某年某日その日、俺は珍しく真夜中に尿意によって目覚めた。
寝ぼけながらも小便をすまし、直ぐに寝床に着く。
だが、ここで少しの残尿感を感じていた。
はじめての感覚であったが、微細な感じだったので特に気にすることもなく、そのまま眠りの淵に沈んでいった。
この時、これがこの後に起こる厄災の序章であることを、俺は知る由もなかった。
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翌朝、カーテンの隙間から薄く漏れる日の光により目覚めた。
窓から覗く空は青く、穏やかに晴れわたり暖かい春の様な陽気である。
柔らかい1日のスタートだった。
この日、珍しく仕事はオフになっており歯科医院の定期検診を予約していた。
特に口内のどこにも違和感を感じていなかったので、何の心配もなくイソイソと歯科医院に向かう。
予約を取っているとはいえ、そこは人気の歯科医院だったので、少し待合室にて待つ事となった。
こういう場所では待合室に必ず雑誌が置いてあるもので、普段買って読む事など無い週刊誌を手に取ったりする。
いつもなら絶対に読まない芸能関係の記事のページをペラペラとめくっていく。
興味が無いのか、文章の中身が薄いのかほとんど頭に入らず、文字を眺めている様な状態だった。
この時、若干だが腹部に違和感を感じはじめる。
(ん、、、、?、、、、何だこれ、、、)
やや左下腹部にジワリと締め付ける感覚がある。
生来、胃腸が弱めな俺は
(また腹の調子が悪いのか、、、)
と思い、いつもの如くトイレに行った。
だが、それはいつもと様子が違い、いくら頑張っても何かが出てくる気配が全くないのだ。
便意では無い腹部の違和感、、、
しかも、便器に座っているだけで痛みが増してくる、それも急激に。
(な、なんだ、、、、い、痛い!)
痛みにより便器に座って居られなくなる。
近くの洗面の鏡に自分の悲壮な表情が映し出された。
(こ、これはヤバい、、ただ事ではない、、)
急速な事態の悪化により頭が付いて行けてないが、それだけは理解しだした。
(駄目だ、痛みが増している、、歯の検診どころじゃねぇ、、!!)
そう考えた俺は、ひとまず家に帰り態勢を整える事にした。
左腹部を手で庇いつつトイレから出る。
腹痛の為、帰宅する事を受付に手早く伝え、急ぎ歯科医院を後にした。
家までの300メートル程を足早にかけ抜けた。
と、言いたい所だが腹痛がひどく、とても走る事など出来ない。
やや身体を前屈させて、出来る限り早く歩くのが精一杯だ。
(なんだ、、、変な病気か、、、??)
ひたいから冷や汗が滲み出てくる。
どうにか家に辿り着き、リビングのソファに倒れ込む。
痛みは更に激しさを増してくる。
(ぎゃー!!!!痛い痛い痛い!!!)
頭の中で泣き叫ぶのだが、実際の声は
「ひぎっ、、、ぐっ、、、がっ、、、、!」
声にならない呻き声を上げるだけであった。
決して大きくないソファの上で転がるように姿勢をかえる。
この時から痛みは我慢の限界を越えつつあった。
例えるなら、左脇腹を小さな刀で突き刺される感じだ、刺突痛に似た激痛となっていた。
ソファの上で悶え苦しんでいるところに母親が通りかかり、その惨状に驚きを含み聞いてくる。
「あんた!どうしたの?!!」
「腹が、、、!!いたい!!、、、いてぇ!!」
左脇腹を抑えながらソファより訴えかけた。
この時、あまりの激痛に態勢を崩してしまい、ソファから床に転げ落ちてしまった。
「ぐぁ~!!!!ひぎっぃぃい!!!」
痛みに耐え兼ね、床を転げまわりテーブルや他の物など辺り構わず蹴りまくる。
「何??!!どうしたの??!!」
母親も激しく動揺している。
「お腹が痛いの?!?!」
悶え苦しむ俺になす術が無い母親だが、この次に意外なセリフを吐いたのだ。
「あんた、それ、腎臓結石じゃないの???」
ここで具体的な病名があげられた。
(な!!腎臓結石だとぉ~??!!)
