![頭から離れない曲](https://stat100.ameba.jp/common_style/img/home_common/home/ameba/allskin/ico_kuchikomi2.gif)
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頭から離れない曲は何かと聞かれれば、『恋人もいないのに』を挙げる。
その昔、シモンズという名の女性デュオが歌ってヒットさせた。タイトルに似合わない軽快なメロディと、美しいハーモニーが印象的な佳曲である。
ただ、その心地よいメロディとハーモニーの隙間から、切なく苦い響きが、私には聴こえてくる。ある一人の女性との思い出にリンクしていて、私にとってこの歌は、決して忘れ得ぬ一曲でもある。
中学生のとき、私は合唱部に入っていた。NHKの全国合唱コンクールでは、常に県大会で優勝していたほどの有名な合唱部である。
バリトンの声が素敵な顧問の先生による指導は厳しかったが、とてもやり甲斐があって、毎日が楽しかった。
私が何より嬉しかったのは、その部活で親友ができたことだった。彼女の名前は咲ちゃんとしておこう。私は3年間、いつも咲ちゃんと一緒だった。口論や喧嘩をした記憶などまったくない。
咲ちゃんのキラキラと輝くような美しさに、私は憧れていた。美少女という言葉から多くの人が連想しそうな、彼女はそんな中学生だった。少しでも彼女の輝きに近づきたくて、彼女と同じベリーショートのヘアスタイルにしたこともあった。
そんな咲ちゃんとよく一緒に歌ったのが、当時のヒット曲『恋人もいないのに』だった。二人の息はピッタリで、胸がキュンとなるような素敵なハーモニーを奏でることができた。
私は大好きだった。この歌も、そして咲ちゃんのことも。
私たちは同じ高校を目指し、一緒に頑張って勉強した。そして、その願いを叶え、同じ高校へ進んだ。
しばらくは、一緒に自転車通学していた。 しかし、クラスも部活も別々になり、次第に二人の間に距離が生まれ、いつしか会話を交わすことさえなくなった。
お互いに新しい友人ができ、それぞれに別の道を歩み始めていたある日のことだった。私は、咲ちゃんが、長いスカートをはき、ペチャンコのカバンをさげて街を歩いているのを見かけた。
彼女とすれ違ったとき、私は全身からすーっと血の気が引くような思いを味わった。そのとき私が感じたのは、たとえば、耐え難いほどの居心地の悪さを覚えさせる不協和音だった。
咲ちゃんは、ある種のグループの一員になっていた。
私は東京の大学に進学し、咲ちゃんは、卒業してまもなくグループの一人と結婚した。しかし、すぐに離婚したと噂に聞いた。
大学生になって2年ほどが過ぎ、夏休みで帰省していたとき、私が乗っていたバスに、偶然咲ちゃんが乗って来た。
私に気づいて彼女は少し困った顔をしたが、意外にも私の隣に腰をおろした。そして、静かにゆっくりと話し始めた。
「私、あの高校に行かなきゃよかった。私もお姉ちゃんと同じ商業高校に行けばよかった。私ね、卒業したあと結婚したんだけど、すぐに離婚したの。なんだか、別れてスッキリした・・・」
私は、彼女の美しい横顔を見つめながら、何も知らない振りをして「へえ、そうだったの・・・」とつぶやいた。それ以上、何も言うべき言葉が思い浮かばなかった。
様々な思いが胸の中を駆け巡ったが、十代の後半で結婚と離婚を経験した彼女に、何か言葉をかけてあげられるほど、私はオトナではなかった。
彼女が味わったかもしれない苦悩。くぐり抜けたかもしれない試練。そういったことは、私にはまったく無縁のものだった。
あれ以来、彼女には会っていない。噂も聞かない。 今頃どこで何をしているのだろうか。幸せに暮らしているだろうか。そんなことを、胸の奥の深いところに鈍い痛みを感じながら考えてしまう。
シモンズの『恋人もいないのに』を聴くと、咲ちゃんとの楽しかった日々と、そして切なさと、痛みがよみがえる。
しかし、いちばん好きな歌はと聞かれたら、決して頭から離れることのないこの歌を挙げる。
たぶん咲ちゃんも、この歌がいちばん好きだと言ってくれそうな気がするから。
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