に漫画『百日紅』の上下巻。
写真は、東京湾を横断する高速バスの中、僕の膝の上。
後日ブログに書こうかなという予告編的備忘録として載せておこう。


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スライド1 wrote by 1961_TM
百日紅

きっかけはアニメ映画だった。
好きな俳優の杏と松重豊が主役の声優をする。
題材は浮世絵師の北斎とその娘で、主題歌は椎名林檎。
まぁ、これくらい興味がある要素があるのなら、
映画館へ行けば良いのだが…。
こればっかりはタイミングが合わなければ仕方がない。

その点、本は良い。自分の都合で読み進められる。
時間や場所を問わないし、読み飛ばしも読み返しも自由にできる。

それにしても、この作家を全く知らなかった。
調べると1958年生まれ。2歳ほど年長だった。
だった、というのは既に早逝しているからである。
職業は、本職はなんだったんだろう。
先ず「百日紅」はマンガである。
でもエッセイも色々と書いているし、
江戸文化の研究家としてテレビにも出ていた。
世事に疎い昭和9年生まれの母も、彼女を知っていた。
NHKによく出ていたらしい。

すぎうらひなこ

「世界中を船旅するって言って、番組を降りたのよ」
母は好きな有名人のエピソードを嬉しそうに、でも残念そうに語った。

しかし真実は違っている。
彼女はその時、既に癌という病魔に冒されていた。
闘病のための番組降板を、世界旅行という理由で発表したのである。
江戸文化の研究家は、その死に様まで江戸っ子だった。

ちなみにこの話を教えてくれたのは、我がカミさん。
いやぁ、オトコがボォ~としている間に、
如何に女性は様々な知識を身につけているのか。

更にちなみに、かつては荒俣宏と婚姻関係だったとのこと。
こちらは早々に離婚してしまい、その後は独身だったらしい。
北斎や国芳と現代のオトコを比べてしまい、
結婚のハードルが高くなったのかも知れない。
一方の荒俣宏は離婚後にスチュワーデスさんと再婚。
人生、わからないものだ。

 

さて肝心の「百日紅」、面白い。面白い。
主役は娘のお栄なのだが、ほぼ父親と二人暮し。
母親や兄弟も登場するが同居はしていない。
この二人の日常生活が、即ち江戸文化の具現化。
ちょっとした言葉遣いや仕草、立ち寄る店や食べ物。
池波正太郎の小説もつぶさに江戸文化を描写しているが、
活字とマンガの違いは歴然だ。
※どちらが良いとかいう話ではないです。

残念なのは、続編が読めないこと。
恐らく彼女の頭の中では、北斎とお栄の残した多くの作品から、
二人の日常生活の会話が聞き取れていたのだろう。

大瀧詠一にしても同様だが、脳みその中身が消失してしまう。
これが何とも口惜しい…。

「百日紅」、読んだら無性に浮世絵をじっくり鑑賞したくなった。


【本日の一曲】
ということで、映画「百日紅」の主題歌を含む予告編です。
「最果てが見たい」by 椎名林檎



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スライド3  wrote by 玉下奴郎
昨日の日曜日、久しぶりに集まった1960+の3人。
ランシンさんの「介護の現実」を、現実に話すなど、いままでとちょっと違った数時間でした。
みなさんからいただいたコメントも参考にさせていただきました。
1960+一同、心より、お礼申し上げます。

ランシンさんが、これからどうするのか、
それをまたブログに書くのか、それはまったくの未定ですが、
誰もが避けては通れない道。
きっとこの場で取り上げることになるでしょう。

明日からこのブログは通常のノリに戻り、玉下さんの百日紅が登場する予定です。

これからもどうぞよろしく!


