まいどっ。
ちゃみでっす。
このblogは、蒼辰の構成台本、ちゃみの語りでお送りする[読むラヂオ]です。
テーマは[暇つぶしのお供]。
お気軽にお付き合いくださいまし。
さて、来年からのリニューアルを口実に、年内はだらだらと不定期にupしながらお茶を濁している当blog[読むラヂオ]でございます。
そんな中、明日22日は、冬至でございます。
言わずと知れた、二十四節気のひとつですわな。
柚子湯入って、かぼちゃ食べるんですよね。
あったまりましょ、って感じがいたしますです。
冬至は、太陽が一番低くなる日です。
なので、昼間が一番短い。
その反対側には夏至があって、間に春分と秋分があって、これで一年です。
ん? ということわ?
けっこ大事な日なんじゃないの?
だってさ、月の満ち欠けと太陽の高さって、季節の移ろいを測るにはいっちゃんわかりやすかったわけでしょ。
そんな中、お日様がいちばん低くなる日ですよ。
キリがいい、っつうか、わかりやすい。
と思ったら、昔の中国では、冬至を一年の始まりとしていたんだとか。
やっぱし。
なにしろ、だんだん低くなってきた太陽が、この日を境にまただんだん高くなってくわけです。
衰えてきたものが、また復活するわけですから、そりゃ祝いたくなる。
というわけで、世界のあちこちに冬至祭、あったんだそうです。
クリスマスも、イラン発祥のミトラ教の冬至祭儀や、ドイツや北欧のゲルマン人の冬至祭と混淆してできたものなのだとか。
クリスマスに、一年の区切りの意味があるのって、冬至が関係してたからなんですね。
なんとなく納得であります。
だって、クリスマスのたったの一週間後がお正月って、なんか慌ただしいと思ってたんだ。
え? なんか違う?
ま、い~じゃん。
なにしろそのへんが、一年の区切りとしてちょうど良かったわけなんですが、陰陽道とかのほうでは、冬至と春分のちょうど間にある立春を、一年の始まりとしてます。
旧暦のお正月はこっちと関係あるのかも。
太陽の高さで、一年の巡りは理解できても、んじゃ始まりをどこにするか、いろんな考えがあったんですね。
共通してるのは、一年ってゆう回りの中で、ひとつ区切りをつけようっていう考え方、っつうか、感じ方、なのかもしれませんね。
人の成長や老いも、年齢で考えます。
やっぱり一年ってゆう巡りは、人の暮らしと密接な関わりがあるものなんですね。
と、ちょと真面目な結論が出てきたところで、本日はここまでにしましょうか。
でさ、来年からのリニューアルって、どうするの?
う~ん・・って、唸ってばっかしでどうすんのよ、蒼辰。
しょうがない。ちゃみも少し考えるよ。
と、そんな年末ではございますが、ドルオタでもあるとっしょり蒼辰は、ここからちょと慌ただしくなります。
なんで慌ただしいか。
それは来週のお楽しみ、ってことにしときましょ。
ほいでわまたっ。
ちゃみでしたっ。