まいどっ。

 ちゃみでっす。

 このblogは、蒼辰の構成台本、ちゃみの語りでお送りする[読むラヂオ]です。

 テーマは[暇つぶしのお供]。

 お気軽にお付き合いくださいまし。

 

 3月1日でございます。

 なんかちょっと気持ちが改まるよね。

 ここんとこ雨が多いけど、それも春近しの兆しでございます。

 厚着の冬もあともう少し。

 それはいいんだけど、どお?

 なにがって、ここまで。

 新年を迎えて1月2月、二ヶ月が過ぎて、順調?

 季節の変わり目でもあるし、そんなこと、ちょと振り返っているのも、アリかもね。

 と、そんな3月1日は、ビキニ・デーでございます。

 これ、悲しいやつだよ。

 1954年 昭和29年のこの日、アメリカが、太平洋のビキニ環礁ってとこで、水爆実験を行いました。

 その時、近くで操業していた日本の漁船・第五福竜丸の乗組員のみなさんが被曝してしまったのです。

 半年後、乗組員の方が一人、亡くなっています。

 これ、アメリカが指定した警戒水域の外にいたのに、なんだよ。

 のちの調査によると、同じように被曝した船が1423隻もあったとか。

 ひどい話、ですよね。

 第五福竜丸は、今、江東区の夢の島公園内の[第五福竜丸展示館]というところに、展示されています。

 なにかのついでで近くまで行ったときには、見学してみてはいかがでしょうか。

 21世紀になって20年余りの今日この頃なのに、世界はなんかきな臭くて、核兵器使いそうな国とかあるじゃないですか。

 とんでもないことですよ。

 その思い、新たにするためにも、見学する意味はあるんじゃないでしょうか。

 ところでさ、ビキニ、といえば、今はもっぱら水着だよね。

 あの、布の面積を思いっきり節約した水着が、なんでビキニってゆうか、知ってた?

 そもそも、南太平洋のマーシャル諸島にあるビキニ環礁、1946年 昭和21年の7月1日にも、原爆実験やっているんですね。

 遠くの海ならいいだろう的な、そういうやつだよね。

 でもって、その4日後の7月5日に、ルイ・レアールさんというデザイナーが、この布面先最小の水着を発表したんですね。

 今から80年近く前ですよ。

 その当時にあの水着、衝撃的ですよ。

 なので、その衝撃の大きさを原爆にたとえて、自らビキニ水着と命名して発表したんだそうです。

 だもんで、7月5日は、ビキニ・スタイルの日なんだそうです。

 ふ~~ん。

 そら衝撃的だったでしょうよ。

 なんかさ、水着の布面積が、徐々にじょじょに少なくなって、そいでビキニにたどり着いたのかと思ってたら、いきなり、だったんですね。

 そら腰抜かすわ。

 でも、だからって、その衝撃を原爆にたとえるか?

 そこ、どうなんだろ。

 ん? なに?

 とっしょり蒼辰がなんか言ってます。

 その当時、原爆は、第二次世界大戦を終わらせた新兵器であり、科学の最先端であった。

 つまり、新時代の最先端で、衝撃的だから、水着にビキニという名前をつけた、ってことか。

 う~む。

 当時はそうだったんだろうけど・・・。

 なんかね、どうなんだろね・・と思ったら、蒼辰は以前からこの名前、帰るべしと思ってたと言ってます。

 まぁね、初めてのビキニ着て、どお? 衝撃的? 原爆みたい? ってゆうの、そらどうなんだろと思うものね。

 ま、今更だから、名前変えろったって無理だろうけど、ま、ビキニをお召しになるナイスバディのみなさま、ビーチやプールサイドをこれみよがしに練り歩く前に、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、名前の由来に思いを馳せてくれたらなって、そう思います。

 ちゃみも、ビキニを着たら、そうします。

 あ? 子供用のか、って?

 るっせいよ。

 

 てなわけで、本日はここまでです。

 じぃ~かい~わ・・・あは~ん、少しっつ春めいてくるみたいよ。

 ほいでわまたっ。

 ちゃみでしたっ。