🎶ポテトひとつ、ポテトふたつ・・・🎶

 って、知ってた?

 子供の遊び歌なんだそうです。

 正直、ちゃみは知りませんでした。

 てなわけで始まりました。

 とっしょり蒼辰の構成台本と、キュートなちゃみのトークでお送りする[読むラヂオ]。

 毎週金曜日は[食べるをめぐるエトセトラ]でございます。

 6月はちゃんとテーマがあって[南米からやってきたにくい奴ら]でございます。

 そして先週は、世宗大王はコチュジャンも唐辛子も知らなかった、ってゆうお話でございました。

 そして今週は、ポテト。

 ジャガイモでございます。

 ジャガイモも南米の原産だったんですね。

 なんでも、アンデスの高地では、8000年も前から栽培されていたとか。

 ふっるいですねぇ。

 米麦が、どっちも4000年くらい昔からでしょ。栽培されたの。

 ってことは、倍ですよ。

 マチュピチュ遺跡の発掘調査から、インカ帝国の主食も、ジャガイモだったと推定されているんですって。

 そういえば、ジャガイモの品種に[インカのめざめ]ってありましたよね。

 あれ作った人も、ルーツはインカって意識があったんだね。

 そんなに昔から南米の人々の食生活を支えていたジャガイモが、例によって大航海時代、今から500年余り前まで、それ以外の地域の人々には知られていなかったのであります。

 今じゃ世界中で食べてるのに。

 不思議っちゃ不思議。

 かくして、1500年前後にヨーロッパにわたったジャガイモですが、広まるには時間かかったみたいね。

 唐辛子は、わりとすぐに世界に広まったのにね。

 あれか、唐辛子は香辛料だからね。先に、胡椒をはじめ、さまざまな香辛料がすでに利用されていました。

 なので、そのひとつとして受け入れられやすかったのかも。

 それに比べると、ジャガイモは時間がかかった。

 なぜか。

 理由の一つが、聖書にない、だったんですって。

 聖書にないってことは、神さまが作ったものじゃない。神さまが作ったものじゃないってことは、人間に与えられたものでもない。

 そ~ゆ~理由みたいっすね。

 さらに、ジャガイモは、種、種子からでなく、種芋から分離するようにはえてゆきます。

 これも気に入らなかったみたい。

 悪魔の食べ物だと言われたのだとか。

 なんで?

