
地元下町の小学校のクラス会が、2016年4月16日に開催された。自分も含め幹事は4名。いつも出てくる人、久しぶりに出てくる人等、男性9名、女性5名の計14名の出席となった。
あれから半世紀以上も経ち、級友たちも介護保険被保険者となっている。しかし、小学校のクラス会と言うのは自分の中でも一種独特の特別な感がある。生まれた近くの小学校。歩いて通った小学校。近所の幼なじみと一緒に通った小学校。学校から帰ってきて、友達の家に出向き、その友達と一緒に行動した小学校時代。
同じ町会の級友たちは、彼らの両親や兄弟そして、町会のおじさん、おばさんも共通の人たちだ。町会の人たちも、学年は違っていても、同じ小学校に自分の子供たちが通っていたから、何かと声をかけてくれた。だから、安心感があった。
友達の家に行くと、そこでも同じように、その町会の人たちが見守っていてくれた。だから友達の家に行っても安心して行動範囲を広げることができた。上野の山や、不忍池にも友達同士でよく行った。
小学校時代は、小学校の周りの地域性の中で育ったような気がする。当然下町特有?の言葉遣いも自然と身についてしまうし、身なりや服装まで染まってしまう。それが、あれから数十年経った今でも、クラスメートに再会すると、出てしまう。カッコなんか付けても始まらない。皆、その感は拭えないと思う。あの時にすぐにタイムスリップしてしまう。
昔の級友のイメージとあの時の自分に出会う。歌詞ではないが、あれからどうしていたのだろう?あの時の君は今?お互いに時は経ったけど、こうして元気に会えたのは良かったと、心からそう思う。
残念ながら、この年になると、亡くなってしまった友もいる。会って話してみたかったと思っても、すでに叶わぬ事となる。また、病気で出席できないでいる人もいる。いろいろそれぞれの事情はある。でも、欠席していたり、不明だったりしていると、自分と遊んだ級友のことが知りたくて、その級友のことを知っている級友と当時の話題になる。元気でいるかな?病気でもしていないかな?お互いにこの歳になったら、会っておきたいな。どうしているのかな?誰か知っている級友はいないかな?誰もがそう思うと思う。それが小学校時代の友だと思う。自分は4年生の3学期に転校してしまったから、余計そう思うのかもしれない。