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スライド4
久~しぶりに登場したランシンさん。
その原稿は、「介護の現実」。

考えても考えても答えが見つからない。
僕の母も雪深い新潟でひとり暮らし。
80歳となったいまも、自給自足の小さな畑を耕し、冬は雪と戦っている。

男だけの3人兄弟。
長男は、理由あってクルマで10分くらいのところに住み、(よくある理由です)
次男は、クルマで1時間ほどのところに住んでいるが、週末はよく帰って母に付き合ってくれている。
そして三男の僕は、遠く離れた横浜でのほほんとしている。

近い将来、僕にもランシンさん同様の課題が突きつけられるはずだ。
GWに帰省して、親はもちろん、親戚や近所で多くの老いが進行していることを実感した。


明日の日曜日、1960+の3人が久しぶりに集合する。
さて、どんな会合になるのか。
こころして臨もうと思っている。


蛇足ながら・・・

老いとは

「若」の半分を隠すと、「老」に見えてきた。
知ってました?
欠けてしまった右半分はなんなのだろう?


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スライド12  wrote by 1961_TM
今や常に話題に上がる介護の話。
正確には介護問題。実はほんの1年前は、他人事だったわけだが・・・。

関西の田舎に住む87歳になる母親が、歩けなくなったのは今年の正月明け。
年始に私は実家に帰り、杖をつきながらも外出することを楽しみにしている彼女を車に乗せ、回転寿しで楽しく食事をした。
「まあ、今年も元気でなあ、今度帰った時は回らない寿司屋に行こう」とたわいもない会話をして実家を後にしたのだった。

それから一週間後、弟から連絡がはいる。
「母親が歩けなくなった」と。
そこから私の、いや我が家の「介護問題」は始まった。
なによりも問題は、母親の面倒を誰が見るか。
母親と一緒に住んでいるのは弟の妻と中高生の子供たち。
弟は単身赴任で実家を離れ関西の都市で暮らす。
週末はなんとか実家に帰れるものの平日は基本無理だ。
東京で暮らす私などひと月に1回帰れればいいほうだ。
とはいえ、実家で母親の面倒を彼女一人に負わすわけにはいかない。
もちろん介護ということで、ヘルパーさんも週1日来てくれているらしいが。

車いすイメージ01 ※イメージです。

「介護問題」の本質とは、自分の、自分たちの生活や人生とどう向き合うかということだ。
また「生きる」ということをあらためて考えさせられる。
考えてもみなかった肉親である弟との信頼関係も揺らぐ。
東京に住む私にはなにもできない、何もしていないという事実だけがある。
どんなに励ましの言葉をかけようが、感謝の気持ちを伝えようが、意味をなさない。
実家で日々起こっている現実にリアリティがないのだから。
知人からは「それは仕方ないこと、弟くんもわかっているよ」と言われる。

「母親の介護は、僕らに突きつけられた矢のようだと思う。
どう耐えるか、何ができるか、自分の全てが問われている。
兄貴には、 母との同居を代わってくれ、なんか毛頭言うつもりはない。
僕は僕で懸命に、この現実に耐えようと思う。
兄貴は兄貴で、何ができるか、真剣で考えてください。
そうしないと、僕が貴方を見限ります。」

弟が私に送ってきたメールだ。(原文のまま)

このメールに返す言葉はない。
あるとすれば、言葉でなく行動だ。弟は、私に期待も諦めもしていないだろう。
「あなたは人としてどうするのですか?」と
兄弟の距離でも他人の距離でもない関係で私に問いかけている。
仕方ない、では済まされない。

以前は母親と私、親子の関係性の中で母親に何をしてやれるのだろうかとばかり考えていた。
けれど今はそんな単純なことでない。
自分の人生とは? 弟の人生とは? 家族の人生とは?
そして、何より「介護」とはなんだろう?
こんなことは、私だけに降りかかっていることではない。
周囲にも似たような話をよく耳にする。
読者の皆様の中にもきっといらっしゃるだろう。

私が祖父や祖母を見送った30年ほど前は、「介護」という言葉はなかった。
死ぬことを惜しんだ。もっと長生きをすることを望んでいた。
けれど女性の平均寿命が87歳の現在において、長生きすることが本人や家族や周辺の人達にとってほんとうに幸せなことなのだろうか?

