2020.8.26
現在の高校3年生諸君は、中学生の頃から、
「あなたがたが大学を受ける年から入試制度は大きく変わるんだよ。だから、それに備えて準備する必要がある」と言われ続けてきた。
しかし、根本的な変革はなされないまま、「英語における民間検定の導入」と「共通テストに記述式問題を入れる」といった些末な話だけが生き残り、それらすら世間の大反対を受けて立ち消えとなってしまった。
そうしてそうして、コロナウィルス大流行である。
これほど時代の嵐に翻弄された世代はめったにない。
しかしながら、古人も「艱難辛苦汝を玉とす」と言っている。
酷暑に負けず、勉学にいそしんでください。
[過去公開記事]
第582話 2019.3.20
現在、着々と進行している「大学入試制度改革」は、アメリカの入試制度をモデルとしているように思われる。
センター試験の問題の質も大きく変わることが決まっており、その試行テスト問題も公表されている。
先日、勤務校の1年生が受験した駿台ハイレベル模試・国語のオプションで出題された「現実にありそうな資料を分析する問題」(試行問題に準じたもの)を私もやってみたが、これは地頭の良い生徒なら特別な対策をしなくても(受験勉強しなくても)高得点が取れる。逆にそうでない生徒は、がんばっても得点力を伸ばすのは難しいという問題だと思った。
そういうのが良問だ、という価値判断もあるのだけれど、私は手放しで称賛する気にはなれない。
また、新共通テストでは、アメリカのSAT(大学進学適性試験)のように複数回受験を可能にすることが検討されていたが、当面は見送られることになった。しかし、将来的には複数回受験が導入される見込みのようだ。
この「複数回受験」という話には、実は極めて重要かつ深刻な問題が含まれている。
アメリカの高校は4年制。
SATは、年間7回実施され、4年間のうちに、いつでも何回でも受験可能であり、最も良いスコアを大学受験に使用できる。
高校に入学したばかりの生徒も受験可能だ。
つまり、この試験は、文字通りの「適性試験」であって、
大学での学習に必要な基礎学力がどの程度あるかを測るものであり、
高校での学習がどの程度身についているかを試すものではないということだ。
従ってアメリカの高校教育では、この試験に向けた対策的な指導は全く行われていないらしい。
ちなみに、どの大学でも、SATに加えてのペーパーテストは実施していない。
このことは、同僚として勤務していたアメリカの大学を卒業したALT(外国語指導助手)から聞いている。
さて、そのような変革が日本の高校の教師と生徒にどのような影響をもたらすかは、なってみないとわからないが、必ずしも良いことばかりではないように思われるのである。
徹底してアメリカになるのなら、それはそれでいいのだろうと思うけれど、中途半端な猿まねは深刻な学力低下をもたらすだけなのではないかと、真剣に危惧している。
実は25年ほど前に文部省は下記のような見解を盛んに発信していた。
まだ30代の若き官僚、寺脇研・文部省初等中等教育局職業教育課長のインタビュー記事の中のものである。
1993年8月23日発行の 「別冊宝島 「日本の教育」改造案 こうすれば日本の学校はガラリと変わる!」という本の中に掲載されている記事だった。
【引用開始】
中学を卒業する子どもには、中学3年生までの学力をしっかり身につけさせようというわけです。いい高校に合格できるための受験教育はしないということ。高校も同じです。自ら考え、自ら学び、自ら行動する子どもをつくっていく。偏差値だけに縛られて、社会に無目的に出るような子どもをなくたいと思っているのです。15の春も30の春も50の春も泣かしたくない。官僚でもいるのですよ。東大を卒業して課長にもなれない人がゴロゴロいる。
………東大の合格実績を吹聴するような公立校長には、辞めてもらいたい。
【引用終了】
[「複数回受験」と「項目反応理論」について過去に公開した記事]
第91話 2017.11.5
苦しみを通して喜びへ (数学がわかる感動)