 と、思いますよね。

 想像するに、おしべとめしべのまじり合いから生まれるんじゃなくって、まるでドッペルゲンガーのように殖えてゆく。

 そこが気味悪がられたんでしょうか。

 けど、ジャガイモにはメリットいっぱいあります。

 痩せた土地や、寒い土地でもちゃんと育ちます。

 一年に何回も収穫できます。

 地中で育つので、鳥の害や、戦争なんかで人や馬に踏み潰されることもありません。

 でもって、栽培も簡単。

 そういえば、小学校のとき、学校で作ったな。

 あんま手入れとかしなくても、ちゃんと収穫できた記憶があるぞ。

 そしてなによりも、同じ面積からの収穫量で比べると、カロリーが高いのです。

 こんなにステキなインカの食べ物が脚光を浴びたのは、ぬあんと、飢饉のせいでありました。

 17世紀、ヨーロッパでは、小氷期という、寒いのがつづく気候変動があったんですって。

 そうすっと、小麦が取れなくなります。

 そこに、戦争が追い打ちをかけました。

 農民が徴兵されたり、畑が踏み荒らされたり、軍隊に略奪されたりで、農業生産それ自体が、崩壊しちゃった。

 そこで、ジャガイモの登場なんです。

 イングランドの植民地だったアイルランドでは、やっと獲れた小麦が、領主にみ~んな持ってかれちゃう。

 そこで、持ってかれないジャガイモで食いつないだとか。

 現在のドイツ北部のプロイセンでも、戦争やらなにやらで飢饉があったんですが、王様自らが、ジャガイモの栽培を奨励したんだとか。

 そりゃね、餓死するよりは、悪魔の食べ物でもなんでも、食べたほうがいいにきまってますもんね。

 こうしてヨーロッパでは、18世紀に向かって、人口がぐんと増加するのに、大いなる力となったのでありました。

 とっしょり蒼辰は、子供のころ、オトナから、ドイツ人は主食にジャガイモを食べると教わったそうです。

 あれだとね、イタリア人はスパゲティをスープの代わりに食べるってゆうのとおんなし、情報が少ない時代の、若干正確さに欠ける断片的情報でございます。

 でもさ、ドイツ料理って、お皿に必ずふかしたジャガイモが乗ってて、フォークで潰しながら食べるイメージあるもんね。

 あれによって人口も増え、ドイツが強国の仲間入りするのに、大きな助けになったんですって。

 ジャガイモ、えらい。

 そしてもちろん、ヨーロッパ以外の地域にも、ジャガイモは伝わってゆきました。

 けど、広がるスピードは、唐辛子に比べると、やっぱちょっと遅かったようです。

 日本でも、本格的に栽培し、利用されるようになるのは、明治になってからだそうです。

 ジャガイモって、洋風なイメージがあるのも、そのせいなのかも。

 けど、21世紀の今では、世界中で食べてるよね、ポテト。

 フライドポテトとか、じゃがバタ的なのとか、あと、ポテチ。

 主食じゃないかもしんないけど、大切な副食であり、スナックでございます。

 そんな中、ニッポン独自のジャガイモ料理といえば?

 ちゃみ的に、みっつあげました。

 肉じゃが、コロッケ、ポテサラでございます。

 ね、ありそうで、外国にはない、ニッポンのジャガイモ料理でございますですよ。

 それでも、コロッケとポテサラは、洋風ニッポン料理だけど、肉じゃがはもはや、堂々とニッポンの家庭料理となっております。

 聞くところによると、明治時代、ヨーロッパへの留学経験のある海軍の偉い人が、

「留学中に食べたビーフシチューが食べたい。作ってくれ」

 と、司厨係って、料理担当の兵隊さんに命じた。

 けど、兵隊さん、食べたことない。

「それはどんな料理でしょう」

 と、尋ねると、

「牛肉とじゃがいもを煮込んだ料理だ。ともかく作れ」

 無茶振りされちゃった。

 しょうがないから、試行錯誤、右往左往、なんとかかんとか作り上げた牛肉とジャガイモの煮込み料理が、今に伝わる肉じゃがのルーツなんだとか。

 これ、諸説あるようなので、興味ある人は自分でAIとかしちゃってくださいね。

 海軍の偉い人、すなわち東郷平八郎ってことになってるようですが、蒼辰は、う~たが~わしぃ~っと言っております。

 郷土自慢にしたい人たちはね、どうしても有名どころをからめたくなるからね。

 けど、海軍ルーツなのは、ホントらしいよ、肉じゃが。

 ひょっとして、軍隊で初めて食べた兵隊さんが広めたのかもね。

 軍隊で食べた料理が、除隊してから故郷に伝わってってくパターンって、カレーやシチューとおんなしだよね。

 お、しかもどれもジャガイモ入ってるじゃん。

 でもってどれも、戦後の食糧難の時代から、庶民の間に広まっていった料理だ。

 ジャガイモ、きっととんでもなくいろんなとこで、とんでもなく大勢の人を餓えから救ってきたのかもね。

 人災や天災、飢饉による飢えから立ち直ろうとするとき、そこにはいつもジャガイモがあったのかも。

 えらいね。

 どこか海外旅行とかいったときに、ご当地のジャガイモ料理に出会ったら、ポテちゃん、ここでも頑張ってるねと、なでなでしてあげてから食してくださいまし。

 てなわけで本日はここまででっす。

 来週は、これまた今では世界中で当たり前に食べてる野菜、トマトでっす。

 そして週が明けると、大変だ。

 明日土曜、日本時間深夜にルマン24時間がスタートいたします。

 そして、F1ウィークエンドでもございます。

 さらに、月曜早朝には、W杯サッカー、日本の緒戦が控えております。

 寝不足のシーズンがやってまいりました。

 わくわくどきどきで夏へと向かいましょか。

 ほいでわまたっ。

 ちゃみでしたっ。