「もう充分生きた、これ以上みんなに迷惑をかけたくない、あなたたちは、自分の人生を生きて欲しい」

帰省の度に、母親が口にする言葉だ。
そして最後は「死ねないのが不幸だ。」と涙ながらに言う。
本人の矜持を痛いほどわかる。
本人をはじめ周囲のみんなが苦しんで耐えている。
与えられた「生きる」試練なのか、自問自答する日々だ。


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スライド12  wrote by ランシン
珍しく暦通りのゴールデンウイークとなった。
1年に1回も帰省しない僕だけど、大学3年生の娘が運転免許をとったことから、練習を兼ねて1泊2日で新潟へのドライブとあいなった。

年頃の娘とのふたり旅なんて珍しいのかな?
まぁ娘と僕にはさして不自然なことはどこもなく、
「怖いよ~」とか「ひゃー」とか叫ぶ娘の隣で
筋肉痛になりそうなほど緊張しながらのドライブとなった。

東名⇒環八⇒関越⇒上越国際スキー場のある峠を越えると実家である。
行きの70%は僕が運転したが、帰り道の多くは娘が運転した。

初心者運転練習01 初心者運転練習02

左の写真の奥に見えるのが、ガーラ湯沢。右は上越国際スキー場の近く。
暑いほどのゴールデンウイークだが、新潟の山奥ではまだ雪が残っている。

グリーンピア津南01 グリーンピア津南03

実家を起点にした練習ドライブで行ってみたニュー・グリーンピア津南は、ことのほか雪が多く、ゲレンデではソリ遊び程度はできそうだった。
ドライブのお約束的(?)ソフトクリームも、途中からは寒さが身にしみたくらい。

グリーンピア津南02

親としては初心者の運転は怖いし、できるだけリスクを避けて欲しいと思う。
でも、自分を顧みれば、高校時代からバイクに乗り、
大学では親の許しも受けずにクルマを買って乗り回していた。
危ない目にも多くあったし、国に「お詫び」を支払うことも多かった。
幸い保険を使うような事故にはあわなかったものの、
いまの自分からみれば無茶、無知、無謀の限りを尽くしていた。

当時、兄に言われた言葉を思い出す。
「クルマはいつでも人を殺す可能性がある。その覚悟をもって乗れ」
高校で「番」をはっていた兄の言葉だからこそ重みがあった。

もちろん娘にもその言葉を伝えた。
それ以外はほとんど口出しせず、クルマの基本的な装備の操作説明とちょっとした運転のコツを教えただけにとどめた。
隣でごちゃごちゃ言われるのは自動車学校で十分。
「覚悟」をもって、大胆かつ繊細にトライ&エラーを重ねるしかない。
そうして「人馬一体」となり、楽しさが生まれていくのが運転だ。
ぜひとも楽しいドライブができるドライバーになってほしい。


【本日の一曲】  ロビンソン by スピッツ


クルマのハードディスクに入っていた古い曲。
鼻歌をうたっていたのは娘。
僕はあまりそんな余裕はなかった・・・(苦笑)


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スライド7  wrote by 1961_TM
何年振りだろう。( 恐らく10年はインターバルがある )
何度目だろう。( 間違いなく3回は読んでいる )

 

つい最近、ひょんな出会いで無性に読みたくなった。
突然、暴力的に、一切の猶予を含まず、無性に読みたくなった。
村上春樹の長編で、俗に“羊三部作”と呼ばれていた作品の、更に続編小説。
出版されたのは1988年で、玉下は既に結婚をして子供が二人いて、
何の不満も不安もないサラリーマン生活を送っていた。

物語の舞台は1983年で、ちょうど東京ディズニーランドが開園する頃。
まだ音楽を聴くメディアにCDは登場しておらず、
調べ物をするには人々は図書館へ行く時代。
電話はもちろん携帯ではなく、その替わりに留守番電話が便利だった…。