2013年10月31日、ハロウィンの日の出来事。
教育再生実行会議が公表した第四次提言は世間に大きな衝撃を与えた。
「高等学校教育と大学教育との接続・大学入学者選抜の在り方について」
この文書が、いわゆる「大学入試制度改革」の始まりであった。
当時、私は教育研究所に勤務しており、この提言の内容分析と将来予測をしなければならなかった。
この提言では、わが国の大学入試をペーパーテスト偏重の入試から、アメリカのような「多面的・総合的な人物評価」へと大転換させる、というのが目玉だったのだが、
大学入試センター試験に変わる新しい共通テストを、現行の一発勝負から、アメリカのような「複数回受験」に切り替える、ということも重要な提言の一つであった。
そして、文部科学省のHPでは、
複数回受験を可能にするために、「項目反応理論(IRT)」の導入・活用を研究する、と書かれていた。
調べてみると、アメリカのSAT(大学進学適性検査)や、英語のTOEICもこの高等数学理論を駆使してスコアが出されている。この魔法の理論を使えば、異なるテスト問題の得点を公平に比較できるということだった。
下記の資料は、2013年12月9日の中央教育審議会において東京工業大学の前川眞一先生が委員に向けて「項目反応理論」の概要を説明したパワー・ポイント資料である。
項目反応理論を使うためには、
既に使用したことがあり(過去問) 統計的性質が明らかな問題でなければならない。
新作問題は使えない。
「過去問を使ってもよい」
ではなく
「過去問しか使えない」のが項目反応理論なのである。
上記資料では、
過去問使用・項目反応理論活用・複数回受験・問題非公表
が世界の常識であり、
新作問題・一発勝負・問題公表
の日本式テスト方法は「世界の非常識」なのだという刺激的な事実が詳しく述べられている。
私は仕事で担当していたので、やむを得ず、その「項目反応理論」という面妖な理論を自分の頭で理解しようとチャレンジした。
ネットで検索をかけ、次のような解説記事を熟読したのだが、国語の教員である私には、理解することすこぶる困難な代物であった。
読者の皆さんも、上記3つのリンクをクリックして、この理論の解説を読んでみてください。
理解できれば、ものすごく面白い理論ですよ。
浅学菲才な私は、ものすごい時間をかけ、各種解説記事を繰り返し読んで、何とか私なりに、
この理論によるスコア算出の仕組み と、
なぜそのスコアが客観的・公平なものと考えられるのか、
ということを、他者に向かって説明できるようになった時、心底「わかる喜び」を味わった。
私が強烈な感動を味わえたのは、
この高等数学の理論によって、
SATやTOEICが成り立っているという現実があるからだ。
教員採用試験や企業の管理職昇進の条件で、
TOEICのスコアが630点以上とか800点以上とか言えるのは、この理論あってのものである。
日本のテスト理論では、英検や漢字検定のように、級で評価するのが限度である。
ついでに言うと、本屋にあふれているTOEICやTOEFLには、過去問集はない。
問題は非公表が厳守されており、もしも何らかの手段で本物の問題を入手して本にしたら、厳しい対応をされるのだろう。
ちなみに、項目反応理論を使う試験では、試験問題の中に新作問題を受験者にわからないように入れておき、本番の試験の解答状況によってその問題の統計的性質を明らかにして、問題プールに加えている。
そして言うまでもなく、新作問題は評価対象外である。
もしも、わが国も項目反応理論を使うことで複数回受験を実現するならば、
次の2つの方法のいずれかを選ぶしかない。
1 年間の試験回数を大幅に増やす
年間7回(アメリカの例)ぐらいは必要であろう。
(問題の秘密保持は完全には不可能なので、回数を増やすことで、
大量の問題プールを作るしかない)
2 本番の前に秘密に協力者を確保して解答させデータを取る
ベネッセが実施している英語技能検定GTECはこの手法を用いている。
そして、最終的には、今回の改革では複数回受験導入を見送る、という結論になった。