2020.5.14
世界は長いトンネルに入り、出口が見えないままみんな闇の中を歩き続けたり、立ちすくんだりしています。
先週土曜日、作家の五木寛之がテレビ番組「世界一受けたい授業」に登場し、不安と閉塞感が濃厚に漂う現世を生きる私たちに、氏の世界観、人生観を語っていました。1932年9月30日、石原慎太郎と全く同じ日に誕生された氏は既に満87歳の御年ですが、頭脳明晰で滑舌もなめらかでしたね。
五木さんは昭和40年代前半、数々のベストセラー小説を発表し時代の寵児となりましたが、思う所あって1972年休筆宣言をし、京都に転居し龍谷大学で浄土真宗の教えを学ばれました。
私が大学生の時、ゼミの先生のマンションに何度か呼んでいただいた折、その先生が、五木寛之は自分と同じ1932年生まれで、数年前までこのマンションに住んでいて、何回かお姿を見かけたことがある、という話をちょっと自慢気に語ってました。
龍谷大学で学んだ後は、小説からエッセーと浄土真宗関係の著述に軸足を移し、今も現役作家として週刊誌等で健筆をふるっておられます。
ベストセラーになったエッセー集『生きるヒント』の中の下記のエピソードは、読者に生きる勇気を与えてくれる素晴らしい文章だと思います。
【引用開始】
(アサガオの研究家の女性がたゆまぬ実験をして突き止めた真実)
アサガオは夜明けに咲きます。
ふつう私たちはそれを、朝の光を受けてアサガオが花を開くのではないかと考えます。
しかし、その研究家のたやまぬ実験の結果、アサガオの花が開くためには、光とか、あたたかい温度とか、そういうものだけでは不十分であるということがわかったのだそうです。
二十四時間、光をあてっぱなしにしていただけではアサガオの蕾(つぼみ)は、ついに開きませんでした。
そこに紹介されている短い文章は、実験の結果を淡々と述べたものですが、ぼくにはとても詩的な感動をおぼえさせるものでした。
アサガオの蕾は朝の光によって開くのではないらしいのです。逆に、それに先立つ夜の時間の冷たさと、闇の深さが不可欠、という報告でした。
【引用終了】
『生きるヒント1』 「悲しむ」から
アサガオの話をしたついでに、桜の話もしてみましょう。
花のない桜を見上げて満開の日を想ったことはあったか?
想像しなきゃ
夢は見られない
心の窓