激痛のなか頭で病名を反復する。
確かに痛みは左脇腹というより、やや背中側、しかも腰より少し上の部分だ。
(ぐぅ、、、確かに、、ここは腎臓、、、、、)
あまりの痛みに考えも及ばなかったが、主婦で医療知識など皆無そうな母親がそう思い付いたのには訳があった。
事後に聞いた話によると、過去に父親が同じ症状で苦しんだ経験があったので思い付いたと言うのだ。
(腎臓、、、、くそ、、泌尿器科か、、、ぐ、)
激痛の為、緊急性が高く、この時は母親の憶測に疑問を挟む余地はない。
すぐ様、どの病院に行くかを考え出す。
近所の泌尿器科など行ったことが無かった為に記憶をたどる。
(あ、有るぞ、、近くに泌尿器科が、、、)
その医院の名前すら知らないが、何度も前を通った事はあり存在は認識していた。
だが、次に別の不安感がよぎる
(ここから500メートル以上だぞ、、、歩けるのか、、、、)
普通に歩く500メートルは左程の事は無いのだが、この激痛での距離としては長距離だ。
痛みに苦しみながらも躊躇してしまう。
だが、母親の次のセリフにより行動に踏み切る事になる。
「救急車呼ぶ?????」
(な、、、、?救急車だと???冗談じゃない!!)
すぐに母親のセリフに反発する。
人間とは不思議なもので、とてつもない激痛を感じているにも関わらず羞恥心の方が先行してしまう場合がある。
俺の家は人通りの大変多い商店街に面しており、救急車を呼ぶとなると、その多い買い物客らをかいくぐって進ませる事になり、なおかつ多過ぎる近所の目にも盛大にさらされる訳だ。
しかも救急車を呼ぶ理由が結石となると、恥ずかしい事この上ない。
そんな事態は何としても避けねばならなかった。
「いや!歩いていく!!」
苦痛に転げ回っていたのも嘘の様に腹部を押さえながら、スッと立ち上がり玄関に向かう。
まごまごしていると本当に救急車をよばれかねない。
「大丈夫なの?!」
母親の心配そうなセリフを背中に受けながら家を後にする。
病院まで500メートル程の行程。
腹部の痛みを考えると、途方も無い長距離に感じてしまうが行くしかない。
だが、商店街の人通りが多くて思うように進めない。
普段なら難なく歩けるレベルの往来であるが、激しい腹痛をかばいながら歩けるものでは無かった。
少し遠回りになるが歩き易そうな自動車道路を通る事にする。
そのまま歩き進むのだが、途中の姿が脇腹を庇う前屈みの不恰好なものとなり、通り過ぎる人々も何事かと振り返る有様だ。
そして300メートル程進んだ場所で今までで最高の激痛に襲われた。
「グ、、ギャ、、、、!!」
声になってない音を口から漏らしながら、その場に屈みこんでしまう。
挿し込む激痛でとても立っていられなかった。
真夏でも無いのに額から滝の様な汗が流れ出し、ポタポタと地面に滴り始める。
(く、そ、、、、救急車乗れば良かった、、)
後悔の念が頭いっぱいによぎったが、後の祭りである。
更に事態は悪化し、急激な吐き気をもよおす。
事後に調べると結石の症状の一つだった。
たまりかね胃袋の内容物を街路樹の根元に嘔吐してしまう。
ビシャビシャと吐瀉物が地面に落ち、跳ね返りで靴を汚す。
口内に不快な酸っぱさを感じ、辺りは酸性臭が漂いはじめる。
(オェ、、、くそ、くそ、、何でこんな目に合うんだ、、)
己の現在の状況に悲観し、涙まで出てくる。
何なら鼻水まで出て酷い表情だっただろう。
もう一歩も進めないかと思い、屈み込む事10分程度、少しだけだが痛みが和らいだ。
どうやらこの痛みには波があるようだ。
(今だ!今なら歩ける、、、)
再び先程の最高潮の激痛になればもう歩ける自信がない、その前に病院に辿り着く必要がある。
前屈みになりながらも、この時点で可能な最高速で歩き始めた。
病院到着編に続く