主人公の男性は34歳で、読んでいる玉下よりもかなり年上。
ああ、自分も30歳を越えるとこんな風に考えたりできるのかと、
漠然とした気持ちを抱きながら読んだ記憶がある。

ストーリーは様々な書評などで紹介されているし、
何しろ200万部以上も売れている小説なので割愛します。
2015年に1983年を舞台にした小説を読んでいて気づく事。
今回はここに重心を置きながら読み進んでいました。

先ず何と言っても行動がアナログな点です。
もちろんメールだって存在していません。
玉下が就職をしたのが1983年でしたが、
コンピューターはPCではなくコンピューターと呼ばれていて、
全くパーソナルな存在ではありませんでした。
大学は文系だったんですが、就職をしてCOBOLとかBASICを教わりました。
 ※プログラムを組む言語ですが、スペリングには自信がないです。

会社では海外とやり取りをするためにテレックス室があり、
電話をかけるにはKDDIのオペレータを通していました。
物を届けるのは郵便か手渡し。
バイク便というビジネスはまだ一般的ではなく、
家で連絡を受けるには待機をしているか、
あるいは留守番電話のテープをセットして出掛けていました。

でもそんな時代でも産業は栄えていたし、
文化も創造されていたし、
恋愛だってちゃんと成立をしていました。

寧ろデジタルでない分、時間がゆっくりと流れていたかもしれません。
※もちろん、当時はそんな事を全く思わないけど…。

決してあの頃に戻りたいという文脈でこのブログを書いているのではないですが、でも確実に我々には1983年と1988年があったんです。

余談ですが1988年にはランシンさんや1961_TMさんと出会ってました!


【本日の一曲】  「マーマレードグッバイ」 by 山下達郎
ちょうどこの小説を読んでいる時に、この曲を使ったコマーシャルが流れていました。
小説の喪失感と歌詞のトーンがシンクロしていて、個人的には「ダンス・ダンス・ダンス」のテーマ曲なんです。




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スライド3  wrote by 玉下奴郎
「ごめんよ、あんたの煙草、もう入荷しなくなっちまったよ」

四ツ谷は荒木町にひっそりとある煙草屋のおやじは、さほどすまないとは思っていなそうな口調でそう言った。

「人気ないんだってさ。外の自販機からも外されちゃったんだ」

僕が喫っていたのは、KENTの6mg。
添加物なしということで、「テイストプラス」というサブネーム(?)が付いていた。
そういえば近所のコンビニでは200以上の銘柄が置いてあるのに
この銘柄は1か月以上お目にかかれなかった。
だからいつも煙草屋でカートン買い。
ちょっとボケ始めたかもと思わせるおやじが、僕の顔と銘柄を覚えてくれるまで半年かかったけど
かれこれ5年以上もの付き合いになる。

「じゃあ、どれを喫おうかな」

おやじは、「なんでもいいんじゃない」と無責任に笑っている。
しょーがねーなぁ。
同じKENTの6mgで「ジェットフィルター」と書かれた白いボックスを選んだ。
まずは1箱喫ってみて、気にいったらこれを続けるとしよう。

たばこ_KENT2種

喫煙に対する風当たりはますます強くなる一方なのに、
コンビニの棚をみれば、煙草の種類は百花繚乱のごとし。
新商品もどんどん登場しているらしい。
そんなにあっても選べねーよ。
そもそも煙草に限らず、なににつけ新しいものを試したがるタイプではない。

本や音楽、食事、酒、そして付き合う人々(女性を含めてね・・・笑)等々、
どんどん開拓していく「狩人タイプ」が、僕のまわりにもいるけど、
うらやましいような、うらやましくないような・・・


【本日の一曲】 スローなブギにしてくれ by 南佳孝


♪マッチひとつ擦って~顔ぉを見せてくれぇ~♪


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スライド12  wrote by 1961_TM
もう、わかりやすいタイトル。ノックアウトです。
ザ・ビートルズが公式録音、つまり海賊盤やライブ盤ではなく、
公式にシングルやアルバムで発表した全曲を解説した本です。



