毎年、この時期になると何となく聴いてしまう音源がある。

 そりは、ティム・ハーディンのライヴね。

 きっと、彼は日本では、あまり知られていないだろう。まっ、今は米国でもそうだろ。

 1966年頃からコンポーザーとして提供した「ブラック・シープ・ボーイ」「ドント・メイク・プロミセズ」「イフ・アイ・ワー・カーペンター」等がヒットした。

 オイラ的にはロッド・スチュワートの「リーズン・トゥ・ビリーヴ」の作者として認識したのが最初だ。

 ただ、その曲のバラード・アレンジはスチュワート独自のスタイルだった。

 カヴァー版は、皆ハーディンのオリジナル音源通りのミディアム・カントリー・アレンジだったのは、遡り聴きしてびっくりした。

 オイラはカーペンターズやアンディ・ウィリアムス版を所持してるけど、このカントリー・アレンジはチョイとお間抜けな印象で好きではない。

 やはし八ツ橋、スチュワートの語りかけるようなバラード・アレンジがいちばんだね。

 そんで、ハーディン自身もシンガー&ソングライターとしてVerve Forcastより66年にデヴューしている。

 アルバムのサウンド作りは、当時、ありがちな軽い感じのフォーク&ポップだった。

 しかして、68年にサード・アルバムとしてリリースされた『Tim Hardin 3 Live In Concert/ティム・ハーディン 3 ライヴ・イン・コンサート』はチョイと毛色が変わっていた。

 68年4月、タウン・ホールでのライヴ録音なんだけどね。バックはエディ・ゴメスやマイク・マイニエリ等のジャズ系のプレイヤーで固めていた。

 いやぁ、この音源が醸しだすのはスモーキーでダークなムードなんだ。

 元々、モコモコした声質なんだけどバンドもクールに抑えていて、正にジャケット的な酒と煙草がモクモクしてる薄暗い場末のホールでやってますって雰囲気で良いのよ。

 まっ、この人、人間的には器用な人じゃなかったようで、その後、Columbiaに移籍して何枚かアルバム出すんだけど、結局、70年代後半には表舞台から消えてしまうんだ。

 そして、1980年、年も押し迫った12月29日L.A.の自宅アパートで亡くなってしました。

 死因は薬物の過剰摂取による心臓麻痺とされたようだ。

 ただ、この時期、彼の死より3週間ほど前にダコタ・ハウスの前で元人気ロック・バンドのメンバーが射殺され、世界中はその悲嘆にくれるのに忙しくて、この不遇の音楽家、ティム・ハーディンの死は、まったく注目されなかったそうな。

 しかして、このアルバムは、暗くて潜もっていて、ジャジーでかっち良いんだ。

 当時、このレコード、まったく売れなかったせいか、現在の中古市場では一万円位するよ。日本盤は出ていないようだ、多分。

 だから、今のとこはこのCDでガマンしているよ。でもこの音源から醸しだされる雰囲気は無機質な銀板CDじゃ似合わないんだよね。

 このアイテムはレコードがお似合いなのよ。いずれ金が出来たらアナログ盤を探すじぇ。

 まっ、恐らく人生としては不遇だった人だけど、このアルバムを残したのは大きな功績だね。

 かっち良いから、この作品はオイラにとっては、マストなアイテムだね!…(^・^)Chu♪