今日の法要は7・7日忌で、10人ほどの参列者。

法要の後に納骨をした。台風の影響で風雨を心配したが、納骨の時は傘も差さないでも大丈夫だった。石屋さんが「普段の行いがいいからでしょう」と私に言われた。

私は雨でも傘をさしてもらって淡々と読経するだけなので晴雨関係ない。

誰の良い行いだろう?

石屋さんかな?故人かな?ご遺族かな?

 

納骨の時には心経一巻と舎利礼文、光明真言、今日の仏様の戒名に證大菩提を付けて唱えた。奥さまと娘さんだろうか、嗚咽されていた。

7・7日忌は俗に旅立ちの法要と言われるように、たましいが旅立っていきます。

肉体の象徴であるお遺骨も、つまりたましいも肉体も一緒に旅立たせようと7・7日忌法要の後に納骨する方が多い。回向が済んで墓所から立ち去る時に語り掛けた。

「また会えますよ。会いたくなったらお墓参りに来て下さい。くれぐれもおからだご自愛ください」「ありがとうございます」とのことだった。

 

 

秋の彼岸の入りは9月19日(木)なので各檀家さんのところには17日には届いて欲しい。土日祝日は配達業務をしないとのこと。

14日(土曜)、15日(日曜)16日(祭日・敬老の日)で3連休で13日(金)に郵便局に郵便物を持参してもうまくいって4日後の17日(火曜)になる。

発送が13日だと、発送作業は3日はかかる。更に印刷屋への入稿があり、校正もある。野口印刷には明日2日に取りに来てもらおう。

 

真言宗・太陽寺住職で建築家の慧快さんが7月29日に遷化された。

※遷化(この世の教化を終えて他国土の教化に移る意)高僧の死を言う。

 

当光明院の伽藍の設計監理をしてくれた方。寺院としては組寺として施餓鬼会の助法で行き来している。光明院通信の2ページ目に追悼文を書いた。

掲載に当たってはご遺族の許可が必要なので、明日でも伺おうかと思ったが明日は不在だという。で、今日の夕方にFAXで原稿を送った。

 

明日、野口印刷に出して問題があれば校正の時に直そう。

 

今月の30日(月)妙光院御山主を導師として本葬が行われる。

職衆に呼ばれたが、その日は当山の日帰り団参の日になっているので、副住職が出仕する。

 

阿闍梨になるためのひとつに傳法大会という問答形式で真言宗の教義について修行僧の理解度や解釈の度合いをはかるための法会がある。この法会では上席の僧から経典の解釈についての問題が出され、答える僧を竪者(りっしゃ)、答えを評価する僧を精義者と呼び、小生は竪者(りっしゃ)、慧快さんは精義者として総本山長谷寺大講堂に設えた高座に上がり論議法要を厳修した。「一緒にやらないか」と声をかけてくれたのが慧快さん。30年ほど前の事。そんなこんなを追悼の文とした。