著者はビートルズ愛好家を自称する藤本国彦氏。
元「レコード・コレクターズ」というマニアックな音楽専門誌の編集長。
多分、著述の内容から1960+世代だと思います。

ビートルズを愛聴していて楽なのが、その気になれば取り敢えずは全貌を把握出来る事。
既に1970年に解散しているので、初期・中期・後期に区分けもしやすいし、先ずは213曲を聴けば彼らの作品を網羅出来る。

山下達郎や村上春樹の様に現役の人だと、
どこまでいっても新作が気になる。

一方でベートーベンやマイルスやコルトレーンだと、
全ての作品を耳にするには道のりが険しい。

話を本書に戻そう。
ビートルズの楽曲や作品解説の本は、古今東西でたくさん出ている。
入門編というには余りにもお粗末な内容でも、
タイトルにビートルズがつくとそれなりに売れる。
 ※これは雑誌に多いですが…。

一方ででマニアックなアプローチとなると、
レコーディングのデータとか、シングルとアルバムのミックス違いとか、
サウンドの分析や歌詞の解説や楽器の紹介や…。
深く研究すればする程、新しい事実が発見されたりする。

本書はビートルズが作品を発表した順番に、
1曲1ページで解説しています。
この長さが適当でちょうど良い。
曲の長さが3分前後なので、iPodで聴きながら読む。
誰が作ったとか、いつ録音したとかの基礎情報。
ちょっとしたトリビアなネタが二つ三つ。
これで1ページが埋まる。

著者の酸いも甘いもの知り尽くしビートルズの知識故に、
適度に抽出されたネタが心地よいのです。

玉下もボチボチはビートルズのマニアですが、
それでも知らなかったことがたくさん。
それを軽いスタイルで、研究本という装丁でなく編集する。

このセンスに脱帽です。

嗚呼、ビートルズって本当にイイですね。

曲、選べない…。ご容赦ください。


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スライド2 スライド3  wrote by 玉下奴郎

追伸
ポール@ドームを観てきました!
近々レポートを書きます。

ホンダのクルマのことではない。

とあるホテルのレストランに貼ってあったポスター。
若そうなシェフたちがずらりと並んだ写真に「レジェンドたちの饗宴」的なコピーが書かれていた。
おそらくその道では有名なシェフたちを集めたフェアの告知だったのだろうけど、「レジェンド」という言葉によって、かえって安っぽい印象を受けてしまった。

「レジェンド」は、引退した、もしくは亡くなってしまった人に対して使われるべき冠言葉だと思っているのだが、調べたら、「伝説になる予感がする、あるいは伝説になるような名声を成し遂げた人物」と意味付されていた。

2014年の流行語大賞のひとつに選ばれた理由がスキージャンプ葛西紀明選手、プロゴルファー青木功選手、プロ野球山本昌選手。
以来、スポーツ界のみならず、さまざまなジャンルにおいて
「普通なら引退してもおかしくない年齢なのに、現役でがんばっている人」に対して乱発している気がしてならない。
長くやっているのだから、それなりの選手だし、それなりの成績を残しているのは当然なわけで、まぁ、「レジェンド」と称することは、あながち間違いじゃなさそうだけど。

単に「ベテラン」でいいような気がする人も多くない?
いろんな業界でほんとうに語り継がれるべき「伝説」が、そんなに多くていいのだろうか。
多すぎて語り尽くせないじゃない?
やがて、「レジェンドの中のレジェンド」とか「キング・オブ・レジェンド」とか、どんどんわからなくなっていのかもしれないね。


【本日の一本】 Honda LegendのCM


レジェンドという名前なのに、レジェンドの称号は得られないだろうクルマ。
いいクルマではあるんだけどね。


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スライド16  wrote by 1961_TM